しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難

伊簑木サイ

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第4話

新しい二つ名1

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 意識が浮上する。空気が妙に揺らいでいる気がして、ぼんやりと目を開けると、ルシアンが視界に現れた。
 昨夜は一緒に寝たっけ、と考える。それとも俺が寝坊して、朝食を待たせてしまったか。

「おはよ……」

 欠伸しながら、ベッドの上に起きあがる。滲んできた涙を拭いて顔を上げて、目に入ってきた光景に硬直した。
 ベッドの周囲を、ぐるりと男に囲まれている。良く見れば、全員が魔法使いだ。
 なんだ、これ?

「おはようございます」

 その中で一番存在感のあるジジイ、あ、いや、もとい、先々代の守護魔法使い、現『真理の塔』最高責任者、リュスノー閣下が慇懃に礼をした。微笑を浮かべてはいるが、目は笑っていない。
 俺はその表情に覚えがあって、とっさに逃走経路を探した。これはあれだ、説教&お仕置きコースだ。

 前世で実験場を三度ふっとばした時も、真理の塔を半壊させた時も、こんな顔をしていた。あげくに一人であの保護障壁の魔法陣を作らされたのだ。
 あの時は一月も研究室に閉じ込められて、完成するまで一歩も外へ出してもらえなかった。用足しは簡易トイレで部屋の隅だったし、風呂は許されなくて差し入れのぬるい湯で体を拭うだけだった。何より朝から晩まで一辺十歩の散らかった狭い部屋で研究って、気が狂いそうだった。

「さて、寝惚けているところすみませんが、お名前をうかがってもよろしいかな?」

 な、なまえ?

「ブラッド・アウレリエ?」

 自分で自分の名前を口にして、あ、そういえば俺、今、王子様だっけ、こいつより位が上だったと思い出す。

「なぜ疑問形ですか。ご自分の名前でしょう」
「そっちこそ、人の部屋におしかけておいて、なぜ名前を聞く」

 どうやら逃げ場はなく、ジジイに押されているだけではいかんと思い立ち、身分を笠に反論を試みる。素晴らしきかな身分制度、頑張れ俺、である。

「ほう。御身はブラッド王子だと仰るか」
「そうだが」
「では、十日前のことを覚えていらっしゃるか」

 十日?
 俺は首を傾げてルシアンを見た。ルシアンの目の下には黒々と隈ができ、頬が痩せこけていた。その美貌にいつもの冴えがない。いや、これはこれで何かアヤシイ魅力があるのは確かだったが。

「実は、ブラッド様にそっくりな不審者に、実験場を荒らされましてな。その賊は、なんでも、お父上ブラッド様と同じ詠唱をしていたそうでして」

 なんだか覚えのある話に、背筋がすうっと冷めた。

「賊は、その後、お母上アナローズ様のお屋敷も荒らしまして。騒ぎが収まった後に倒れておられたのが、あなた様でいらっしゃったのだが、何か覚えていらっしゃるか」

 冷や汗と脂汗がダブルで噴出してくる。

「あー。おぼえて、ない?」
「なぜ疑問形ですか」

 さっきと同じ質問をされる。あ。しまった。

「オボエテネーヨ」

 心にもないことを言ったために、俺はつい目をそらして棒読みしてしまった。あああ、さらにしまった!! 不審だ。不審すぎる、俺!!
 前世、子供の頃は嘘のつけない性格を褒められたものだが、大人になって嘘のスキルがないと、いろいろ不便で不利だ。嘘つきは円満解決の道しるべだと思う。

 部屋が不気味な沈黙に満たされた。三十人からの人間がいるのに、俺以外の全員が臨戦態勢で俺に注目しているのだ。

 リュスノーは手こずりそうだが、それ以外は雑魚だ。蹴散らかして逃げてもいいが、そうすると、一生おたずね者になりかねない。ルシアンに、今生もそんな人生おくらせるわけにはいかないもんなあ。
 俺は溜息をついた。あー。今度こそ危険人物指定で監禁コースかもなあ。

 ぐーきゅるるるる、と腹まで鳴りだす。俺は腹を押さえた。
 なんかもう、切ない。
 俺は全然元気が出てこず、しょんぼりとうなだれた。

「さようですか」

 リュスノーがそう言う。
 さようです。どうでもいいから、メシくれ。
 そう言ってやりたかったが、言う相手が見つからず、俺は黙って目をつぶった。判決はどうでもいい。説教なら聞かない。では、空腹の時はどうするか。寝るだけだ。

 前世でこのジジイの説教をやりすごすために身につけた、起きあがったまま眠る技を使う日がまたくるとは思わなかった。

「では、ルシアン様の仰るとおり、ブラッド様は悪霊にとりつかれ、それをルシアン様が追い払ったと、それでよろしいですな」

 俺は目を開けた。このジジイ、何奇想天外なこと言ってやがる。とうとうボケたか、ざまあみろ、と思ったからだった。
 だが、あたりに漂うのはなんとも沈鬱な雰囲気で、俺は首を傾げた。
 ジジイは呆れたような目で俺を見ている。俺はどきりとした。どうもこのジジイには、俺とルシアンのことはバレている気がする。というより、たぶん、バレてて、黙って見守ってくれている。

 俺を魔法使いにするためにそそのかして村から連れ出したジジイに感謝なぞする気はないし、筋合いもない。そっちが知らぬふりをするなら、こっちもあえて明かすつもりはない。できるなら、今生はかかわりあいになりたくないくらいなのだ。
 二度と王国の盾にも剣にも犬にもなりたくない。……立場的に難しい話ではあるのだが。

 ジジイは俺から視線をはずし、ベッド周りの魔法使いたちを見回した。

「ブラッド様は正気に返っていらっしゃるご様子。ルシアン様も引き続き監視してくださる。控えの間の護衛を残して、我々は引きあげるとする」

 そして、再び俺を見る。

「申し訳ございませんが、ブラッド様、また悪霊にとりつかれるといけませんので、一月ほどは外出をお控えください。また、護衛も付けさせていただきます。よろしいですね?」

 よろしいもよろしくないもない、決定事項だろ、それ。
 俺は面倒くさくなって、適当に頷いた。

「好きにしろ」
「ありがとうございます。では、おだいじに。失礼致します」

 ほっとした空気が流れ、魔法使いたちがそそくさと出ていった。最後にジジイの姿が見えなくなって、俺はやっと清々した気分になった。
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