しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難

伊簑木サイ

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第1話

ことの始まり2

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「兄さーんっ」

 遠く背後から呼び声が聞こえるとともに、突然なにもない場所で、俺は見えない壁にぶちあたった。
 痛くはない。弟の心遣いだ。ぼよんと弾き返されてたたらを踏む。
 風を使っているのだろう。ありえない歩幅でやってきた双子の弟は、俺の両肩を、むんずと掴んだ。

「あの牛のちち女。あれが好きなの。結婚するの。どうするの」
「あの女呼ばわりしない。国賓だから。な?」
「国王名代って名の見合いだろ! やだやだやだ、絶対反対、あんな女より俺のほうがいいだろう? そうだろう?」

 がくがくとゆさぶられ、やめてくれと弟の肩を叩く。

「あのな、政略結婚は王族の務めだから。それに、俺たち兄弟だから。しかも男同士だから」
「そんなの知ってる。俺たち血がつながってるもんね! 兄さんは俺の兄さんだもんね!」

 がばりと抱きつかれて、俺は疲れた表情になるのを止められなかった。

 前世、あの『場』の中で力に還元してしまった俺たちは、ありがたいことに、人へと転生した。
 アナローズ姫の産んだ双子の王子として。

 自分の子供が自分とか、自分の妻が母親とか、それもかなりアレだったが、最大の問題は弟、前世と同じにルシアンと名付けられた、元『劫火の魔人』だった。

 奴の前世の執着は、成長するほどに兄弟愛が混ざって、今ではかなり鬱陶しいものに成り果てている。
 城内では弟王子の兄好きぶりは周知の事実で、仲良きことはうつくしきかなと、生温く見守られていた。

「兄さん、政略結婚なんてしなくていいよ。俺がぜーんぶ燃やしてやるから。心配しないで。ね?」

 ルシアンの感情に触発されて、ぼぼぼぼ、と不吉な音をたてて、火の玉がまわりに浮かび始める。
 世界の真理に触れた俺らは、魔法陣やら詠唱やらの触媒がなくても、直接魔法を展開できるようになっていた。

「燃やすな、バカ。あの姫は友好国の国王名代だぞ。それを殺して、俺が命をかけて守った国を戦禍にさらしてみろ。おまえなんて、永遠に無視してやる」
「や、やだっ、やんないっ、やんないからっ、無視しないでっ」

 首を絞めんばかりに、ぎうぎうしがみつく弟の背中を、俺は、よしよしと叩いた。

「俺だっておまえを無視したくないよ。だから、頼む。何かする時は、まず俺に相談してくれ」
「うん。わかったよ。ブラッドに相談する」

 俺は溜息まじりの苦笑をこぼした。

「それに、姫の意中のお相手はおまえだ。あることないこと、おまえのいいところを吹き込んでおいたから、庭園をエスコートしてこい」
「えー、やだー」
「い・い・か・ら、し・て・こ・い」

 あくまで目は笑わず、唇の端だけ引き上げて、すごんでみせた。

「いいか、ネニャフル王国の王族として、くれぐれも失礼のないように。それから、『英雄ブラッド』の名も汚すなよ」
「じゃあ、今日は一緒に寝てもいい?」

 俺の頬は一瞬ひきつった。14にもなって、なぜ一緒のベッドで寝なければならない!?
 だが、ここであの姫に猛アタックしてもらって、この弟を落としてもらわない限り、自分のベッド生活が、下手すると一生涯猛烈に寂しいものになる。
 よくよくメリットとデメリットを考えた末、俺は頷いた。

「わかった。今日だけな」
「やった!」

 ルシアンは文字通り飛び上がって喜んだ。

「俺、どうせなら妹に生まれたかったな。姉でもよかったけど」

 恐ろしいことを言う弟を思わず突き放し、俺は弟の体をぐるりと向こうへ向けて、背中を押した。

「俺は弟で満足だよ。さあ、行ってこい!!」

 死んだら、また魂が交じり合って、お互いの記憶を共有するに違いない相手となんぞ、たとえ血がつながってなくても、願い下げだっっっ。

「しかたないなー。約束だからね」

 母似の見目麗しい弟の流し目に、身の危険をいよいよ抱きながら、俺は遠い目をして空を見あげた。
 俺、今生で女性とお付き合いとかできるんだろうか。女なしの人生なんて、冗談じゃない。寂しすぎる。

 元英雄の彼の未来には、思いを馳せるまでもなく、前世以上の困難しか転がっていないのは確実だった。
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