暁にもう一度

伊簑木サイ

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第三章 大河サラン視察

2-3

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 その後も、大河サランに沿って通された、獣道のような道を進んだ
 山中は冬支度をはじめており、紅葉を終えた木々は葉を落とし、熱を失った晩秋の光は、地面まで真っ直ぐ届いて、複雑な枝の模様を描き出している。

 進むほどに、大河はその川幅を狭め、急流となっていった。たいては川岸まで下りて行けたが、所によっては両側を切り立った崖に挟まれ、見下ろすのさえ恐ろしい場所もあった。
 そういった場所に来ると、ケインは休憩を申請し、持参した地図に目測で幅と深さを書き付けた。

 時に、土砂崩れで天然のダムが出来て、下流で甚大な被害が出ることがある。直撃を受けた村は、全て押し流され、後に何一つ残らない。あたり一面泥の川で埋め尽くされるのだ。
 それを、人為的に起こされたら。
 出来ない話ではない。川幅が広ければ難しいが、渓谷となれば崖を崩すだけで同じ状況を作りだせる。

 王都は位置的に直撃は受けないとわかっているが、それでも規模によっては、水路は破壊されるだろう。そうなれば、王都を守る堀は空となる。或いは泥で埋め尽くされてしまうことも考えられる。王都は防御のない平城となり、そこを攻め入られたら、ひとたまりもない。

 ――だが、こんな崖を人の力で切り崩せるものだろうか。
 ソランは眼前に聳え立つ岩肌を眺めた。

 土砂を運んできて落として埋めるには、気の遠くなるような労力がいりそうである。ここをあと二日行った先にあるイオストラ砦は、流域を見張るためのものだ。そこに詰める兵達が、そんな大規模な不審行動を、見落とすわけがない。

「ケイン殿、川を埋めるほど、これだけの崖を切り崩すとなれば、かなりの労力が必要です。簡単にはいきません。必ずイオストラ砦の兵が気付き、やりおおせる前に、捕らえてしまうでしょう。なのに、どうしてこんなに警戒しているのですか?」

 ケインはちらりと殿下を見た。

「簡単に崖を砕く方法はある」

 殿下はひどく厳しい表情をして言った。どうやら、その方法がお気に召さないらしい。しかし、あれを砕くのである。それができるのであれば。

「直接」

 ――王都を砕けるのでは。
 殿下の眉間に皺が入ったのを見て、ソランは途中で口を噤んだ。――そんな恐ろしいものが、この世にあるというのだろうか。

「ウィシュミシアですか? それはもう実用化され」
「黙れ」

 鋭く遮られた。確かに、軽々しく口にしてよい事柄ではない。

「軽率でした。申し訳ありません」
「よい」

 殿下は軽く息を吐いた。少し雰囲気をゆるめる。

「一生口にせずにすめばよいと思っているのだ」

 殿下はそれを戦に使いたくないのだと、ソランは察した。
 少し考え、脳裏に描き出された光景に、ぞっとする。それだけの力があれば、味方は無傷のまま、敵を殲滅できるだろう。それは、戦ですらないのではないか。ただの虐殺だ。

 そして一度使ってしまえば、どんなに守ろうと、必ず技術は盗み出される。盗賊の孫であるソランには断言できる。そうすれば、人の手により生み出された災いが、今度は己の身に降りかかってくるだろう。

 そんな恐ろしいすべを、世界にばら撒くことはできない。なかったことにしておけるのならば、それに越したことはない。
 けれど、それはいつまで秘匿しておけるのか。使わねばならぬ時が来る懸念があるからこそ、こんな視察を行っているのではないのか。

 疑問が次々に浮かぶ。ただ、黙れと言われた以上、重ねて聞くわけにもいかなかった。
 ソランはもう一度岩肌を見上げた。強く大きく硬い、神々が造り残したもうたもの。これを、人が砕くというのか。
 身中を冷す焦燥が、体の真ん中を駆け抜けていった。



 もっと考察したいところだったが、答え出ないものをグルグル考えていてもしかたがない。移動が始まると、ソランはさっぱりと事案を脳の片隅に押しやり、ひたすら不審な気配を警戒する方へ気を張りつめた。

 ハレイ山脈への入り口となる、また、人が踏み込める最奥に位置するイオストラ砦までの行程は、周到に計画されている。いつまでにどこまで進むか、それに合わせて別働隊が護衛をし、併せて不審者の探索をしている。

 本隊が襲われないかぎり、視認できる距離には近づくなと指示されているから、ソランが捉えられる範囲で人の気配がしたら、それは敵である。
 だからソランは、二日目からはケインと距離を取ったのだ。遠方までよく見渡せる平地で襲われることはまずないが、山中に入れば別だ。木々も藪も岩も崖も、身を隠すには好都合だ。
 いくら気配に聡いソランでも、言葉を交わしている余裕はなかった。ただただ神経を研ぎ澄まし、ありとあらゆる気配を拾う。

 前衛に騎士のベイルとイドリックが並び、次にディー。そして殿下とケインが続き、ソランとイアルが並んで、最後がキーツだった。
 ソランは先を行く殿下の背中を見遣った。たった二日を共に過ごしただけである。まだ知らない事だらけで、かの君が王位に就くのが正しいのかどうか、判断はできない。

 強いて言えば、優しすぎるのが気になった。護衛の役目込みで御前にいるソランに、子供は子供らしくしていろなどと説教をするくらいだ。無慈悲は言うに及ばないが、情が細やかで深すぎるのも心配である。
 王位にあれば、非情な判断を下さねばならないこともある。それができないのであれば、推すことはできない。

 けれど、不思議と、殿下が王位に就こうが就くまいが、ソランはどちらでもよかった。
 ――なるように、なるだろう。
 我知らず微笑んで、晴れ晴れとした気持ちでそう思う。
 殿下の盾となり剣となる。それは魂に刻み込まれているから、何も迷うことはない。
 今のソランには、それだけで十分な気がするのだった。
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