暁にもう一度

伊簑木サイ

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閑話集 古語り

遠き日の夢1

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 そこから見た景色は、美しく祝福に満ちていた。
 左手には大河が流れ、眼下をその支流が曲がりくねり日にきらめきながら、王都へと流れていく。なだらかな起伏を描く大地は、地平線の彼方まで青く輝き、秋の豊穣を予感させた。

 我が愛する祖国。愛する人々の住まう地。
 目を細め、自然となるままに唇の両端を引きあげる。

 我が罪深さを忘れたことはない。何千年経っても、薄れることはない。あの日のままに、後悔が心を苛む。罰してくださるというのなら、喜んで受けよう。この命が役に立つというのなら、いくらでも捧げる。
 ――それで、今度こそあれの願いが叶うのなら。
 首をめぐらし、ハレイ山脈に向かって囁く。

「女神よ、我が働きをご照覧あれ」

 もう一度、王都へと視線を向ける。その光景を目に焼きつける。背後が騒がしくなってきていた。

 エニュー砦に向かう一本道を、王太子軍が登ってきているのが見えていた。狭いここに入りきらなかった兵たちが、なし崩しに襲われている。せっかくの大軍も、こんな狭い場所では役に立たない。そう、役に立てさせないためにここに立て籠もったのだ。
 王太子軍は、もう間もなく門扉に殺到して攻め込んでくるだろう。だが、知らせを受けても迎え撃とうとしない私に、しびれをきらして、味方の領主たちがやってきたようだ。

「陛下、ご指示を!」

 扉の向こうから喚き声が聞こえる。
 誰が陛下、だ。正式に即位などしていない。するつもりもない。

「入れ」

 扉が開いた瞬間に姿を垣間見せた衛兵に、微かに頷いてみせる。彼は、私の本当の思いを知る者。
 彼は深く頷くと、領主たちだけを招き入れ、その部下たちを締め出してくれた。任せておけば、必ず時間稼ぎをしてくれるだろう。

 私は領主たちへと向き直った。
 これで、倒すべき相手は八人だけ。贅沢に浸り、領主の本分を忘れた彼らなど、幼い頃から将軍位について、甥を守り立てていこうと励んできた私にとっては、物の数ではない。

「さて、ここまで仕えてくれたおまえたちに、礼をしたく思う」

 私は笑ってみせた。獅子のごとき笑みと評された表情で。領主たちも儀礼的に笑い返しながら、不穏を感じ取ったのか、顔を強張らせる。
 その表情に満足を覚えながら、一番近くにいた者に歩み寄り、抜刀した。何が起こったのかもわからないうちに、一刀で首を叩き落す。そして抗議の声をあげる前に、詰め寄って二人目を葬り去った。さすがに三人目は剣を抜いて歯向かおうとしたが、戦から長く離れたそれは、私の敵とはなり得ない。早々に討ち取り、助けを呼びながら逃げ出そうと惑う者たちを、一人、また一人と手にかけていく。

「なぜ!」

 最後の男が転んで後退りながら喚く。

「おまえが許された者なら、冥界で女神に尋ねるといい」

 憎しみすら込めて、その体に剣を叩き込んだ。
 まったく、どいつもこいつも余分な脂肪を付けおって。せっかくのクレインが、すっかりなまくらになってしまった。まだ一仕事残っているのに、どうしてくれるのだ。これでは自分の首さえ掻き切れん。
 今しがた斬り殺した男の服で刃を拭いながら、顔を顰めた。

 それにしても、あの似非えせ神官も他人事だと思って面倒なことを押し付けてくれたものだ。攻め入る軍に呼応して領主たちを粛清し、密かに打ち果てよとは、堂に入った非道っぷりだ。どうせ死ぬのだから、少しでも残される者の仕事を減らしていけなど、あの冷血漢でもなければ、言えぬことだろう。

 だが、哀れでもある。女神の剣たる巫女を、人として繋ぎとめようというのだ。さて、戦が終わるまでに、彼女の心がどれほど残っていることやら。
 喉の奥で笑う。あの神官もまた、己や巫女と同じに、慈悲深く無慈悲な女神に捧げられる供物なのだ。

「どれ、少しでも減らしておいてやろうか」

 遠い昔に妻であった甥に泣きつかれ、生まれ変わっても尋ねていくと、約束してしまった。彼の傍にいるであろうあの似非神官に、次に会った時にねちねちといたぶられるのはごめんだ。

 ふと、足元に横たわる男の剣に目がいく。ああ、そうであった。この男もクレインの剣を大枚を叩いて買い入れていたのだった。

「これはくれてやるから、こっちは貰うぞ」

 聞こえないだろう男に声をかけ、真っさらなそれを手にする。

「さあ、もう一働きするか」

 私は足を振り上げ、気配の入り乱れるあちら側へと、扉を勢いよく蹴り開けた。
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