私の可愛い義弟が求婚者になった話

伊簑木サイ

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どんな女性が好みなの?

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 エスコートの男性と優雅に踊り、くるくるとまわるデビュタントたちを眺める。
 ああ、若いわ、なんて思う自分に、うんざりした。
 溌剌と希望に満ちた微笑みを浮かべている。……私だって、二年前は希望に満ちあふれていたのだ。
 踊りの輪の中には、美しい娘も、可愛らしい娘も、妖艶な娘もいた。

「ユースタス。あなたはどんな女性が好みなの?」

 気付けば、そんなことを口にしていた。口にしてから、はっとした。そうよ! 私が義弟好みの女性とお近付きになればいいんじゃないかしら!
 ユースタスを手放さない(ように見える)嫁ぎ遅れの姉は、結婚を狙うご令嬢方には敵視されているけれど、ひるんでいる場合じゃない。
 私が駄目でも、義弟だけはなんとかしないと。なにしろ跡継ぎなのだから。

「ようやく気にしてもらえるようになりましたか?」
「ええ。今まで気が利かなくてごめんなさい。あなたの好みを教えてちょうだいな」

 義弟がにっこりと笑った。見とれるような笑顔だ。抱かれていた腰を、あらためて抱き寄せられる。そして、結い上げた髪に口づけが落とされた。
 ……そんなことをするから、私は他のご令嬢に敵視されるのよ!

「な、なにをしているのっ。こういう場ではやめてと、」
「こんな金髪で」

 それから、ぐいと腰をまわされて、向き合わされた。強引にされてたたらを踏んで、義弟の胸に手を着く。

「もうっ、ユースタスったら! 危ないではないの!」

 と怒ったのに、義弟の胸に私の手をさらに押しつけるように手を握られ、瞼へと彼の唇が近付いてきて、思わず目をつぶった。

「こんな紫の瞳で」

 ……あら。好みを教えてくれているのかしら?
 それにしても、スキンシップの多さに、溜息が出そう。実のお母様のぬくもりをなくしてさみしい思いをしていたときに知り合ったから、ずうっとこんな感じなのよね。
 小さい頃は、「アンジェリカ大好き」なんて天使のような笑顔で義理の姉にキスしても、誰だって「まあ、可愛い」だったけれど、この歳になると、微笑ましいの範囲におさまらなくなってくる。
 血の繋がった姉弟でだって、こんなに頻繁にしないと思うの。友人が公の場で兄弟とそんなことしているの見たことないし。
 ただ、私達は血が繋がっていないから、こうして変わらない親愛の情を示してくれるのは、とても嬉しい。愛されていると、よくわかるから。

 ふいに、すいっと腰を撫で上げられて、びくっと体がはねた。

「こんな細い腰で」
「ちょ、ちょっと、ユースタス!」

 続けて背中を撫でながらゆっくりとのぼる手に、変なおののきが全身に広がって、息を呑む。よろめきそうになるのを、背に当てられている腕一本にしっかりと支えられ、抱き寄せられた。二人の間で手を握り合ったまま、お互いの胸が触れあう。

「な、なに、なになの、きゃっ」

 問い詰めるはずが、小さな悲鳴をあげてしまった。近くなった顔の横にユースタスが屈んできて、耳に口づけたのだ。

「こんな美しい首で」

 ……どうやら、まだ教えてくれているらしい。
 いつも清廉潔白そうに見える義弟が、女性のそんなところを見て品定めしていたとは思ってもみなかった。
 義弟も男だったのだと、……いいえ、わかってはいたのだけど、いつもあまりに自然に触れてくるから、私が意識するのはおかしいのだと、自分に言い聞かせてきた。
 私達は家族。私達は姉弟。これは家族の親愛の情……。
 だというのに、動けないほどに抱きしめられて、心臓ががばくばくしてしかたない。

「もう、いいわっ、今はっ。また今度、詳しく教えてちょうだい!」
「ご冗談を。……わかっていますよ。他の女性を紹介しようなどと思いついたのでしょう?」

 耳に口づけられたまま、囁かれる。ぞくぞくとして体がビクビクと震え、私は立っていられなくて、ユースタスに寄りかかった。

「アンジェリカ、大丈夫ですか? 気分が悪いのですね?」

 ふいっと彼の顔が離れていったと思ったら、頭の上からそんな声が降ってきた。同時に、何がどうなったのかわからないうちに、ふわりと体が浮き上がり、横抱きにされる。
 あまりのことに、声が出ない。肩ごと頭もユースタスの胸に押しつけられて、唖然とした顔を周囲の人にさらさないですんだのは幸いだった。

「すみません、気分の悪くなったご婦人がいるので、道をあけていただけますか?」

 側にいた弟のご友人方が先導してくれているらしい。そのうち従僕を見つけたらしく、私達だけ休憩所へと案内された。
 ざわめきが遠ざかっていく。
 やがてどこかの部屋に入った。従僕があちこちに明かりを灯して下がっていく。よく手入れされているのだろう、開くときは軋まなかったドアも、閉められたときには、パタンと音をたてた。
 私の足を抱えている方の手が動き、カチャリと金属音がした。鍵を閉めたようだ。

「ユースタス、下ろしてくれていいわ。もうなんともないから」
「ええ、わかっています」

 頭を押さえていた手をどけてくれ、微笑みかけられる。なのに、彼は部屋をつっきり、天蓋のかかったベッドに、そっと横たえてくれた。
 起き上がろうとしたところを、肩を押さえられる。ベッドの上に乗り上げたユースタスは、私の頭の横に手を着いた。
 大きな体に閉じ込められたみたいになって、落ち着かない気分になる。どいてくれるよう言おうとしたのに、サイドテーブルに置かれたランプに照らしだされた表情がとても真剣で、声が喉の奥に消えていった。
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