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第十一章 解呪
解呪3
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殿下はソランが無意識に持ってきていた剣を取りあげると、ベッドのヘッドボードへと持っていって置いた。
敷物の隅に盆が置かれており、二つの杯と酒瓶二本があった。
「あ、これは」
「そうだ。あいつらが持ってきたものだ。飲むか?」
ソランは頷いた。なんとなく、間がもたなかったのだ。
「どちらにしますか?」
封は切ってあった。そこで、注ごうと手を伸ばすと、やんわりとさえぎられて、殿下が自分で片方を取り上げた。捩じ込まれていたコルクを引き抜き、杯に半分ほど注いでくれる。
「あいつらに毒見させたから大丈夫だ」
片方を渡され、ソランが受け取ると、殿下は優雅に掲げてみせた。それに合わせてソランも掲げて、乾杯をする。
口にしたそれは、適度に甘いものだった。まろやかでこく深く華やかで、ソランはあまりの美味しさに、ほうと息を吐いた。
「気に入ったか?」
「はい。これはどちらの方が?」
「エニシダだ。こちらも飲んでみるか?」
「はい」
よくよく味わいながらも、するりと飲みきってしまったソランに、殿下はもう一つの方も注いでくれる。今度は杯に三分の一ほど注がれたそれを口に含むと、芳醇な香りが鼻に抜け、重厚でありながら清冽な味わいにうっとりとした。
「どちらもとても美味しいですね」
「ああ。だが、きつい酒だぞ」
「ええ。頭の中がほわんとして、いい気分です」
楽しくなって、笑いかけた。殿下も微笑んで、何気ない仕草でソランから杯を取り上げると、口付けてきた。すぐに離れるが、頬を撫でられる。幸せな気分でその手に頬を寄せ、自分の掌も添えて頬との間で挟むようにした。
この人が好きだと思う。体中がその思いで満たされる。幸せだけれど切なくて、少しだけ涙が滲んだ。
「おまえが好きだ」
囁きとともに片腕が肩にまわり、引き寄せられた。
「おまえは? 私が好きか?」
「はい」
「目を開けて」
懇願の響きを感じて不思議に思って見ると、顎をとらえられて瞳を覗き込まれる。
暖炉の穏やかな光に照らし出されたソランは、ひどく可憐だった。青い瞳は明度の低い中では濃い色を増し、まるで夜空のようだった。
「私を、望むか?」
熱い瞳と声だった。ソランは体の中に火を灯されて、小さく震えた。殿下のものとも自分のものともつかない、あまりにゆるぎない熱に、急に怖気づく気持ちが湧き上がる。ソランは目を合わせていられなくなって、つぶった。
「ソラン」
魂を揺さぶられるような声で呼ばれる。この存在こそが、ソランの望みのすべてだと思い知る。逆らいようもなく、湧き上がる思いに押されて告げる。
「望みます」
かき消えそうに小さな返答だった。だが、吐息さえ聞き取れる距離では、それで充分だった。
「では、これからはアティスと呼べ」
突然そんなことを言われ、戸惑うソランに、催促するように口の端に唇を押し付ける。ソランはつっかえながら、その名を口にした。
「ア、アティス、さま?」
口にした瞬間、自らそうすることによって、その響きが体に心に魂にはっきりと刻み込まれたように感じた。ソランのなにもかもが、その名の人を求めてやまなかった。
「ああ、そうだ。それが私の名だ」
強く抱き締められて、耳元で言い聞かされた。頷いて、すがりつく。次々にあふれ返る思いに苦しくてたまらなかった。
「ソラン。では、ソランの望むままに」
殿下は、いや、アティスは、その先を言わなかった。いつかのように、口付けで思いを伝える。ソランは全身全霊でもってそれを受け入れた。
求められるままに自分のすべてを与え、求めるままに相手のすべてを与えられる。ソランは、それ以上の喜びも幸せも知らないと思った。
そして、その夜、彼はソランを一晩中腕の中に閉じ込めて、暁の光を見るまで、けっして離さないでいてくれたのだった。
敷物の隅に盆が置かれており、二つの杯と酒瓶二本があった。
「あ、これは」
「そうだ。あいつらが持ってきたものだ。飲むか?」
ソランは頷いた。なんとなく、間がもたなかったのだ。
「どちらにしますか?」
封は切ってあった。そこで、注ごうと手を伸ばすと、やんわりとさえぎられて、殿下が自分で片方を取り上げた。捩じ込まれていたコルクを引き抜き、杯に半分ほど注いでくれる。
「あいつらに毒見させたから大丈夫だ」
片方を渡され、ソランが受け取ると、殿下は優雅に掲げてみせた。それに合わせてソランも掲げて、乾杯をする。
口にしたそれは、適度に甘いものだった。まろやかでこく深く華やかで、ソランはあまりの美味しさに、ほうと息を吐いた。
「気に入ったか?」
「はい。これはどちらの方が?」
「エニシダだ。こちらも飲んでみるか?」
「はい」
よくよく味わいながらも、するりと飲みきってしまったソランに、殿下はもう一つの方も注いでくれる。今度は杯に三分の一ほど注がれたそれを口に含むと、芳醇な香りが鼻に抜け、重厚でありながら清冽な味わいにうっとりとした。
「どちらもとても美味しいですね」
「ああ。だが、きつい酒だぞ」
「ええ。頭の中がほわんとして、いい気分です」
楽しくなって、笑いかけた。殿下も微笑んで、何気ない仕草でソランから杯を取り上げると、口付けてきた。すぐに離れるが、頬を撫でられる。幸せな気分でその手に頬を寄せ、自分の掌も添えて頬との間で挟むようにした。
この人が好きだと思う。体中がその思いで満たされる。幸せだけれど切なくて、少しだけ涙が滲んだ。
「おまえが好きだ」
囁きとともに片腕が肩にまわり、引き寄せられた。
「おまえは? 私が好きか?」
「はい」
「目を開けて」
懇願の響きを感じて不思議に思って見ると、顎をとらえられて瞳を覗き込まれる。
暖炉の穏やかな光に照らし出されたソランは、ひどく可憐だった。青い瞳は明度の低い中では濃い色を増し、まるで夜空のようだった。
「私を、望むか?」
熱い瞳と声だった。ソランは体の中に火を灯されて、小さく震えた。殿下のものとも自分のものともつかない、あまりにゆるぎない熱に、急に怖気づく気持ちが湧き上がる。ソランは目を合わせていられなくなって、つぶった。
「ソラン」
魂を揺さぶられるような声で呼ばれる。この存在こそが、ソランの望みのすべてだと思い知る。逆らいようもなく、湧き上がる思いに押されて告げる。
「望みます」
かき消えそうに小さな返答だった。だが、吐息さえ聞き取れる距離では、それで充分だった。
「では、これからはアティスと呼べ」
突然そんなことを言われ、戸惑うソランに、催促するように口の端に唇を押し付ける。ソランはつっかえながら、その名を口にした。
「ア、アティス、さま?」
口にした瞬間、自らそうすることによって、その響きが体に心に魂にはっきりと刻み込まれたように感じた。ソランのなにもかもが、その名の人を求めてやまなかった。
「ああ、そうだ。それが私の名だ」
強く抱き締められて、耳元で言い聞かされた。頷いて、すがりつく。次々にあふれ返る思いに苦しくてたまらなかった。
「ソラン。では、ソランの望むままに」
殿下は、いや、アティスは、その先を言わなかった。いつかのように、口付けで思いを伝える。ソランは全身全霊でもってそれを受け入れた。
求められるままに自分のすべてを与え、求めるままに相手のすべてを与えられる。ソランは、それ以上の喜びも幸せも知らないと思った。
そして、その夜、彼はソランを一晩中腕の中に閉じ込めて、暁の光を見るまで、けっして離さないでいてくれたのだった。
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