3 / 104
第2話
英雄の称号1
しおりを挟む
夜半、ぎゃあああっ、という断末魔の声に、俺は目を覚ました。目を開ければ、暗闇の中で炎をまとった人影が踊り狂っている。まさに死の舞というやつだ。
一瞬で消し炭にしてやったほうが、やっぱり親切ってもんだろうと溜息をつく。
消し炭では、どこの誰なのか調べることもできません、証拠は残してくださいって言うから、魔法陣の炎の威力を落としたのに、これじゃあ残忍なだけだろう。
怨嗟をまき散らす喚き声と肉の焼ける匂いに我慢ができず、俺は開いた掌を軽く握り、その感覚で踊る侵入者を高温の炎で包んで消し炭にかえた。
ついでに指を弾き、窓の留め金を風で打ち抜き、開いて夜気を入れる。消し炭が吹かれてちらかった。
それを見て思いつき、それらを全部風にのせて外に放りだす。
それだけで何も無くなった。
人一人の存在がまるごと。
俺は背を向け、ごそごそと布団の中にもぐりこみなおした。
面倒くさい。何もかも面倒くさい。
扉が乱暴に叩かれ、兄さん、と呼ぶルシアンの声がしているが、今はあいつに付き合うだけの気力が保てない。
「俺の眠りを邪魔するな」
苛立ちそのままに、囁きを風にのせ、増幅して扉に叩きつけてやると、部屋がしんと静まりかえった。
耳の痛くなるような静寂が落ちてくる。それを求めて得たはずなのに、いざそうなってみると、静かすぎて神経にさわる。
俺はそのまままんじりともせず、白々と夜が明けるのを待つこととなった。
ことの起こりはなんのことはない、国境近くの農村の水利権争いだった。
今年は雨が少なく、俺たち兄弟も、あっちこっちの大穀倉地帯に派遣された。
劫火の魔人の襲撃から王都を守って命を落とした守護魔法使いブラッドの遺児である俺たちは、非常に類稀な能力を持っている。
二人で手をつなげば、魔法陣も詠唱も使わず、無造作な手振りだけで巨大魔法をぶっ放すことができる。
主に、土、水、木系統は弟のルシアンが。
火、風系統は俺が。
今回の場合はそうやって、ルシアンが散々水を撒き散らし、萎えた農作物に活力を注ぎ込んだ。
俺たちが本来の適性と違う系統の魔法を使うのには、ちょっとしたからくりがある。だいたい普通の魔法使いでは、これほどの魔法を行使できない。魔力が枯渇するからだ。これは俺たち兄弟の魂が交じり合ってしまっているからこそできる荒業だった。
ここだけの話だが、俺たちは16年前に死んだ、守護魔法使いと劫火の魔人の生まれ変わりなのだ。
生まれ変わった今も、適性のある属性は、それぞれ前世と変わりなく、ルシアンが火、風で、俺が土、水、木だ。ただ、死んだ時に魂が交じり合ってしまっており、その部分で本来操れなかった属性にも適性があるようになった。つまり、得意ではないが、使えるようになっているのだ。
魔法とは、『理(ことわり)』を『ここ』に現出させる技だ。普通は魔法陣や詠唱で現出させたい『理』を描き出し、魔力を注いで起動させる。
しかし俺たちは、死の際に『世界の理』の中へ魂を放り出されたために、また、魂にかけられている『永久不変』の魔法のために、『理』や自分の前世の記憶、それだけでなく、相手の記憶さえ持ったまま生まれ変わることになった。おかげで今世では、魔法陣も詠唱も必要なく『理』を世界に描きだせるのだ。
俺たちが大穀倉地帯に着いて目にしたのは、一面にひび割れた大地だった。植物は倒れ伏し、あるいは葉が落ちて丸裸だった。
そんなものを回復させるほどの魔力は、さすがに俺たちでもない。そこで、水、木、土に適性のある俺が、『世界』からその系統の魔力をかき集め、それをルシアンに流して行使することにした。
威力は絶大だった。半日もかからずに見渡す限りの農地に水が行き届き、作物は緑をとり戻したのだ。
しかも、それほどの大魔法を行使したら、普通の魔法使いならば昏倒して、下手をすれば廃人になる。
ところが俺たちはぴんしゃんとしていた。当たり前だ。自前の魔力など、ほとんど使わなかったのだから。消費された魔力は、ほぼ、『世界』に偏在しているものだった。
そうして請われるままに、俺たちは日照りの続く国内を行脚し、連日、水の恵を与え続けた。
俺たちの、いや、ルシアンの名声はうなぎのぼりにのぼった。水と緑の守護魔法使いとまで呼ばれるようになった。
俺は嬉しかった。前世、風と火の適性しかなかったルシアンは、流れの魔法使いにだまされるようにして村から連れだされ、盗みや殺人を生業とする連中の中に放りこまれ、劫火の魔人と呼ばれるような生き方しかできなかった。
その間の数々の悲惨な記憶は俺の中にも流れこんでしまっていて、時々、悪夢のように意識の上に浮かびあがってくる。
蔑み、嘲る言葉、容赦のない暴力、死と苦痛、そして、恐怖と忌避に満ちた眼差し。悪意しかないあんな場所にいれば、どんな人間も正気ではいられないだろう。
それをルシアンの中から払拭してやりたかった。あの狂気を塗りつぶす、まっとうな記憶を与えてやりたかった。
なぜなら、俺たちは『永久不変』の魔法陣が魂に刻みついているせいで、この先も記憶を保持し、共有したまま生まれ変わり続けることになるのだから。
ルシアンは人々から賞賛される度に、自分だけの力ではない、むしろ兄の力であると言い、さらに株をあげることになった。なんと兄思いな弟、というわけだ。
違うのに! と地団駄踏む弟を、俺は生温い目で見ていた。それすらも美談に早変わりするこの状況を、楽しんでいた。
一瞬で消し炭にしてやったほうが、やっぱり親切ってもんだろうと溜息をつく。
消し炭では、どこの誰なのか調べることもできません、証拠は残してくださいって言うから、魔法陣の炎の威力を落としたのに、これじゃあ残忍なだけだろう。
怨嗟をまき散らす喚き声と肉の焼ける匂いに我慢ができず、俺は開いた掌を軽く握り、その感覚で踊る侵入者を高温の炎で包んで消し炭にかえた。
ついでに指を弾き、窓の留め金を風で打ち抜き、開いて夜気を入れる。消し炭が吹かれてちらかった。
それを見て思いつき、それらを全部風にのせて外に放りだす。
それだけで何も無くなった。
人一人の存在がまるごと。
俺は背を向け、ごそごそと布団の中にもぐりこみなおした。
面倒くさい。何もかも面倒くさい。
扉が乱暴に叩かれ、兄さん、と呼ぶルシアンの声がしているが、今はあいつに付き合うだけの気力が保てない。
「俺の眠りを邪魔するな」
苛立ちそのままに、囁きを風にのせ、増幅して扉に叩きつけてやると、部屋がしんと静まりかえった。
耳の痛くなるような静寂が落ちてくる。それを求めて得たはずなのに、いざそうなってみると、静かすぎて神経にさわる。
俺はそのまままんじりともせず、白々と夜が明けるのを待つこととなった。
ことの起こりはなんのことはない、国境近くの農村の水利権争いだった。
今年は雨が少なく、俺たち兄弟も、あっちこっちの大穀倉地帯に派遣された。
劫火の魔人の襲撃から王都を守って命を落とした守護魔法使いブラッドの遺児である俺たちは、非常に類稀な能力を持っている。
二人で手をつなげば、魔法陣も詠唱も使わず、無造作な手振りだけで巨大魔法をぶっ放すことができる。
主に、土、水、木系統は弟のルシアンが。
火、風系統は俺が。
今回の場合はそうやって、ルシアンが散々水を撒き散らし、萎えた農作物に活力を注ぎ込んだ。
俺たちが本来の適性と違う系統の魔法を使うのには、ちょっとしたからくりがある。だいたい普通の魔法使いでは、これほどの魔法を行使できない。魔力が枯渇するからだ。これは俺たち兄弟の魂が交じり合ってしまっているからこそできる荒業だった。
ここだけの話だが、俺たちは16年前に死んだ、守護魔法使いと劫火の魔人の生まれ変わりなのだ。
生まれ変わった今も、適性のある属性は、それぞれ前世と変わりなく、ルシアンが火、風で、俺が土、水、木だ。ただ、死んだ時に魂が交じり合ってしまっており、その部分で本来操れなかった属性にも適性があるようになった。つまり、得意ではないが、使えるようになっているのだ。
魔法とは、『理(ことわり)』を『ここ』に現出させる技だ。普通は魔法陣や詠唱で現出させたい『理』を描き出し、魔力を注いで起動させる。
しかし俺たちは、死の際に『世界の理』の中へ魂を放り出されたために、また、魂にかけられている『永久不変』の魔法のために、『理』や自分の前世の記憶、それだけでなく、相手の記憶さえ持ったまま生まれ変わることになった。おかげで今世では、魔法陣も詠唱も必要なく『理』を世界に描きだせるのだ。
俺たちが大穀倉地帯に着いて目にしたのは、一面にひび割れた大地だった。植物は倒れ伏し、あるいは葉が落ちて丸裸だった。
そんなものを回復させるほどの魔力は、さすがに俺たちでもない。そこで、水、木、土に適性のある俺が、『世界』からその系統の魔力をかき集め、それをルシアンに流して行使することにした。
威力は絶大だった。半日もかからずに見渡す限りの農地に水が行き届き、作物は緑をとり戻したのだ。
しかも、それほどの大魔法を行使したら、普通の魔法使いならば昏倒して、下手をすれば廃人になる。
ところが俺たちはぴんしゃんとしていた。当たり前だ。自前の魔力など、ほとんど使わなかったのだから。消費された魔力は、ほぼ、『世界』に偏在しているものだった。
そうして請われるままに、俺たちは日照りの続く国内を行脚し、連日、水の恵を与え続けた。
俺たちの、いや、ルシアンの名声はうなぎのぼりにのぼった。水と緑の守護魔法使いとまで呼ばれるようになった。
俺は嬉しかった。前世、風と火の適性しかなかったルシアンは、流れの魔法使いにだまされるようにして村から連れだされ、盗みや殺人を生業とする連中の中に放りこまれ、劫火の魔人と呼ばれるような生き方しかできなかった。
その間の数々の悲惨な記憶は俺の中にも流れこんでしまっていて、時々、悪夢のように意識の上に浮かびあがってくる。
蔑み、嘲る言葉、容赦のない暴力、死と苦痛、そして、恐怖と忌避に満ちた眼差し。悪意しかないあんな場所にいれば、どんな人間も正気ではいられないだろう。
それをルシアンの中から払拭してやりたかった。あの狂気を塗りつぶす、まっとうな記憶を与えてやりたかった。
なぜなら、俺たちは『永久不変』の魔法陣が魂に刻みついているせいで、この先も記憶を保持し、共有したまま生まれ変わり続けることになるのだから。
ルシアンは人々から賞賛される度に、自分だけの力ではない、むしろ兄の力であると言い、さらに株をあげることになった。なんと兄思いな弟、というわけだ。
違うのに! と地団駄踏む弟を、俺は生温い目で見ていた。それすらも美談に早変わりするこの状況を、楽しんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる