30 / 104
第5話
過去の残滓1
しおりを挟む
王と初めて会ったのは、王都での身元引受人でもあるジジイから、アナローズ姫との婚約を許されたと、内密に知らされた日だった。
姫を手にできる。夢のような話に、俺は浮かれた。文字通り、天にも昇る心地だった。
結果的に、魂を飛ばして、ぼんやりとジジイを見て突っ立っていた俺は、ベシンと頭を叩かれ、我に返った。
「話はまだ終わっていない。妄想は夜、自分のベッドの中でしろ」
「痛ーな」
いつもならくってかかるところだが、俺の中は喜びに満ちあふれており、不快は怒りにまで成長しなかった。
「それで、なんだってんだよ」
横柄に聞き返すと、また手が出てきて、ベシンとやられる。
「口の利き方がなっとらん。婚約を取り消されたくなかったら、まともな言葉遣いをしろ。おまえが恥をかくのは自業自得だが、姫に恥をかかせるな」
俺はぐっと詰まった。相手は一国の姫だ。確かにジジイの言うとおりだった。
「……わかり、ました」
「よろしい。これから陛下が、直接おまえに婚約の許可を伝えにいらっしゃる」
「いらっしゃるって、ここに?」
こぎれいにはしているが、ここは研究資料が山積みになっている研究室だ。王を迎え入れるような場所ではない。
「そうだ。ここに。今すぐ」
「今すぐ?」
信じられない展開に、繰り返して確認をとったが、ジジイの返事は変わらなかった。
「そうだ。さあ、背筋を伸ばせ。言っていいのはただ一言。ありがたき幸せにございます、陛下、だ。言ってみろ」
「あ、ありがたき幸せにごじゃいましゅ、って、口がまわらねえっ!」
「落ち着け。ありがたき幸せにございます、陛下、だ」
ジジイは俺の失敗を笑うことなく、落ち着いた声で繰り返してくれた。おかげで俺は気持ちを落ち着けて真似することができた。
「ありがたき幸せにございます、陛下」
「それでよし。次は、礼をしながらだ。見本を見せる。一度で覚えろ」
そう言ってやってみせてくれたジジイの礼は優雅で毅然とした気品があり、さすが年の功というものだった。
俺はといえば、頭だけ下げるな、折るのは腰から、もっと深く、タイミングが悪いと、一から十まで直された。
途中で、だったらいらねーっ、と叫びたくなるほどだったが、さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。ただし、礼がなんとかできるようになる頃には、王に頭を下げるという行為が、酷く屈辱的に感じるようになっていた。
「どうやら間に合ったようだ」
ジジイは廊下のざわめきに気付いて、扉へと目を向けた。
「さあ、背筋を伸ばせ」
そう注意して、俺の斜め前へと立った。
「おお、我が義弟よ!!」
バターンッと扉が開け放たれたと思ったら、なんとも豪奢で派手な男が両腕を広げて歩みよってきた。服装は華美にして華麗。それが下品でなく、むしろ上品でさえあるのは、男の精悍な美貌のせいだった。
いつも遠くに見ていた国王陛下が、満面の笑顔で俺を抱き締めて、機嫌よく背中を何度も叩いた。
「おまえのような見目良い者が、我が守護魔法使いとなるとは、嬉しいことよの!!」
かと思うと体を離し、肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「その黒髪と揃いで黒がよいかの。それとも白も捨て難いかの。うむ。衣裳係!」
いつのまにか壁際に控えていた男数人が、さささ、とメジャーと紙束を抱えて現れ、よってたかって俺を計りはじめた。
「我が守護魔法使いをひきたてる衣裳を用意せよ。色は黒と白、両方だ!! 最高級の布地も金糸銀糸も使い放題を許す。金に糸目はつけぬ。女という女が目を奪われ、他国の王どもが羨望のまなざしで余を見て悔しがるようないでたちに仕上げよ。よいな!!」
国王が言い終わる頃には計測は終わり、行けとばかりに手を振られたのを合図に男たちは後退りして、部屋の外へと消えていった。
「今からおまえの披露が楽しみぞ。おまえによって、我が名声はさらに高まろうぞ。うむ。期待しているぞ!!」
ぼすぼす。両肩を二回叩き、王は唐突に俺に背を向けると、俺が何を言う暇もなく、部屋から出て行った。
姫を手にできる。夢のような話に、俺は浮かれた。文字通り、天にも昇る心地だった。
結果的に、魂を飛ばして、ぼんやりとジジイを見て突っ立っていた俺は、ベシンと頭を叩かれ、我に返った。
「話はまだ終わっていない。妄想は夜、自分のベッドの中でしろ」
「痛ーな」
いつもならくってかかるところだが、俺の中は喜びに満ちあふれており、不快は怒りにまで成長しなかった。
「それで、なんだってんだよ」
横柄に聞き返すと、また手が出てきて、ベシンとやられる。
「口の利き方がなっとらん。婚約を取り消されたくなかったら、まともな言葉遣いをしろ。おまえが恥をかくのは自業自得だが、姫に恥をかかせるな」
俺はぐっと詰まった。相手は一国の姫だ。確かにジジイの言うとおりだった。
「……わかり、ました」
「よろしい。これから陛下が、直接おまえに婚約の許可を伝えにいらっしゃる」
「いらっしゃるって、ここに?」
こぎれいにはしているが、ここは研究資料が山積みになっている研究室だ。王を迎え入れるような場所ではない。
「そうだ。ここに。今すぐ」
「今すぐ?」
信じられない展開に、繰り返して確認をとったが、ジジイの返事は変わらなかった。
「そうだ。さあ、背筋を伸ばせ。言っていいのはただ一言。ありがたき幸せにございます、陛下、だ。言ってみろ」
「あ、ありがたき幸せにごじゃいましゅ、って、口がまわらねえっ!」
「落ち着け。ありがたき幸せにございます、陛下、だ」
ジジイは俺の失敗を笑うことなく、落ち着いた声で繰り返してくれた。おかげで俺は気持ちを落ち着けて真似することができた。
「ありがたき幸せにございます、陛下」
「それでよし。次は、礼をしながらだ。見本を見せる。一度で覚えろ」
そう言ってやってみせてくれたジジイの礼は優雅で毅然とした気品があり、さすが年の功というものだった。
俺はといえば、頭だけ下げるな、折るのは腰から、もっと深く、タイミングが悪いと、一から十まで直された。
途中で、だったらいらねーっ、と叫びたくなるほどだったが、さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。ただし、礼がなんとかできるようになる頃には、王に頭を下げるという行為が、酷く屈辱的に感じるようになっていた。
「どうやら間に合ったようだ」
ジジイは廊下のざわめきに気付いて、扉へと目を向けた。
「さあ、背筋を伸ばせ」
そう注意して、俺の斜め前へと立った。
「おお、我が義弟よ!!」
バターンッと扉が開け放たれたと思ったら、なんとも豪奢で派手な男が両腕を広げて歩みよってきた。服装は華美にして華麗。それが下品でなく、むしろ上品でさえあるのは、男の精悍な美貌のせいだった。
いつも遠くに見ていた国王陛下が、満面の笑顔で俺を抱き締めて、機嫌よく背中を何度も叩いた。
「おまえのような見目良い者が、我が守護魔法使いとなるとは、嬉しいことよの!!」
かと思うと体を離し、肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「その黒髪と揃いで黒がよいかの。それとも白も捨て難いかの。うむ。衣裳係!」
いつのまにか壁際に控えていた男数人が、さささ、とメジャーと紙束を抱えて現れ、よってたかって俺を計りはじめた。
「我が守護魔法使いをひきたてる衣裳を用意せよ。色は黒と白、両方だ!! 最高級の布地も金糸銀糸も使い放題を許す。金に糸目はつけぬ。女という女が目を奪われ、他国の王どもが羨望のまなざしで余を見て悔しがるようないでたちに仕上げよ。よいな!!」
国王が言い終わる頃には計測は終わり、行けとばかりに手を振られたのを合図に男たちは後退りして、部屋の外へと消えていった。
「今からおまえの披露が楽しみぞ。おまえによって、我が名声はさらに高まろうぞ。うむ。期待しているぞ!!」
ぼすぼす。両肩を二回叩き、王は唐突に俺に背を向けると、俺が何を言う暇もなく、部屋から出て行った。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる