暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
254 / 272
閑話 ルティンの恋

11-1

しおりを挟む
 ルティンはハイデッカーと並んで廊下に待機していた。扉は開け放してある。中の会話は筒抜けだった。
 目を瞑って苛々をやり過ごそうとするが、あまりうまくいっていなかった。例によってアリエイラは捨て身の会話を披露している。どうして彼女はあそこまで偽悪的で自傷的なのか。ルティンは中に入っていって、彼女の口を塞ぎたくてたまらなかった。

 王は彼女を試すような会話を繰り広げていた。彼女がウィシュタリア語がわからないのをいいことに、途中でディー・エフィルナン筆頭補佐官に、「この女をどう思う?」などと聞く始末だった。

「まさにソラン様ごのみのお方ですねえ。ヘタをすると、出産祝いの品に主役の座を取られますよ」

 補佐官も補佐官だ。王の機嫌が急降下するようなことを、面白がって言上する。

 王は到着して開口一番、彼女を妃の出産祝いにする、と言明した。きっと大喜びするだろう、と楽しげに笑っていた。同時に、妃があれほど欲しがった人物だ、彼女はきっと、これからの局面に必要な人材となるだろう、とも言った。
 姉は、ウィシュタリアの王妃は、危難に必ず運を招きよせる。我らはそれを不用意に逃してはならない。王はそれを誰よりもよく知っていた。そして、いつでも正確に捕まえる。それは、如何様にも意味の取れる不確かな神託から、正しい意味をすくい出す神官の所業に似ていた。今回のことも、それで王自らが出向いてきたのだろう。
 王と姉の間には、余人には入り込むことのできない絆がある。どんなに忌々しくても、ルティンもそれを認めないわけにはいかなかった。

 彼女を保護すると決まれば、あとはどこで彼女の身を預かるか、ということが問題だった。
 たったそれだけのことだ。彼女は責任感の強い人だ。それが必要とあらば、理由を説明するだけで受け入れたはずだ。なのに、王は彼女に危機感を覚えて、ねちねちといたぶって、姉の庇護下に入らないという言質を取った。

 これ以上、姉のまわりにうるさい女が増えるのに我慢ならないのだろう。「王妃の花園」と呼ばれる姉が庇護する女性たちは、姉を守る強固な砦であったが、男にとっては敵にまわすと最も厄介な代物になる存在でもあった。
 男として、それは理解できた。しかし、だからと言って彼女を脅していい理由にはならない。ルティンははらわたが煮えくり返るような怒りを感じていた。

「心配するな。動けないように、しっかり縛めてきたから」

 何を思ったのか、ハイデッカーがこっそり耳元で囁いてきた。のみならず、

「がんばれよ」

 と、心のこもった激励までしてくる。ルティンはあまりの気持ち悪さに、八つ当たり込みで拳で軽く殴るようにして奴の顔を遠ざけた。
 本気で、余計なお世話だった。ほぼ公開求婚なのも気に入らないのに、それを一部始終こいつに見聞きされるのが、一番癪に障る。ここで絞めていったん落としておくべきか。ルティンは殺気を隠しもせず、殴られた頬をさすっているハイデッカーを見遣った。

 そこに折り悪く、入れ、との声が聞こえた。

「王と補佐官が出たら、扉は閉めろ」

 小声で指示する。奴は目をそらして無視する体勢に入ろうとして、失敗して小さく噴き出し、わかった、と答えた。
 ――ああ、くそ。面白くない。

 ルティンは苛立ちを隠して、無表情に室内に入った。入ったら入ったで、王がやたら親しげに近付いてきて、ぽん、と肩に手をのせてきた。
 ルティンは絶対に王と目を合わせなかった。気配でわかる。からかう気満々だ。目が合ったら最後、自国の王だということを忘れて、殴り飛ばしてしまいそうだった。

「ここまでお膳立てしてやったんだ。必ず落とせよ」

 ルティンは本気で殺意を覚えたが、反応を示してやるのは癪だった。

「畏まりました」

 必要以上に礼儀正しく答えることによって、完璧に王の意図を黙殺する。
 それにもかかわらず業腹なことに、王は笑いを堪えながら、もう一度彼の肩を叩いて、補佐官を引き連れて部屋を出て行ったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...