暁にもう一度

伊簑木サイ

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第七章 不死人(ふしびと)

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 殿下は執務室で待ちかねていた。ディーはケインの報告をし、ソランもその場に同席した。

「彼は不死人でした。エリザという女性にもう一度会いたかったようです」
「そうか。その名前には聞き覚えがある」
「ええ。酔うと時々口にしていましたからね。彼の実家に使者を出して、事実関係を調べますか?」
「いいや、もういい。それで、ソランの件は」
「恐らく話してはいないかと。どんなに取り乱しても、ソラン殿を殺したいという意志は見られませんでした。裏切り者に話せばどうなるか、そのくらいの理性はあったように思われます。ただ、彼を唆(そそのか)した者とは、長期に渡って接触していたようですから、拒んでいた彼が態度を翻(ひるがえ)した理由は、推測されてしまっているのではないかと思われます」

 殿下は頷いた。

「打てる手はすべて打った。あとは待つしかあるまい」

 ソランに視線を向ける。

「聞きたいことは? できるかぎり答えよう」
「首謀者が誰なのか、調べがついているのですね?」
「ああ。ジェームズ・ヒルデブラント。ウィシュクレアの大物だ」

 殿下は眉を顰め、軽く息を吐いた。

「サラン河の視察中の襲撃の件で、手引きしたのではないかと、きな臭くはあったのだが、どうにも尻尾が掴めんでな。ケインの証言で、やっと辿り着いた。今、ウィシュクレアに追わせている」

 ウィシュクレアは国の威信をかけて追うだろう。
 ソランはただ頷いてみせた。それぞれの国の成り立ちは知っている。

 ウィシュクレアもウィシュミシアも、元々は不死人のために建国された国だ。当時のウィシュタリア王が、人々から浮いてしまう彼らを見るに見かねて、国を分割してまで避難場所を作ったのだ。

 今でこそ普通の人々にまぎれるのが上手くなった彼らも、当時は迫害されることが多かった。特に子供の時期に、持て余した親に捨てられ、生き延びることが難しかったという。

 そこで、とりあえずは、大陸中に張り巡らせた商人の国ウィシュクレアの流通網に潜り込めば、ある程度大きくなるまで養うシステムを作った。あとは肉体の属性により、賢ければミシアへ、体が強靭ならタリアの軍へと推薦できるようにした。

 この一件で、不死人はウィシュタリア王族に忠誠を誓った。それも本来的な意味は、王族にではなく、庇護を施した宝剣のあるじと、彼を生み出す一族に、なのである。

 現在はどちらの国も、学問を志す者や商売を志す者に広く門戸を開いているが、それでもやはり中枢は不死人が占めている。それは、ウィシュタリア王家との繋がりによるためだ。

 これ以降、不死人たちはお互いに繋がりを持つことができるようになり、呪いの始まりについての研究も行われるようになった。
 そして、様々な証言から、二代目の宝剣の主が呪いに関わっていると推測し、今に至るまで呪いを解くための試行錯誤を続けているのだった。

「ケイン殿はどうなるのですか?」
「ウィシュミシアへ渡されることになろう」

 初耳なそれに、ソランは問い返すようにわずかに首を傾げた。

「不死人は殺すわけにはいかぬ。生まれ変われば、十数年で同じことを繰り返すやもしれん。意志を削ぎ、生きる屍として肉体に魂を閉じ込めておかねばならん。その術はミシアにあるのだ」

 ソランの身中に冷たいものが奔った。唇が震えそうになり、口元を引き締める。
 なんと惨い刑だろう。それを彼は死ぬまで受け続け、そして、生まれ変わっても覚えているのだ。数百年でも、もしかしたら何千年でも。その恨みと憎しみはいかばかりになろうか。

「いけません、殿下」

 焦燥に駆られ、ソランは諌めようとした。

「彼は後悔していました。エリザという人に会いたかっただけなのです。これ以上、彼に憎しみを植え付けてはいけません。どうか慈悲を与えてやってください」
「イリス殿、それはできない。殿下を危険にさらすわけにはいかない。一時いつときの感情に流されてはいけない。あなたならわかるはずだ」

 ディーが言い含めるようにソランに反論した。

「それこそ一時の感情です。殿下は私やあなたが守ればいい。でも、次に生まれ変わった時、私たちはお傍におれるかわからないのですよ。不死人を相手にするのなら、数十年ではなく、何百年、何千年という年月で考えるべきなのではないですか?」
「そうは言っても、恩赦は有り得ぬぞ。わかって言っておるのか」

 殿下は、自分が何を言っているのか本当に理解しているのかと、言外に問うた。

「承知しております。お許しくだされば、私が行ってまいります」

 王族の暗殺に加担した者には、死しか与えられない。だったら、せめて眠るように逝かせてやりたい。

「イリス殿、無茶だ。覚悟だけで事が成せるなら、今頃こんなことにはなっていない。殿下もよくお考えください」
「おまえには私を守る自信がないと?」
「ありませんよ。いつもヒヤヒヤですよ。胃に穴が開きそうなんですよ!」

 ディーは冗談に紛らわそうとして失敗し、声を荒げた。いつもの余裕は影も見えず、顔を歪める。

「あなたを失いたくないのです。どうか、お考え直しを」
「なんだ、おまえは。それほど私は危ういか」
「わかっておいででしょうに」
「だが、もう決めた」

 殿下は不敵としかいいようのない笑みを浮かべた。ディーが、呆気に取られた顔をする。そして、そんな自分に気付くと、片手で顔を覆った。

「どうしてなんですかねえ」

 泣き笑いのような声だった。

「私はいつもいつも、それに弱いんですよ」

 ああ、くそ、イヤになる。ディーは口の中で悪態をついた。
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