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閑話集 四季折々
晩秋の初恋(史上最強の××)2
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エルドシーラ・オルタスは、新米のフランシス・カルデラーラの勤務態度を、どう取ればよいのか思案していた。
ちょっと様子がおかしいようだから、面倒見てやってくれ、と隊長に言われて、急遽勝手に非番が返上され、外回り業務が捩じ込まれたのだった。
副隊長になってから、そんなのが多い。役が上がって、後見人である王妃は非常に喜んでくださっていたが、どうやらこの肩書きは、雑用処理の別名でもあるようだった。
フランシスは剣の腕の立つ、気持ちのいい青年だ。これまでの勤務も問題はなく、今は……、今は、たぶん、非常に熱心である。
新兵である彼には、まず、王の私的生活の場である奥宮の外回りの哨戒を命じてあったが、それはもう執拗なほどに木々の間を上に下に見透かして、一時もじっとせず、警戒にあたっているのである。
でもそれは、警戒しているというより、明らかに何か別の目的があってそうしているとしか思えず、気構えの点で問題があるように見受けられた。
だいたい、背後ががらあきだ。
こんな調子では、いざまさかの時、まっとうに交戦できるかも怪しい。まして、フランシスは実戦を経験していない。敵の出現に驚いているうちに殺されてしまうだろう姿が、容易に想像できた。
「フランシス、何を探している」
とりあえず、そんな風に声をかけた。
びくりと体を強張らせ、大きな体が振り返る。
「は。不審な人物はいないかと」
「それでおまえ、その不審者が見つかったとして、すぐに対応できるのか。そんな浮ついた腰がまえで、剣にしろ短剣にしろ、抜けるとは思えないが」
「は、はい! 申し訳ありません!」
フランシスは直立不動となった。瞬時に気持ちを切り替え、反省できるのならば、まだ見込みはあると思われた。
「わかればいい。それで、本当は何を探していた?」
エルドシーラは表情を弛めて、ん? と少し首を傾け、言ってみろ、とまなざしでうながした。後輩の悩みを聞きだし、相談にのってやるのも先輩の役目である。
「何か力になってやれるかもしれないし、絶対に悪いようにはしない」
フランシスの目がうろうろとした。なんとなくそわそわとし、しかも気味が悪いくらい徐々に顔が赤くなっていく。
とうとう大きな体でもじもじしだした時には、エルドシーラも承知していた。これはあれか。恋煩いか。
「で、どんな女性なんだ?」
「な、なんでそれを」
ますます挙動不審気味に聞き返してくるが、これでわからない方がおかしい。
だが、だったらなんとかなりそうだ、とエルドシーラは安堵した。
『王妃の花園』には伝手がある。彼女たちは王宮内の女性は完全に掌握しているから、問い合わせれば探してきてくれるだろう。
そして、どこの誰でどこへ行けば会えるのかわかれば、彼も少しは落ち着くに違いない。少なくとも哨戒中は。
その次のことは、別の誰かが指南してやった方がうまくいくに違いない。なぜなら、エルドシーラも、まだこれといった女性を口説いたことはないからだった。
何人かの隊員、あるいは伝手を思い浮かべ、彼は一人何度か頷いた。
「名前はわからないのか? だったら姿形や特徴を教えてもらえれば、探してきてやるぞ」
「いえ、名前は伺いました」
「そうなのか。じゃあ、もっと簡単だ。もしかしたら、すぐにでも会わせてやれるかもしれない。で、誰なんだ?」
「あのー、その、マリー・イェルク殿、と」
彼女の名前を口にする時、確かに熱っぽい目をして、フランシスは信じられない名前を吐き出した。
「は?」
って、よりによって、あのマリー殿か!? いや、それにしたって、なんでこの馬鹿は気付かないんだ!?
という叫びは、呑み込んだ。彼女はある意味、非常に有名な人物だった。この国で、彼女を知らないのは、恐らく二歳以下の子供だけだろう。
ああ、いや、でも、イェルクと名乗ったのか。うわー、あの方たち、また喧嘩中なんだ……。
エルドシーラは、思わず知らず、額に手をやって、意味もなく掻いた。
夫婦喧嘩の度に彼女が旧姓を名乗るのは、もう城内では誰も指摘しないほど有名な話だ。でも、新米が知らなくても無理はない。
最早いきなり失恋の憂き目にあっていることを、いかにして教えようかと、エルドシーラは柄にもなく気を遣って、あー、とか、うー、とか時間稼ぎのように唸った。
と。少し離れた所で、女性の叫び声がした。
どうやら争っているようだ。いや、だの、やめて、だの、放して、だのと甲高い調子で言うのが聞こえてくる。それに、低くて聞き取れないが、男の声も。
先に動いたのはフランシスだった。一瞬で険しい表情になると、一直線にそちらへ向かって走っていく。木立があろうが草花があろうが関係ない。しゃにむに掻き分けて前進していく。
「フランシス!」
聞き覚えのある声の方へ彼を行かせていいものかどうか悩みながら、エルドシーラも遅ればせながら彼の後を追ったのだった。
ちょっと様子がおかしいようだから、面倒見てやってくれ、と隊長に言われて、急遽勝手に非番が返上され、外回り業務が捩じ込まれたのだった。
副隊長になってから、そんなのが多い。役が上がって、後見人である王妃は非常に喜んでくださっていたが、どうやらこの肩書きは、雑用処理の別名でもあるようだった。
フランシスは剣の腕の立つ、気持ちのいい青年だ。これまでの勤務も問題はなく、今は……、今は、たぶん、非常に熱心である。
新兵である彼には、まず、王の私的生活の場である奥宮の外回りの哨戒を命じてあったが、それはもう執拗なほどに木々の間を上に下に見透かして、一時もじっとせず、警戒にあたっているのである。
でもそれは、警戒しているというより、明らかに何か別の目的があってそうしているとしか思えず、気構えの点で問題があるように見受けられた。
だいたい、背後ががらあきだ。
こんな調子では、いざまさかの時、まっとうに交戦できるかも怪しい。まして、フランシスは実戦を経験していない。敵の出現に驚いているうちに殺されてしまうだろう姿が、容易に想像できた。
「フランシス、何を探している」
とりあえず、そんな風に声をかけた。
びくりと体を強張らせ、大きな体が振り返る。
「は。不審な人物はいないかと」
「それでおまえ、その不審者が見つかったとして、すぐに対応できるのか。そんな浮ついた腰がまえで、剣にしろ短剣にしろ、抜けるとは思えないが」
「は、はい! 申し訳ありません!」
フランシスは直立不動となった。瞬時に気持ちを切り替え、反省できるのならば、まだ見込みはあると思われた。
「わかればいい。それで、本当は何を探していた?」
エルドシーラは表情を弛めて、ん? と少し首を傾け、言ってみろ、とまなざしでうながした。後輩の悩みを聞きだし、相談にのってやるのも先輩の役目である。
「何か力になってやれるかもしれないし、絶対に悪いようにはしない」
フランシスの目がうろうろとした。なんとなくそわそわとし、しかも気味が悪いくらい徐々に顔が赤くなっていく。
とうとう大きな体でもじもじしだした時には、エルドシーラも承知していた。これはあれか。恋煩いか。
「で、どんな女性なんだ?」
「な、なんでそれを」
ますます挙動不審気味に聞き返してくるが、これでわからない方がおかしい。
だが、だったらなんとかなりそうだ、とエルドシーラは安堵した。
『王妃の花園』には伝手がある。彼女たちは王宮内の女性は完全に掌握しているから、問い合わせれば探してきてくれるだろう。
そして、どこの誰でどこへ行けば会えるのかわかれば、彼も少しは落ち着くに違いない。少なくとも哨戒中は。
その次のことは、別の誰かが指南してやった方がうまくいくに違いない。なぜなら、エルドシーラも、まだこれといった女性を口説いたことはないからだった。
何人かの隊員、あるいは伝手を思い浮かべ、彼は一人何度か頷いた。
「名前はわからないのか? だったら姿形や特徴を教えてもらえれば、探してきてやるぞ」
「いえ、名前は伺いました」
「そうなのか。じゃあ、もっと簡単だ。もしかしたら、すぐにでも会わせてやれるかもしれない。で、誰なんだ?」
「あのー、その、マリー・イェルク殿、と」
彼女の名前を口にする時、確かに熱っぽい目をして、フランシスは信じられない名前を吐き出した。
「は?」
って、よりによって、あのマリー殿か!? いや、それにしたって、なんでこの馬鹿は気付かないんだ!?
という叫びは、呑み込んだ。彼女はある意味、非常に有名な人物だった。この国で、彼女を知らないのは、恐らく二歳以下の子供だけだろう。
ああ、いや、でも、イェルクと名乗ったのか。うわー、あの方たち、また喧嘩中なんだ……。
エルドシーラは、思わず知らず、額に手をやって、意味もなく掻いた。
夫婦喧嘩の度に彼女が旧姓を名乗るのは、もう城内では誰も指摘しないほど有名な話だ。でも、新米が知らなくても無理はない。
最早いきなり失恋の憂き目にあっていることを、いかにして教えようかと、エルドシーラは柄にもなく気を遣って、あー、とか、うー、とか時間稼ぎのように唸った。
と。少し離れた所で、女性の叫び声がした。
どうやら争っているようだ。いや、だの、やめて、だの、放して、だのと甲高い調子で言うのが聞こえてくる。それに、低くて聞き取れないが、男の声も。
先に動いたのはフランシスだった。一瞬で険しい表情になると、一直線にそちらへ向かって走っていく。木立があろうが草花があろうが関係ない。しゃにむに掻き分けて前進していく。
「フランシス!」
聞き覚えのある声の方へ彼を行かせていいものかどうか悩みながら、エルドシーラも遅ればせながら彼の後を追ったのだった。
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