暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
上 下
95 / 272
第八章 思い交わす時

2-1

しおりを挟む
 ぽかりと目が覚めた。窓がうっすらと明るくなっている。小鳥の声もする。もうすぐ夜明けなのだろう。
 ソランは布団の上に起き上がった。乱れた髪を手櫛でかきあげる。マリーたちに毎日手入れしてもらっているそれは絹のようにすべらかで、かきあげた先から落ちてきて、すぐに顔を覆ってしまう。ソランは溜息を吐いた。

 昨夜は、皆に悪いことをした。きっと、夕食もお湯の用意もしてくれていただろうに。我儘なことをした。あとで謝らないと。調理室にも顔を出そう。
 そう考え、もう一度溜息を零す。
 気持ちは落ち着いていた。

 返事をするまで、朝は起こしに来なくていいと殿下に言われている。だから、食事も別だ。ありがたかった。昨日の今日で、とてもではないが、殿下の前で平静でなどいられない。

 小屋の中であったできごとが脳裏に甦る。まなざしと声と感触と。なんと得難く、幸せな夢だろう。恐らく、一生、ソランの心を苛むにちがいない。

 ソランは、やはり、女だと打ち明けられないと結論付けていた。殿下が『男のソラン』を求めているというのなら、尚更。だがそれは、殿下の思いを受け入れられないと告げることでもある。

 それでも、傍に置いてもらえるだろうか、度量の広い方だから、きっと遠ざけたりはなさらない、とソランは自分に言い聞かせるように思いめぐらせる。
 ただ、今までみたいに親しく傍近くにはいられない気はした。ソランもそこまで厚顔無恥ではない。適度な距離を置くことになるだろう。そしていずれは、女だとばれる前に、領地に引き込まなければならない。

 そうなったとしても、女だと知られて義務で結婚されるよりは、マシだと思った。殿下も好きだと告白したからには、女が受け入れがたくても、ソランを受け入れようとするに違いない。
 けれどきっと、ソランがマリーをどんなに愛していても、抱きしめる以上のことができないように、無理をすれば、いずれお互いに堪え難くなるのではなかろうか。

 ソランは彼と不幸にだけはなりたくなかった。一人ならともかく、二人で共になんて、お互いのせいでそうなるなんて、耐えられなかった。

 掛け布団を握り締める。いっそ泣きたかったが、涙は出てこなかった。胸の中に熱く重いものが溜まり、苦しくなるばかりだ。
 泣くわけにはいかないと、思い返す。これから相手を振ろうという人間が、何を泣く理由があるだろう。

 普通にしていないと。
 それを心の中で繰り返す。そうしていないと、何度でも、殿下と触れ合った記憶が甦り、ソランの頭も体も支配してしまう。

 ソランはマリーが起こしにくるまで、身動ぎもせず、ベッドの上に座っていた
しおりを挟む

処理中です...