「政略婚~身代わりの娘と蛮族の王の御子~」閑話

伊簑木サイ

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新婚夫婦みたいでエウルが一人で嬉しかった話

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   ******5-1「アニャン、女性を紹介される」の後******



 エウルからもらったものは、一欠片でとてもお腹がいっぱいになる食べ物で、パタラにすすめられた馬乳酒を飲んだ後は、もう何も食べられなくなってしまった。
 エウルは次から次へとよく食べ、よく飲んでいた。あまりの食べっぷりに、私はぽかんと見ていた。

『ん? これも食べるか?』

 ずい、と差し出され、あわてて横に首を振る。

『じゃあ、こっちか?』

 違うのを取ってくれて、私はもっと大きく首を振った。
 エウルが首をひねる。どれがいいのかと考えているようだ。私は椅子の上を後退った。

「もう食べられません!」
「もうたべられません?」

 エウルが面白そうに口まねをする。
 あ、さっきの続きだ。
 私は少し考えて、物を摘まんで口に入れる仕草をした。

「食べます」
「たべます」

 エウルが鸚鵡返しで綺麗に発音をする。私は、次は両手で口をおおって言った。

「食べられません」
『「たべられません」……なるほどな! 腹いっぱいってことか!』

 エウルは、ははっ、と声をあげて笑って、私の腕を、わかったというように叩いた。それから実際に白い物を摘まんで口に放り込みながら、教えてくれる。

『食べる。食 べ る』
『たべる』

 彼は自分の口を覆った。

『腹いっぱい』
『これ、エウル! 公主に腹いっぱいなんて、言わせるんじゃないよ!』

 パタラが鋭い声を出した。思わずびくっとして、反射的に小さくなる。
 しまった。第一夫人のパタラをさしおいて、エウルと親しく話してしまった。いくら寛容で優しい奥様でも、目の前で夫と別の女が、自分そっちのけで楽しげにしていれば、不愉快になるだろう。
 ところがパタラは、私の腕に手を添えて、真剣に顔を覗きこんできた。ゆっくりと言い聞かせられる。

『じゅうぶんいただきました』

 目をしばたたいてしまった。……だって、怒っているようには見えなくて、教えてくれているみたいだったから。

『じゅ、じゅぶん……した?』
『じゅうぶんいただきました』
『じゅぶんいたーきました』

 パタラは笑顔になって、添えていた手でポンと叩いて、体を戻した。それで、じろりとエウルを見る。

『ちゃんとした言葉を教えておやり。恥をかくのは、公主なんだからね』
『さすが叔母上。頼りになる』

 エウルが立ち上がった。

『じゃあ、俺はそろそろ行く。例の商人が品物を広げるはずだから、そうしたらまた、叔母上を呼びに来る。公主に良さそうな物を見繕ってやってほしい。叔母上も要る物があれば、何でも選んでくれ。俺が払うから』
『おや、まあ、気前のいいこと。そういうことなら、さっそく期待に応えようかね。……公主』

 パタラに、ちょんちょんとつつかれた。エウルの方に顎をしゃくって、彼女が言う。

『いってらっしゃいませ』

 エウルを見れば、これからどこかへ行こうとしているようなのに、私をじっと見て何かを待っていた。
 ……あ、そうか、でかけるときの挨拶なのかな。

『パタラ。い、いて……?』
『いってらっしゃいませ』
『いてらしゃいませ?』

 パタラが満足そうに頷く。私はエウルに向き直った。

『いてらっしゃいませ』
『ああ。いってきます』

 嬉しそうにこぼした笑みに、ドキリと心臓がひっくり返った。……なんだかその笑みも声も甘やかに感じて、胸が騒ぐ。顔が熱くなってくる。
 ついどぎまぎしてしまったのを、誰にも悟られたくなくて、貴人に頭を垂れるふりをしてうつむいた。
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