自殺系サイト

大城時風

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対面

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朝、私は慣れた手つきで制服に着替える。
正直、人生なんて同じことの繰り返しだ。
朝は決まった時間に起床して、決まった時間に登校して、そして決まった時間に殴られて。
毎日その繰り返しだった。
何の面白みもない人生。
それも今日で全て終わる。
そう思うと自然に笑みが零れた。

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6/11 7:36
学校が終わったら真由美さんの学校の屋上で待ってる。
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その通知に気が付いたのは教室に入ったときだった。
クラスメイト達は私が来た途端、隣近所の子とヒソヒソとこちらの様子を伺いながら、何かを話していた。

…本当にバカらしい。

事実かどうかもわからない噂話に花を咲かせる連中の思考は本当に理解に苦しむ。
私は何も言わずに自分の席に腰を下ろした。
すると、クラスのリーダー格の女生徒の夏美が私の席の方へ足を進めてきた。

「ねえ、さっきあんたのメッセージ見ちゃったんだけど、"学校終わったら真由美さんの学校の屋上で待ってる"って彼氏?」

馬鹿笑いしながら夏美が聞いてきた。

一体何がそんなに可笑しいんだろう。
私には一切理解出来ない。
良かった、私がこんな馬鹿な人間じゃなくて。それだけは心底親に感謝する。

「夏美に関係あるの?」
「あるよ。イケメンだったら私が貰ってやるから」

なんで馬鹿なやつってそんなことしか考えられないんだろう。
私はあなたが街でしょっちゅう日替わりで中年男性とホテル街に姿を消すのを見ている。
あなたは男がいないと死んでしまう病か何かなの?
だとすればそれはとても羨ましい限りだ。
それが私ならのに。

そんなことを考えていると、髪を引っ張られた。

今日も今日とていつも通り。
教師もそれに気付いているのに私を助けようともしない。
恐らく「問題を起こすな」程度にしか考えていない。

自分さえ良ければ、そう考える人間ってどこまで汚いの。

見て見ぬフリをして、自分は手を下さずに見物を楽しむ人間だっている。
みんな自分の不利益になるようなことはしない。
人間はなんて汚くて醜い生き物なの…、私自身も含めて人間なんて碌な人がいない。

「彼氏なんか作っちゃって。色気付いたのかな?」

放課後になっても夏美の暴言は止まらない。
恐らく、上手く忍び込めていたとすれば"彼"はもう屋上に来ている。

「屋上で待っててもらえるなんていいなあ」

耳に触る高い声で笑いながら、床に蹲る私の顔を夏美が蹴った。
上履き特有のゴムの臭いが鼻を掠めて咽る。
スカートのポケットに入れた携帯端末が震えた。
九分九厘、"彼"からの着信だ。
急がないと、またチャンスを失ってしまう。

「あたしたちも屋上行ってみよっか」
「いいねー!」

夏美とその金魚のフンがハイタッチを交わしたのを合図に、隙を付いて駆け出した。
毎日、家でも学校でも暴行を加えられるボロボロの身体は悲鳴を上げていたが、そんなものに構ってはいられなかった。
あの二人よりも先に屋上に行かなければ、また私の死が遠のいてしまう。

私は階段を駆け上がり、屋上への扉を開けた。
瞬間、屋上の風が一気に中へ吹き込んだ。
太陽の光が眩しくて目を細める。
逆光になっていて顔がはっきりと見えないが、一人の人影がある。
耳に当てていた携帯端末を離して、ゆっくりこちらへ歩み寄ってきた。
小柄な私よりも幾らか高い目線を、膝を曲げて私と合わせたことによってはっきりと表情が覗えた。
少々子供っぽさが残った目を丸くしている。

「真由美さん?」
「そうだけど、あなたが…秋人くん?」
「そうだよ」

目の前の少年は笑顔で頷いた。

「真由美さんが言ってた時間になっても誰も来ないし、電話も出てくれないし、来てくれないのかと思ったよ」

今から命を絶つとは思えないほどの笑顔で秋人くんが言った。
あどけなさが抜けきらない、少年の顔だ。
私はそんな彼の顔を見てなんだか目頭が熱くなった。

(こんな子を一緒に連れて行くなんて…)

そう思ってしまった。

「…傷だらけだね」

秋人くんの左手が私の頬に伸びてきた。
ひんやりとした手はまるで湿布の役割をしてくれているようで気持ちいい。
少し骨ばったその手には、無数の古傷が見えた。

「真由美さんはなんで死にたいの?」

秋人くんから表情が消えた。
空気が凍り付いたようだった。
先程まで、あどけない顔で笑っていたとは思えない。

「…人生なんて何一つ楽しいことがないからよ」
「あれ、そんだけ?」

秋人くんが素っ頓狂な声を上げた。
一瞬、ピリついた空気がその声を合図に開放される。

「俺なら…そんなんで自殺したくないよ」
「この苦しみは私にしかわからない。親には虐待されて、学校ではいじめ。どうしたって私には逃げ道がない。どうして私だけがこんな目に遭わなくちゃいけないの?」

私のその発言に眼前の少年はニヤリと笑った。
それは、まるで私を嘲笑っているかのようだ。

「これは自論なんだけど、真由美さんより酷い人生の人なんて腐る程いると思うんだよ。それでもめげずに頑張る人もいる。…ああ、勘違いしないでね。俺は真由美さんの自殺を止めたいわけじゃないから」

そう言いながら何種類目かの笑みを見せた秋人くんに私は一つの疑問を抱いた。

「秋人くん…あなた死ぬ気ある?」
「…ないって言ったらどうするんだよ」
「私のこと騙してたの?」

彼は高笑いをしながら屋上の柵に凭れ掛かった。

「…その質問には答えられないけど、逆に俺から質問させてよ。真由美さん、死ぬ気ある?」
「…どういう意味?」

秋人くんは俯きながら「ふー」と深いため息を吐いた。

「さっき、真由美さんは逃げ道がないって言った。本当に切羽詰まってる人は一人だろうが何だろうが死を選ぶんだ。に仲間を募集してグダグダ言い合ってる内は死ぬ気なんて更々ないんだよ」
「何それ…っ」
「じゃあ、真由美さんは死んだらどうなると思う?」

秋人くんが柵の外を指さした。
そして再び、「今すぐここから飛び降りて死んだとしたら、その後どうなると思う?」と質問をしてくる。

「…無になるの。死んだら何も考えなくていい、私は無という存在になる」

秋人くんの目が私をじっと見つめた。

「死んだら、何も考えなくていい、無になった。そう認識出来る存在もなくなるって、ちゃんとわかってる?」
「それは…」

秋人くんは二回目の深いため息を吐く。

「いいこと教えてあげようか」

ため息交じりに言った彼の表情は、相も変わらず私を馬鹿にしたようなものだったが、目は決して笑っていなかった。

「いじめをしているヤツって100%自分に返ってくるんだって」
「…え?」

彼の言葉に私がそう返したとき、不意に後ろから重い扉が開く音がした。
振り向けば、先程の二人が立っていた。

「お姉さんたち誰よ?」

秋人くんが怪訝な表情を浮かべる。

「この子、噂のあんたの彼氏?全然似合わないんだけど」

秋人くんの質問には答えず、夏美が彼を指差しながら私に言った。
当の秋人くんは自分の質問が無視されたことに腹を立てたのか、眉をピクリと反応させた。

「…無視かよ」

ボソリと秋人くんが低く呟いた。
だが、二人の耳にはそのテノールの声は届かなかったのだろう。
口角を不自然なまでにわざとらしく上げながら、秋人くんを見て首を傾げた。
もっと表現するならば、「ボウヤ、どうしたの?」と聞いている近所のおばさんのようだ。
そんな二人を見て、秋人くんもあどけない顔でニッコリと笑顔を零した。

「お姉さんたち二人は友達?」
「ええ、そうよ」

彼の質問に二人は当たり前だと言わんばかりに頷いた。

「へえ…。じゃあさ、髪の長いお姉さん、こっちに来てよ」

そう言いながら秋人くんは夏美に手を差し出した。
まるで、映画や絵本に出てくる王子様のようなその姿に、夏美は顔を赤らめながら彼の方へ歩み寄った。
しかし、私は見逃さなかった。
秋人くんが一瞬、凍るような目をしたのを。

「お姉さんたちが本当に友達なら」

秋人くんは夏美の腕をぐっと力一杯に引き寄せると、そのまま抱き上げた。

「ちょ、秋人くん!?」

その細い身体のどこにそんな力があるのかと思ったが、そこはやはり男の子なのだろう。
それよりも、秋人くんが夏美を抱き上げたこともだが、それよりも驚いたことがあった。

「友達がこんな状況に陥ったとき、どうするべきかわかる?」
「いやあああ!ちょっと、離してよ!」

秋人くんは抱き上げた夏美を力任せにに放り投げたのだ。
今は秋人くんが夏美の首根っこを掴んで、夏美の身体が外へ傾くのを防いでいる。

「あれ?いいの?離しちゃっても」

信じられないとでも言いたげな秋人くんに私は固唾を呑んだ。
一方で、夏美の金魚のフンをしている女子は、この状況に怖気づいたのか、その表情は恐怖に染まっている。
そんな女子に秋人くんが夏美から視線を移した。

「お姉さん、どうしたの?どうするかわからない?それだったら、俺も何するかわからないよ」

掴んだままの夏美の首根っこを少し揺らした。
夏美は小さく悲鳴を上げている。

「た、助ける…」

女子が震えた口調でそう言った。
冷や汗で流れ落ちる化粧が汚らしい。

「うん、そうだね。じゃあ、どうぞ?」

言いながら秋人くんが笑う。
その「どうぞ」は、夏美を差し出す「どうぞ」ではなさそうだ。
女子が「じゃあ、早く夏美を助けて!」と叫んだが、当然の如く秋人くんの口からは「は?」と疑問符が返ってきた。

「ああ…、違う違う。どうぞってのはってこと」

夏美を離す気がない秋人くんの様子を見て、夏美の目には涙が浮かんでいた。
しかし、眼前の仲間は完全に怖気づいてしまって助けてくれない。
夏美はいまどんな気持ちなんだろう。
そんなことを考えていると、秋人くんから大きなため息が出た。

「…本当、人はこれだから信用されないんだよ。普通、友達が絶体絶命の危機に晒されていたなら助けるだろ」

「本当に友達?」と彼は冷笑を浮かべた。
夏美を引き寄せると、柵の内側へ引き摺り込み、金魚のフンの元へ夏美を解放する。

「これに懲りたら、真由美さんに手を出すなよ」

それだけを吐き捨てると、彼は私の手を引いて屋上を離れた。
階段を下りたところで、秋人くんは私の手を放して振り返った。

「あの二人は真由美さんをいじめていた張本人?」
「…うん」
「…そっか」

そう言った秋人くんの表情は幾らか穏やかだった。
しかし、そんなことよりも私には一つどうしても気になったことがある。

「…あのサイト、秋人くんが作ったものだったの…?」

瞬間、秋人くんの目が大きく見開かれた。
しかし、すぐに細められ、口角を上げた。

「そうだよ」
「…やっぱり、私のこと騙してたの?」
「…さあ、どうかな」

そう言った彼は困ったように眉を下げ、肩を竦める。

「…じゃあ、どうして私を助けたのよ」
「それは、俺があのお姉さんたちのことが気にくわなかったからだよ。…俺はああ言う人間が一番嫌いなんだ」
「じゃあ、私の自殺の邪魔をした理由は!?」

突然の私の怒号に、再び彼は目を見開く。

「自殺の邪魔って…、そもそも真由美さん自殺する気なんてなかったじゃん」
「そんなことない…!」
「まあまあ、そう怒らずに」

秋人くんは中腰になって、私の顔を下から見上げた。
また手が伸びてきた。
それは今度は頬ではなく、私の眉間に触れた。

「真由美さん、美人なんだからさ」

ニコリと笑顔を向けられる。
どうしてかその笑顔を見ると、怒りがすーっと治まっていくようだった。
それに、今回はあの二人からは助けてもらったのだから、お礼くらいは言っておかなくてはいけない。

「あの、秋人くん」
「あ、ちょっと待って」

私が口を開いたとき、タイミング悪く秋人くんの携帯端末が震えた。
秋人くんに制止され、私は口を閉じた。
ズボンのポケットから取り出された端末の震える音が、廊下に響く。

「もしもし、早瀬?……あ、ごめん!すっかり忘れてたわ」

彼は電話を切ると、私に両手を合わせて頭を下げた。

「ごめん、急用出来たから帰る!また会おうな、真由美さん」

笑顔で手を振りながら、彼は誰もいない廊下を駆けて行った。
…やっと、死ねると思ったのに。
だが、彼に言われたことも事実であったのかもしれない。
本当に私が切羽詰まっていたのなら、あんなサイトに書き込みをしたりしなかったはずだ。
同行者を求めたところで、いざという時に怖気づいてしまっていたかもしれない。

「…ありがとう」

どん底から少しでも救ってくれた秋人くんに、私はほんの少しだけ感謝する。
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