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第九章 束の間の休息(海賊の末裔の地キエラにおいて)
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場の緊張がとけ、喜びのうちに副官を紹介しあい、席を移して、歓迎の食事を共にした。
お互い、相手のことを知りたいし、知ってもらいたいという気持ちはあるのだが、気が逸って会話を選べず、女性二人で、もじもじもぞもぞして黙っている。いつもなら、そつなく社交をする二人である。殿下は妙なものを見たという顔で、珍しく会話を提供した。
「ソラン、船が来たら乗せてやると言っただろう。あれは、これの船のことだ」
「ジェナス様の?」
「もちろん船にはお招きさせていただきますが、ソラン様、どうぞ私のことは、ジェナスとお呼び捨てください」
「とんでもないことでございます!」
「お仕えすることをお許しくださると、仰ったではありませんか」
「あれは、共に殿下にお仕えすることを言ったのです」
「どうも取り違えがあったようですね。……そうですね、言葉では何とでも言えること。我が忠誠は、おいおいご覧に入れてまいります」
艶やかな花が咲き誇るように笑んでみせる。
「ジェナス様!」
ソランは困った声をあげたが、うまく反論できずに、口ごもった。
「それに、そう間を置かず、ソラン様が敬わなければならないのは、宝剣の主殿と両陛下のみとなりましょう。謙虚でいらっしゃるソラン様には、心苦しく思われるのかもしれませんが、立場に見合ったふるまいをなさるのは、驕りとは違います。どうぞ、私を、その練習台と思し召されませ」
そこを突かれると、痛い。常に王妃にも、その点は指導されていた。
しかし、一国の代表を呼び捨てて、ディーやその他の者に『殿』を付けて呼ぶのはおかしい。だからといって、何もないのに急に全員を呼び捨てにするのは、まだその身分にないのにできるわけがない。
「……では、もうしばらく、殿下に仕える同輩として、ジェナス殿と呼ばせていただくのでは、いけませんか?」
上目遣いで伺う。始祖として、また深い知識と知恵を持つ先人として、ジェナスを敬っているソランにとっては、これでもかなりの譲歩である。
「まあ。なんて可愛らしいお願いでしょう」
ジェナスは目尻を下げて微笑んだ。そうすると慈愛に満ちた表情になる。その時その時でころころとイメージが変わる、彼女は不思議な人だった。
それからしばらく船の話に花が咲き、食事が終わると、殿下は話の切れ間を見計らって告げた。
「お互い、今日は疲れが残っている。急ぎ検討しなければならない話でもない。本題は改めて明日以降に話す場を設ける。今日はここまでとしようか」
「本日はたいへん楽しい一時をありがとうございました」
ジェナスが挨拶をし、退出するのを、ソランも席を立って見送りに出た。
「ソラン様、おやすみのご挨拶を申し上げてもいいですか?」
今まで誰かにそんなことを聞かれたことはなかったが、挨拶を受け取らない理由はない。疑問に思いながらも頷く。
彼女はソランの肩に手を伸ばし引き寄せて、ソランの顔を己の胸に押し付けた。中途半端に屈むのはバランスが取りにくく、勢いもあって、ソランは彼女の胸の谷間に顔を埋めてもたれかかった。とても柔らかく弾力のあるそこで口と鼻を塞がれて、思わず息を止める。上では頭に頬擦りもされていた。
「おまじないです。こうすると悪夢を見ないのですよ。おやすみなさいませ、ソラン様、良い夜をお過ごしくださいませ」
「ええ、はい、ジェナス殿も」
もごもごと答える。どうにも彼女の胸が邪魔だった。
腕のゆるむ気配に、自分で体を起こすと、今度は淫らなくらいに色っぽい微笑が向けられていた。背筋がぞわっとする。どうも、こういう時の彼女は苦手だと思わざるをえない。なぜか蛇に睨まれた蛙になった気分になるのだ。――今にも丸呑みされてしまいそうな。
「では、失礼いたします」
彼女は優雅に腰を折ると、副官を連れて出て行った。
「あんなおまじない、初めてです。ねえ、イアルは知ってた?」
同郷の彼に聞く。
「……いいや」
「ディー殿は?」
「いいえ、私も」
殿下は飛ばす。知っていたら、毎夜してくれないわけがない。
「ジェナス殿はどこのお生まれなのでしょう。きっとそちらの風習なのですね」
ソランは無邪気に小首を傾げた。
男三人は、あれは絶対おまじないなどではないとわかっていた。ソランを抱きしめながら殿下を見遣った目つきは、挑発以外の何物でもなかったのだ。
三人は三人とも、己の被りそうな被害を想像して、揃って同時に溜息を吐いたのだった。
お互い、相手のことを知りたいし、知ってもらいたいという気持ちはあるのだが、気が逸って会話を選べず、女性二人で、もじもじもぞもぞして黙っている。いつもなら、そつなく社交をする二人である。殿下は妙なものを見たという顔で、珍しく会話を提供した。
「ソラン、船が来たら乗せてやると言っただろう。あれは、これの船のことだ」
「ジェナス様の?」
「もちろん船にはお招きさせていただきますが、ソラン様、どうぞ私のことは、ジェナスとお呼び捨てください」
「とんでもないことでございます!」
「お仕えすることをお許しくださると、仰ったではありませんか」
「あれは、共に殿下にお仕えすることを言ったのです」
「どうも取り違えがあったようですね。……そうですね、言葉では何とでも言えること。我が忠誠は、おいおいご覧に入れてまいります」
艶やかな花が咲き誇るように笑んでみせる。
「ジェナス様!」
ソランは困った声をあげたが、うまく反論できずに、口ごもった。
「それに、そう間を置かず、ソラン様が敬わなければならないのは、宝剣の主殿と両陛下のみとなりましょう。謙虚でいらっしゃるソラン様には、心苦しく思われるのかもしれませんが、立場に見合ったふるまいをなさるのは、驕りとは違います。どうぞ、私を、その練習台と思し召されませ」
そこを突かれると、痛い。常に王妃にも、その点は指導されていた。
しかし、一国の代表を呼び捨てて、ディーやその他の者に『殿』を付けて呼ぶのはおかしい。だからといって、何もないのに急に全員を呼び捨てにするのは、まだその身分にないのにできるわけがない。
「……では、もうしばらく、殿下に仕える同輩として、ジェナス殿と呼ばせていただくのでは、いけませんか?」
上目遣いで伺う。始祖として、また深い知識と知恵を持つ先人として、ジェナスを敬っているソランにとっては、これでもかなりの譲歩である。
「まあ。なんて可愛らしいお願いでしょう」
ジェナスは目尻を下げて微笑んだ。そうすると慈愛に満ちた表情になる。その時その時でころころとイメージが変わる、彼女は不思議な人だった。
それからしばらく船の話に花が咲き、食事が終わると、殿下は話の切れ間を見計らって告げた。
「お互い、今日は疲れが残っている。急ぎ検討しなければならない話でもない。本題は改めて明日以降に話す場を設ける。今日はここまでとしようか」
「本日はたいへん楽しい一時をありがとうございました」
ジェナスが挨拶をし、退出するのを、ソランも席を立って見送りに出た。
「ソラン様、おやすみのご挨拶を申し上げてもいいですか?」
今まで誰かにそんなことを聞かれたことはなかったが、挨拶を受け取らない理由はない。疑問に思いながらも頷く。
彼女はソランの肩に手を伸ばし引き寄せて、ソランの顔を己の胸に押し付けた。中途半端に屈むのはバランスが取りにくく、勢いもあって、ソランは彼女の胸の谷間に顔を埋めてもたれかかった。とても柔らかく弾力のあるそこで口と鼻を塞がれて、思わず息を止める。上では頭に頬擦りもされていた。
「おまじないです。こうすると悪夢を見ないのですよ。おやすみなさいませ、ソラン様、良い夜をお過ごしくださいませ」
「ええ、はい、ジェナス殿も」
もごもごと答える。どうにも彼女の胸が邪魔だった。
腕のゆるむ気配に、自分で体を起こすと、今度は淫らなくらいに色っぽい微笑が向けられていた。背筋がぞわっとする。どうも、こういう時の彼女は苦手だと思わざるをえない。なぜか蛇に睨まれた蛙になった気分になるのだ。――今にも丸呑みされてしまいそうな。
「では、失礼いたします」
彼女は優雅に腰を折ると、副官を連れて出て行った。
「あんなおまじない、初めてです。ねえ、イアルは知ってた?」
同郷の彼に聞く。
「……いいや」
「ディー殿は?」
「いいえ、私も」
殿下は飛ばす。知っていたら、毎夜してくれないわけがない。
「ジェナス殿はどこのお生まれなのでしょう。きっとそちらの風習なのですね」
ソランは無邪気に小首を傾げた。
男三人は、あれは絶対おまじないなどではないとわかっていた。ソランを抱きしめながら殿下を見遣った目つきは、挑発以外の何物でもなかったのだ。
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