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閑話 ルティンの恋
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翌朝、起こしに来たルティンに新しい服を渡され、それに着替えて、また彼と食事を共にした。朝は太陽の位置が低い。そのおかげで、東向きの食堂には光が満ちあふれていた。もちろん、彼の顔も昨夜よりはっきりと見え、アリエイラは更に注意を払って少なめに取り分けた。
今更体力をつける必要もない。アリエイラの命はとうに終わっていたはずで、今は最後の責任を果たすために、時期を待っているにすぎない。それまで見苦しくない程度に命を長らえさせれば、それでいいのだから。
『もういいのですか』
『ああ。じゅうぶんだ。馳走になった』
彼もフォークを置き、口を拭った。それだけの仕草なのに、目を惹きつける。昨日も感じたが、彼の動きは非常に洗練されていて美しい。彼をより美しく見せるそれは、一朝一夕に身に着くものではないはずだ。
一見優男風だが、常に隙が無く、腰の剣も飾りではないようだ。つまり、上流階級の育ちなのだろう。彼ほどの外見でこれだけの教養を身につけていると、祖国エーランディアならば上級奴隷である可能性もあるが、ウィシュタリアに奴隷制度はないと聞いている。
それに、彼の雰囲気は柔らかい。こんな胡散臭い相手にでも、ずいぶんと丁寧だ。ウィシュタリアが捕虜に寛大だというのを差し引いても、恐らく良い家柄の生まれなのだと思われた。きっと、人間として真っ当な人物に、真っ当に育てられたのだろう。
『では、腹ごなしに庭に出てみませんか。この家は庭からの眺めを楽しむために建てられたのです。絶景ですよ。どうですか?』
建物というより小屋といっていい簡素な造りだが、こちらでは貴族の別荘はこんなものなのだろうか。そんな目的のためだけに建てられるとすれば、庶民の家ではありえないだろう。
よくわからなくて、アリエイラは内心首を傾げた。エーランディアの貴族階級の邸宅は、多くの奴隷を使うために、とても広い。主一家だけでなく、奴隷たちの暮らすスペースも必要だからだ。それは別荘であっても変わらなかった。
アリエイラは途方に暮れた気分になった。自分の常識の通用しない場所にいるのだと、急に思い知らされたのだった。
戦場から時々本国に呼び戻され、聖王宮に伺候する時もそんな感じだったが、これはその比ではなかった。まるで別世界だ。
アリエイラは、戦場の向こうに、こんな世界があるとは思っていなかった。無意識に、世界には戦場しかないと思っていた。
――ああ、違う。
彼女は思い当たって自嘲に似た思いにとらわれた。自分のこれまでの認識は正しかった。なぜなら『ウルティア』が赴くことによって、どんな土地も必ずそこは戦場となったのだから。アリエイラには戦場しか見出だせるわけがなかったのだ。
なんてことだろう。アリエイラが憎み恨み蔑んで滅ぼしたいと願っていた世界は、世界のほんの一部でしかなかったのだ。それも、アリエイラがウルティアとして歪め貶めた姿でしかなかった。
胸が苦しくなった。世界は本当は穏やかで美しいのかもしれなかった。目の前の、彼のように。
彼が席を立ってやってきた。昨日と同じように、傍に片膝をついて顔を下から覗き込んでくる。その表情は気遣いにあふれていた。
『どこか具合の悪いところでも?』
『いや』
アリエイラもその瞳を覗き返しながら答えた。彼の瞳の色は茶色だった。特筆するほど美しい色ではなかい。けれど、優しい心に染み入るような色だった。だからか、胸が騒ぐこともなく、すんなりと言葉が出てきた。
『私も、外を見たいと思ったところだ』
彼は、アリエイラの表情を見定めるように注視すると、安心したように破顔した。
それにつられて無表情な彼女が、ほんの少し口元を弛めたことを、ルティン以外は誰も、本人さえ気付かなかったのだった。
今更体力をつける必要もない。アリエイラの命はとうに終わっていたはずで、今は最後の責任を果たすために、時期を待っているにすぎない。それまで見苦しくない程度に命を長らえさせれば、それでいいのだから。
『もういいのですか』
『ああ。じゅうぶんだ。馳走になった』
彼もフォークを置き、口を拭った。それだけの仕草なのに、目を惹きつける。昨日も感じたが、彼の動きは非常に洗練されていて美しい。彼をより美しく見せるそれは、一朝一夕に身に着くものではないはずだ。
一見優男風だが、常に隙が無く、腰の剣も飾りではないようだ。つまり、上流階級の育ちなのだろう。彼ほどの外見でこれだけの教養を身につけていると、祖国エーランディアならば上級奴隷である可能性もあるが、ウィシュタリアに奴隷制度はないと聞いている。
それに、彼の雰囲気は柔らかい。こんな胡散臭い相手にでも、ずいぶんと丁寧だ。ウィシュタリアが捕虜に寛大だというのを差し引いても、恐らく良い家柄の生まれなのだと思われた。きっと、人間として真っ当な人物に、真っ当に育てられたのだろう。
『では、腹ごなしに庭に出てみませんか。この家は庭からの眺めを楽しむために建てられたのです。絶景ですよ。どうですか?』
建物というより小屋といっていい簡素な造りだが、こちらでは貴族の別荘はこんなものなのだろうか。そんな目的のためだけに建てられるとすれば、庶民の家ではありえないだろう。
よくわからなくて、アリエイラは内心首を傾げた。エーランディアの貴族階級の邸宅は、多くの奴隷を使うために、とても広い。主一家だけでなく、奴隷たちの暮らすスペースも必要だからだ。それは別荘であっても変わらなかった。
アリエイラは途方に暮れた気分になった。自分の常識の通用しない場所にいるのだと、急に思い知らされたのだった。
戦場から時々本国に呼び戻され、聖王宮に伺候する時もそんな感じだったが、これはその比ではなかった。まるで別世界だ。
アリエイラは、戦場の向こうに、こんな世界があるとは思っていなかった。無意識に、世界には戦場しかないと思っていた。
――ああ、違う。
彼女は思い当たって自嘲に似た思いにとらわれた。自分のこれまでの認識は正しかった。なぜなら『ウルティア』が赴くことによって、どんな土地も必ずそこは戦場となったのだから。アリエイラには戦場しか見出だせるわけがなかったのだ。
なんてことだろう。アリエイラが憎み恨み蔑んで滅ぼしたいと願っていた世界は、世界のほんの一部でしかなかったのだ。それも、アリエイラがウルティアとして歪め貶めた姿でしかなかった。
胸が苦しくなった。世界は本当は穏やかで美しいのかもしれなかった。目の前の、彼のように。
彼が席を立ってやってきた。昨日と同じように、傍に片膝をついて顔を下から覗き込んでくる。その表情は気遣いにあふれていた。
『どこか具合の悪いところでも?』
『いや』
アリエイラもその瞳を覗き返しながら答えた。彼の瞳の色は茶色だった。特筆するほど美しい色ではなかい。けれど、優しい心に染み入るような色だった。だからか、胸が騒ぐこともなく、すんなりと言葉が出てきた。
『私も、外を見たいと思ったところだ』
彼は、アリエイラの表情を見定めるように注視すると、安心したように破顔した。
それにつられて無表情な彼女が、ほんの少し口元を弛めたことを、ルティン以外は誰も、本人さえ気付かなかったのだった。
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