暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
241 / 272
閑話 ルティンの恋

5-1

しおりを挟む
 アリエイラは、他の施設群から離れた眺めのいい高台にある、二階建ての小さな家に案内された。一階の玄関フロアと家のまわりに、警備にあたる兵がいたが、二度と鎖がかけられることはなく、二階にある部屋に入れば完全に一人になることができた。
 これがウィシュタリアの普通なのかもしれないが、ベッドも部屋も、エーランディアの常識からは、兵舎としては上等な部類に入るものだった。

 湯浴みをし、渡されたウィシュタリアの服を身につけた。軍服はどこも似たようなもので、シャツに上着に下はズボンだ。
 エーランディアでは組紐で留めるが、エランサやウィシュタリアでは、ボタンと呼ばれるものを服に空けた穴に通す。コツがいったが、全部留め終わる頃には慣れてしまった。少し長かった手足の裾を折り曲げてから、浴室の外へ出た。

 壁に寄りかかり待っていたらしいルティン・コランティアが体を起こし、上から下までざっと見て、明日にはもう少し合うものをご用意します、と言った。別に不自由はしていない、と伝えると、そうですか、とだけ答えて、にっこりと笑った。
 アリエイラは固まった。日は暮れかかって辺りは薄暗い。なのにその笑顔は輝くようで、目にした瞬間、息が止まってしまったのだ。

 ルティンは軽く首を傾げると、更に笑みを深めた。美しいを通り越して、神々しいとすらいえる微笑だった。神の恩寵とは凄まじいもので、ウィシュタリア軍に囲まれた時よりも、アリエイラの心臓は早鐘を打った。
 食事の用意ができています、どうぞこちらへ、と促されて、やっと視線が外れ、ほっと一息つく。アリエイラはぎこちなく足を踏み出し、彼の後についていった。

 食堂に案内され、彼と向かい合わせに席に着かされた。大皿に盛られた料理がテーブルの上に置かれており、取り皿やカップやカトラリーが無造作に詰め込まれた籠を渡された。

『どうぞ、お好きなものをお取りください』

 何もかもが割り当てられていないのは、毒が入っていないことを示すためなのだろう。
 勧められるままに料理を取り分け、手元以外は目に入らないようにして食事に専念することにした。

『お口に合いますか?』

 ところが途中で話しかけられて、うっかりと目を上げてしまった。口の中のものを、思わずごくりと丸呑みする。
 軍隊育ちのアリエイラには、口に合うも合わないもない。食えるか食えないか、それだけだ。ウィシュタリアの味付けは物珍しくはあったが、不味くはなかった。むしろ美味いと言うべきだろう。

『ああ。美味しい』
『よかった。苦手なものはありますか?』
『特には』
『お好きなものは?』
『気遣いはいらない。じゅうぶんよくしてもらっている』

 一通り味見したところで尋ねてきたということは、アリエイラが食べるのを観察していたのだろう。少しやりきれない思いになった。
 アリエイラの食事は、女性として上品とは言いがたい。だいたい、他の姫は、これほど食べたりしない。御付の者に小さく切り分けてもらい、口に運んでもらう。
 軍ではそんなことはしていられないから、短時間で大口を開けてかきこむことになる。それにたくさん食べないと体ももたない。戦場で動けなくなれば、生死に関わるのだ、作法など鼻にも引っ掛けられなかった。しかし、こんな場所にやってくれば、ただの行儀の悪い女でしかなくなる。

 それでも今日のアリエイラは、通常よりかなり少なめに取り分けていた。たいして動いてもいないし、体がまだ本調子でない自覚もあって、ちゃんと食べきれる量を取ったつもりだったのだ。
 なのに、彼の顔を前にしていると、腹の中が熱くなってきて、胸が一杯になり、食欲が失せてくる。残すのだけは、あまりにみっともない。残りは味もわからぬままに、もそもそと胃袋に詰め込んだ。
 次からは、毒が盛られてもいいから一人で食べたいと、アリエイラは切に願った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...