暁にもう一度

伊簑木サイ

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閑話集 こぼれ話

あの上司にしてこの部下あり1

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 イドリックとウォルターは、交替のために殿下の私室の護衛控え室に入った。
 ディーは暖炉の前で靴紐を換えており、イアルは書き物机で手紙を書いているようだった。どちらも手を止め、顔を上げた。挨拶を交わす。

「ご苦労さん」
「お疲れ様です」

 一人ディーだけがご苦労さんと声を掛けた。あまりそうは見えないのだが、一応彼は、殿下の副官であり、彼らの上司に当たるのだった。
 訪れた義兄弟二人は、なにやら困った様子で何かを言いあぐねていた。それにすぐに気づき、気軽に尋ねる。

「どうした? 交代にはちょっと早いようだけど」
「すまん。少々相談事が」
「相談? いいよ。もしかして、扉の向こうにいる人? でも、ここには入れてあげられないけど?」

 ディーは顎で半開きになっているそこを指し示した。

「わかっている」

 イドリックはそう言いながらも扉へと向かい、大きく開けて、そこにいる男たちを、入り口に掛かっているランプを外して照らしてみせた。
 それは城内で働いている年若い男たちだった。一様にぺこりと頭を下げる。ディーはそれに笑って頷いてみせた。

「勢ぞろいだねえ。で、どうしたの?」

 無言の挨拶を済ませた彼らは、なぜかイアルに視線を向けた。すがるような目つきである。全員を代表して、イドリックが口を開いた。

「イアル殿、お願いだ。教えてくれないか。ソラン様の危険な遊びよりインパクトのある遊びを」

 彼らの姿を目にしたときから、だいたいの事情を察して同情の色を瞳に浮かべていたイアルは、物憂く微笑んで頷いた。

「わかりました。相談にのりましょう」

 彼らは我を忘れて歓声をあげかけ、ディーのシッという鋭い制止で、妙な格好のまま一斉に動きを止めたのだった。



 彼らの訴えはこうだった。
 最近、妻や彼女が自分を相手にしてくれない。やっと一緒に過ごす時間を取り付けても、会話は御領主様の御婚約者様のことばかり。

『ソラン様はお美しくてお優しくてお強くていらっしゃる。ああ、なんて素敵なんでしょう』

 ほんのりと頬を赤く染め、それはそれはうっとりとした瞳で語る。そして切ない溜息を吐くのだ。

『ああ、ソラン様が御領主様にお会いする前に、ぜひお会いしたかったわ。そうしたら、猛アタックをかけたのに』

 そうして妻は子供を抱き上げ、子供の目を覗き込んで囁くのだ。

『ソラン様がお父さんだったら、毎日楽しく遊んでもらえるのにね』

 結婚前の娘たちも呟くのだ。

『あんなふうに子供を可愛がってくれるような人と、一緒になりたいものだわ』

 そもそも女同士では肝心の子供が生まれるわけがないにも関わらず、女たちは口をそろえたようにそう言うのだった。



 入り口の敷居を境にして、中にディー、イアル、イドリック、ウォルターがしゃがみ、廊下側に男たちがしゃがんで、額をつき合わすようにして話す。部屋の暖気はすっかり廊下に流れ出してしまい、石造りの床からは冷気がのぼってきていたが、部外者を中に入れるわけにはいかなかった。

 御領主の寝室との間には居間や衣裳部屋があり、恋人同士が二人きりでいるのだ、こちらを気にするわけもないと思うが、片方はあのソラン様である。妙な気配があれば、剣を携えて覗きに来るに違いない。
 そうすれば、御領主が邪魔をするなと怒るのは確実だった。御領主の逆鱗に触れたいなどと思う命知らずはいない。なるべく静かにしているに越したことはなかった。

「そういえば、イアル殿の奥方は、マリー殿だと聞いた。ソラン様に一途なあのマリー殿を妻にするとは、いったいどうやったんだ」

 イドリックが思い出したように尋ねた。

「ああ、それは命を差し出しました」

 イアルはなんでもないことのように、不穏当な発言をした。

「命、とは?」

 ウォルターがどこか不安を滲ませた声で聞く。彼はさすが海賊の末裔と思わせる、鋭くしなやかな鞭に似た雰囲気がある。年齢的に、領主代行の父であるハリーほど苦みばしってはいないが、不敵な表情の似合うはずの男であった。

「私はソラン様の側近となるように育てられましたから。現時点で一番お傍でお仕えできる人間ということになります。つまり、ソラン様の盾となるに一番相応しいということで、承諾してくれました」

 微笑みすら浮かべて語ったイアルを、男たちは全員、痛ましいものを見る目で見た。ところがディーは、良かったね、というように彼の肩を叩いた。

「うわあ、マリー殿、さすがだ。じゃあ、この前、ソラン様を庇って怪我したから、惚れ直してもらえたんじゃない?」
「まさか」

 イアルはさらにニッコリとし、否定した。

「ソラン様を心配させて泣かせたということで、目が覚めたとたん、くびり殺されそうになりましたよ」

 それを聞いて、彼らは顔を引き攣らせた。イドリックやウォルターに至っては、脳内で己の未来の姿と重なったらしく、蒼褪めているようだった。唯一、ディーだけがクスクスと笑いだした。

「さすが我が恋敵! 素晴らしい女性だね!」
「ええ、本当に可愛い人なんです」

 ディーの褒め言葉を額面どおりに受け止めて、幸せそうに惚(のろ)気(け)てイアルは締めくくった。

「いやあ、人の幸せって、それぞれだよね。イアル殿も尻に敷かれっぷりが堂に入ってるね。それが夫婦円満のコツなのかな?」
「お蔭様で」
「みんなも」

 ディーが励ますように全員を見まわし、途中で口を噤んだ。やや勢いをなくして言い添える。

「……うん、そうそう真似できないよね」

 一同の上に重い沈黙が落ちた。
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