暁にもう一度

伊簑木サイ

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第七章 不死人(ふしびと)

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 ややあって顔から掌を外したディーは、恨めしげに言った。

「俺が過労死したら、実家の面倒はお願いします」
「何を言っている。責任を私に押し付けるな。私はおまえの趣味に付き合ってやってるだけだろう」
「俺の趣味?」

 ディーは心底意外そうに聞き返した。

「なんだ、気付いてなかったのか。おまえ、無理難題を言われると、すごく嬉しそうだぞ」

 ディーは目を見開いて絶句した。まさに茫然自失。が、すぐに我に返り、爆発する。

「いつもいつも面倒で厳しい案件を丸投げしておいて、それですかっ。俺だって自分に発破かけなきゃ、やってられませんよっ」
「謙遜するな。頼りにしているぞ、我が副官殿」

 殿下はニッと人好きのする笑みを浮かべた。ディーは二度目の絶句に陥った。そして、呆れたように横に首を振った。

「それで、今回の措置は特例なのでしょうね」

 強く念を押す言い方だった。それに殿下は取り付く島もなく返す。

「決めたと言っただろう」
「ケインは不死人でなかったと言えばすむことです!」
「同じ事を何度も言わせるな」

 ほとんど二人とも喧嘩腰であった。

「冗談じゃありません! ケインはともかく、ヒルデブラントは何度でも同じ事を繰り返しますよ!」
「それでもだ」
「理想で生きていけるなら、誰だってそうします。でも、現実問題として、不可能です」
「不可能ではない」
「不可能でしょう! 敵が多すぎます!」
「すべて排除する」
「は?」

 ディーは、口を開けて、ぽかんとした。

「今、何と?」
「排除すると言った」

 がたんっ。ディーの腰掛けていた椅子がひっくり返った。勢いよく立ち上がった彼は、テーブルをまわり、殿下に詰め寄る。

「正気ですか? 冗談ですか? それとも夢ですか?」

 殿下は嫌そうな顔をして、椅子を引きずってディーから離れた。しかし、同時に同じ分歩み寄られてしまい、少しのけぞる。

「正気で本気で現実だ。少し離れろ。鬱陶しい」
「嘘だ。ぬか喜びした俺を、後で絶対笑うつもりだ」
「私はそこまで歪んだ性格はしていない」
「えええー? じゃあ、夢だ~」

 ディーは頭を抱えてしゃがみこんだ。殿下は溜息を吐いた。淡々と説明する。

「欲しいものができた。そのために利用できるものはすることにした。それだけだ」
「いつ決めたんですか」
「昨夜」
「そういうのは前振りをして、こっちの心の準備ができてから仰ってくださいよ~」

 心なしかその声は湿っていて。彼はしばらくそのまま動かなかった。やがてぐいぐいと片手で目尻を拭うと、立ち上がった。その顔は、いつもより少しだけ真面目だった。

「イリス殿のおかげですか?」
「ああ」

 殿下は短く答えた。ぜんぜん話の読めてなかったソランは、さらにきょとんとした。
 ――昨夜、何かあっただろうか。散々殿下に笑われて、からかわれはしたが。

「だから、どうせならしたいことをする。それで命を狙われるなら本望だ」
「承知いたしました。発表は生誕祝いになさるおつもりですか?」
「そうなろう。詳しいことは関係者を集めて話す。意見を聞きたいこともある」
「では早急に手配します。ああ、でも、その前に医局長の説得ですね」

 ディーは顎に手を当て、頭の中で予定を立てているようだった。

「わかりました。これからすぐに行ってきます」

 踵を返し、扉に向かった。ソランも立ち上がり、殿下に礼をする。

「どうした」
「お忙しそうですので」
「忙しいのはディーだけだ。質問の途中だっただろう。座れ」

 ソランは躊躇した。

「そうだよ、イリス殿。そのためにわざわざ時間をあけてあるんだから、って、ごめん、俺が邪魔したんだね。殿下、今後のためにも、きっちり説明してあげてください。先程、カルシアン・ペイヴァーが、わざわざイリス殿を訪ねてきて、敬愛のキスをもぎ取っていきましたから」
「ほう? おまえは何をしていた」

 殿下は低い声を出した。

「役目は果たしましたよ。とりあえず、恋に落ちる前に邪魔はしましたので」
「それ以前の問題だ。ペイヴァーめ、本命も落とせないくせに、いい度胸だ」
「詳細はイリス殿にお聞きください。では、俺はお使いに行ってきます」

 声をかける隙も与えず、さっさと出て行く。
 ソランはわけもわからぬまま、急転直下剣呑な雰囲気を纏った殿下と、二人きりにされた。
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