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第4話
初恋の終わり3
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姫君を手に入れた男のお伽噺は、いつでも最後をこうしめくくる。
『そうして二人はいつまでも幸せに暮らしました。』
そんなのは、夢物語だと身をもって知った。
現実は、そこからが始まりだったのだ。
俺は自分自身で夢を実行できないと悟ると、次の手を考えることにした。
故郷を守るには、どうしたらいい。腕力だけでは足りなかった。魔法だけでも足りなかった。ならば、残るは学だろうか、と。
村の若者を呼んで、王都で学ばせよう。そうして知識と知恵をつけた奴らが、きっと今度こそ良い考えを思いついてくれるに違いない。
そう思って、俺はその準備を進めていた。
でも、それをアナローズ姫に話したことはなかったのだ。殿上人の彼女に、そんな下々のことを話してもしかたないと思っていた。
彼女はいつでもきらびやかで、優雅で、憂いのない、物語に描かれるお姫様そのものだったから。
俺はそれまで、自分の出自を恥じたことはなかった。俺を育んでくれた故郷は俺の誇りだった。それは、生まれ変わった今でも変わらない。
けれど、彼女と生活を共にするほどに浮き上がる自分のあか抜けなさに、いたたまれない思いをするのはしょっちゅうだった。
一緒にいても、気の利いたこと一つ言えなかった。マキシミンみたいな才能があればと、どれほど思ったことか。
何を言えばいいのか、どうしていればいいのかわからず、気まずい思いをするのが嫌で、だんだんと用事をつくって彼女とすごす時間を減らした。
そうでもなければ、ほんのりと微笑まれるだけで、俺は彼女に欲情せずにはいられなかったのだ。ひたりと寄り添われれば、毎回必ず押し倒してしまう。ろくに話もせずに貪るだけって、どれだけ酷い男なんだって自分でも思った。
彼女がつまらない女だったんじゃない。俺が彼女に見合うだけの男ではなかった。
彼女との生活は、常にそれを思い知らされるものになっていった。
「ご両親様方は政略結婚と言われておりますが、実はそれも違うのでございます」
イソレットがそう言うと、マキシミンは、こら、それは、と彼女をさえぎった。彼女はそれを一睨みで黙らせると、少々すわった目で俺を見た。
「恐れながら、私はお父上ブラッド様の許婚でございました」
いや、それは言いすぎだろう。俺は内心突っ込んだ。
迎えにいくとは言ったが、……言ったな、うん。
俺はある可能性に気づき、前世のこととはいえ、嫌な焦りを感じた。
男にとっては慣用句みたいな別れの言葉だったが、もしかして、女にとっては一足飛びに許婚までいってしまうものなのか。
じわりと冷や汗が湧きでてくるのを感じ、俺は完全におよび腰になった。
野郎どもと拳で戦うのは怖くない。劫火の魔人と呼ばれたルシアンと戦いの末に還元されてしまった時でさえ、むしろ楽しいくらいだった。
だけど女は殴るわけにはいかないし、口では絶対勝てないし、なんだかわからない理屈で怒りだすし、しかもいつまでもねちねちといたぶられるし、苦手だ。
はっきり言って、俺はこの世で女が一番怖い。
「私の村の出来事を詳細に綴ったお手紙に、お父上も初めは熱心にお返事をくださったものでした。お手紙の内容はいつでもお忙しそうで、大変そうで、だんだんと短く、間遠になっていくのは仕方のないものと思っておりました。ですけど、お手紙が王都の絵葉書の裏に走り書きのようなメッセージだけのものになってしばらくして、村におかしな女性が来たのです」
おかしな女性。
それは誰かと問えとイソレットの目は要求していたが、俺は生唾を飲み込むので精一杯だった。
俺の怯えを感じ取ったのだろう。彼女は、ふん、と鼻息荒く息をついた。
「村人と同じ格好をしていらっしゃいましたが、それがぜんぜん板についていないのです。だいたい、肌は日に焼けたこともなくて真っ白、すべすべのもちもち。指にはささくれの一つもなく、爪だって形良くぴかぴかに磨きあげられていましたから。そんな庶民の娘がいるかって話でございます。そんな怪しい方が、私のところに来て、いきなり勝負しろと仰るんです。わたくしはブラッド様が欲しい、だから彼を賭けて勝負です、と。しかも、失礼なことに、人の顔見て、美貌と教養ではわたくしの勝ちですから、それ以外にいたしましょう、と仰ったんです! だから私も負けずに言ってやったんです。家事と農作業では勝負になりそうにもありませんから、では、ブラッドにちなんで拳でいかがでしょうって。お父上は拳馬鹿でいらっしゃいましたから。あら、失礼を申し上げました」
ぜんぜん失礼ではなさそうに、彼女は最後に付け加えた。
俺の心臓は最早ばくばくだった。今頃明かされた真実に、眩暈がしてくる。
拳って、拳か。つまり、喧嘩か。
イソレットは、ふふん、と笑った。なんだか上から目線だった。
「取っ組み合いで喧嘩しましたとも。ひっぱたいてひっかいて蹴っとばして髪の毛引き抜いてやりましたわ。もちろん私も同じにされましたが。叫んで怒鳴って喚いて泣いて、それで私が負けました。あの方、絶対に諦めないんですもの。最後は根負けしたんです」
うあああああ。
俺は自分の心臓の上に掌をあてた。怖い想像に心臓が止まりそうだった。
なんでそんなことする必要があったんだ。
てか、俺、イソレットのことをあの人に申し上げたことなかったぞ。俺の夢のこともそうだが、何で全部知ってたんだ。
混乱する俺に、目の前のイソレットは俺の心の中を読んだかのごとく、言い放った。
「女の勘は鋭いものですから」
ひいいいい。
俺はとうとうよろめいて、一歩後ろへと下がってしまったのだった。
『そうして二人はいつまでも幸せに暮らしました。』
そんなのは、夢物語だと身をもって知った。
現実は、そこからが始まりだったのだ。
俺は自分自身で夢を実行できないと悟ると、次の手を考えることにした。
故郷を守るには、どうしたらいい。腕力だけでは足りなかった。魔法だけでも足りなかった。ならば、残るは学だろうか、と。
村の若者を呼んで、王都で学ばせよう。そうして知識と知恵をつけた奴らが、きっと今度こそ良い考えを思いついてくれるに違いない。
そう思って、俺はその準備を進めていた。
でも、それをアナローズ姫に話したことはなかったのだ。殿上人の彼女に、そんな下々のことを話してもしかたないと思っていた。
彼女はいつでもきらびやかで、優雅で、憂いのない、物語に描かれるお姫様そのものだったから。
俺はそれまで、自分の出自を恥じたことはなかった。俺を育んでくれた故郷は俺の誇りだった。それは、生まれ変わった今でも変わらない。
けれど、彼女と生活を共にするほどに浮き上がる自分のあか抜けなさに、いたたまれない思いをするのはしょっちゅうだった。
一緒にいても、気の利いたこと一つ言えなかった。マキシミンみたいな才能があればと、どれほど思ったことか。
何を言えばいいのか、どうしていればいいのかわからず、気まずい思いをするのが嫌で、だんだんと用事をつくって彼女とすごす時間を減らした。
そうでもなければ、ほんのりと微笑まれるだけで、俺は彼女に欲情せずにはいられなかったのだ。ひたりと寄り添われれば、毎回必ず押し倒してしまう。ろくに話もせずに貪るだけって、どれだけ酷い男なんだって自分でも思った。
彼女がつまらない女だったんじゃない。俺が彼女に見合うだけの男ではなかった。
彼女との生活は、常にそれを思い知らされるものになっていった。
「ご両親様方は政略結婚と言われておりますが、実はそれも違うのでございます」
イソレットがそう言うと、マキシミンは、こら、それは、と彼女をさえぎった。彼女はそれを一睨みで黙らせると、少々すわった目で俺を見た。
「恐れながら、私はお父上ブラッド様の許婚でございました」
いや、それは言いすぎだろう。俺は内心突っ込んだ。
迎えにいくとは言ったが、……言ったな、うん。
俺はある可能性に気づき、前世のこととはいえ、嫌な焦りを感じた。
男にとっては慣用句みたいな別れの言葉だったが、もしかして、女にとっては一足飛びに許婚までいってしまうものなのか。
じわりと冷や汗が湧きでてくるのを感じ、俺は完全におよび腰になった。
野郎どもと拳で戦うのは怖くない。劫火の魔人と呼ばれたルシアンと戦いの末に還元されてしまった時でさえ、むしろ楽しいくらいだった。
だけど女は殴るわけにはいかないし、口では絶対勝てないし、なんだかわからない理屈で怒りだすし、しかもいつまでもねちねちといたぶられるし、苦手だ。
はっきり言って、俺はこの世で女が一番怖い。
「私の村の出来事を詳細に綴ったお手紙に、お父上も初めは熱心にお返事をくださったものでした。お手紙の内容はいつでもお忙しそうで、大変そうで、だんだんと短く、間遠になっていくのは仕方のないものと思っておりました。ですけど、お手紙が王都の絵葉書の裏に走り書きのようなメッセージだけのものになってしばらくして、村におかしな女性が来たのです」
おかしな女性。
それは誰かと問えとイソレットの目は要求していたが、俺は生唾を飲み込むので精一杯だった。
俺の怯えを感じ取ったのだろう。彼女は、ふん、と鼻息荒く息をついた。
「村人と同じ格好をしていらっしゃいましたが、それがぜんぜん板についていないのです。だいたい、肌は日に焼けたこともなくて真っ白、すべすべのもちもち。指にはささくれの一つもなく、爪だって形良くぴかぴかに磨きあげられていましたから。そんな庶民の娘がいるかって話でございます。そんな怪しい方が、私のところに来て、いきなり勝負しろと仰るんです。わたくしはブラッド様が欲しい、だから彼を賭けて勝負です、と。しかも、失礼なことに、人の顔見て、美貌と教養ではわたくしの勝ちですから、それ以外にいたしましょう、と仰ったんです! だから私も負けずに言ってやったんです。家事と農作業では勝負になりそうにもありませんから、では、ブラッドにちなんで拳でいかがでしょうって。お父上は拳馬鹿でいらっしゃいましたから。あら、失礼を申し上げました」
ぜんぜん失礼ではなさそうに、彼女は最後に付け加えた。
俺の心臓は最早ばくばくだった。今頃明かされた真実に、眩暈がしてくる。
拳って、拳か。つまり、喧嘩か。
イソレットは、ふふん、と笑った。なんだか上から目線だった。
「取っ組み合いで喧嘩しましたとも。ひっぱたいてひっかいて蹴っとばして髪の毛引き抜いてやりましたわ。もちろん私も同じにされましたが。叫んで怒鳴って喚いて泣いて、それで私が負けました。あの方、絶対に諦めないんですもの。最後は根負けしたんです」
うあああああ。
俺は自分の心臓の上に掌をあてた。怖い想像に心臓が止まりそうだった。
なんでそんなことする必要があったんだ。
てか、俺、イソレットのことをあの人に申し上げたことなかったぞ。俺の夢のこともそうだが、何で全部知ってたんだ。
混乱する俺に、目の前のイソレットは俺の心の中を読んだかのごとく、言い放った。
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俺はとうとうよろめいて、一歩後ろへと下がってしまったのだった。
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