暁にもう一度

伊簑木サイ

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第八章 思い交わす時

2-6

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 殿下は驚いた顔をした。

「まさか、黒の神官か」

 エルファリア殿下にも同じように呼ばれたことがあった。ソランも驚きをもって問い返した。
「確かに聖衣は黒を身に着けますが、自分たちでそう名乗ったことはありません。何をご存知なのですか?」
「黒の神官は、この世に残された最後の至宝だと。国が滅びようともかの君を守れ、と。王族は誰でも五歳になると、神殿に連れて行かれて、誓わされるのだ。だが、本当にいるとも、どこにいるのかとも聞かされたことはなかった。ただの神事の一つと思っていた」

 あまりに意外な内容に、ソランは反論した。

「ですが、マイラは邪神と蔑視されています」
「冥界を統べる神だというだけでな。本来は豊穣と慈悲の神でいらっしゃるのは知っている。ただし、我等はかの神を崇めることは許されていないのだそうだ。それができるのは黒の神官の民だけだと聞いている」
「許されない?」

 マイラは慈悲にあふれた神だ。求めすがる者を遠ざけたりはしない。

「ああ、少し違うのか。慎み控えよ、だったか。『我等はすべて罪人の末裔。赦しを請うてはならぬ。自ら慎み、控えよ。いつの日か至宝がまったき姿を取り戻し、女神の哀しみが癒えるまで』」

 歌うように口ずさんた。

「そんな日は」

 本当に来るのだろうか。本当にそんなことが、起こると? 神話そのもののようなことが?

「なぜ、そんな顔をする。まったき姿がどんなものなのか、おまえは知っているのか」
「恐らく、失われた神が人として甦ることではないかと」
「失われた神?」

 ソランは自分の領地に伝わる神話を、掻い摘んで話した。主神セルレネレスと女神マイラの諍(いさか)い。世界の崩壊とそれを止めた神。神の欠片を留めた英雄の話。そして、女神の預言。
 そうして話しながら、ソランは次々と符号が合っていくのに恐れを抱いた。

 あるじ以外には抜けぬ宝剣。鍛冶の神ラエティアが鍛えたというそれ。それが真実なら、宝剣の初めの主は神だったということになる。なぜなら、ラエティアは神の佩剣しか鍛えなかったのだから。

 宝剣を収める聖堂に刻まれた言葉と、エルファリア殿下の話。それは二代目の主が『アティス』であり、彼の誓願を神が認め、守護を授け、宝剣をその証としたことを示す。

 一方、領地の神話では、英雄の君は将軍であったと伝えてはいたが、それ以外は、己の命と引き換えに『失われた神』を呼び留め、その見返りにマイラに領民への祝福を願ったとしか伝えられていない。
 いや、伝えていないとしか思っていなかった、というのが正しかったと言うべきか。なぜなら、ソランは殿下に語りながら、彼(か)の君の話の最後の一文の、本来の意味を悟ったからだった。

 意味が通らぬが故に、昔話として簡単に語られるときは、落とされてしまうことの多い一文は、正式な締めくくりでは、こう語り終えるのだ。『こうして英雄の君は二度死んだ』と。
 それが、その通りの意味だったとしたら。一度は兄王子の放った刺客に殺され、どうやってか蘇り、失われた神と共に戦った末に主神にも殺された。だからこそ、ソランの領地では裏切りが最も重い罪なのだとしたら。

 ソランが話し終えると、二人は等しく黙ってしまった。ソランは、何か重いものが魂に絡みついているような気がしてしかたなかった。それに囚われてしまいそうな。

 ケインが『災いの神』と呼んだ声を思い出す。まさに、そうなのではないか。英雄の君は、神の庇護があったにもかかわらず、死んだ。それも、二度も。

 ソランがその神の魂を継いでいるのだとしたら。そして、今生もまた、『アティス』に災いをもたらすのだとしたら。
 今度はどんな呪いをもたらすのだろう。もしかして、不死の呪いをかけたのは、『失われた神』なのではなかろうか。呪いを解く鍵を持っているのは、二人目の主の生まれ変わりではなく、一人目であるかもしれないソランなのではないのか。だとしたら、不死人に狙われるべきなのは、殿下ではなく、ソランであるべきだった。

 恐ろしかった。何一つ確定したわけではなかったが、だからこそよけいに、恐怖に囚われそうになる。
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