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第5話
弟子と師匠3
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「座りましょうか」
ジジイは部屋の片隅にあるソファを指し示した。俺は頷いて座った。ジジイも斜め向かいに座る。そして膝の上でゆるく指を組むと、口を開いた。
「ブラッド様はあまり心当たりがないかもしれませんが、魔法使いというのは、元来繊細なものです。常人とは違い、魔力に敏感である体や心は、良くも悪くも感受性が鋭く豊かなのです」
俺はジジイの言った内容をよく考えてみたが、同意はできなかった。今生では狭い世界でしか付き合っている人間がおらず、話にならないが、前世では交友関係は広かった。それを振り返ってみても、村でも学院でも塔でも宮廷でも軍でも街でも、嫌な奴もいれば、いい奴もいて、気の合う奴とはつるんだし、そりの合わない奴とは張り合った。それだけのことだった。魔法使いであろうと常人であろうと、そこに特別な差異は感じられなかった。
そんな俺を見て、ジジイは失礼なことに、苦笑した。
「そんなところも、王子はお父上にそっくりでいらっしゃる。ランジエも言っていましたが、良く言えばおおらか、ありていに言えば大雑把、細かいことに惑わされませんが、それに気付くこともない。その存在を知らないのですから、理解のしようもないということですな」
内容的には酷いものだったが、貶されているわけではないようだった。真面目に語るジジイの様子からは、単に事実を述べているだけなのだろうと思われた。
「繊細であるはずの魔法使いの中にも、稀にそういう者がいます。彼らは例外なく、大きな力を動かすことができる、俗に、大魔法使いと呼ばれる者たちです。恐らく、繊細では巨大な魔力に耐えられないからなのでしょう。非常に丈夫な体と精神を持っています。まあ、簡単に言えば、鈍感というやつですな」
あ、とうとう本音を言いやがった。
「馬鹿にしているのか?」
俺は本題の出てこない長話にあきて、怠惰に背もたれに体をあずけた。
「滅相もありません。王子にわかってほしかっただけです。先程のランジエのように、お父上の死に、これだけ経っても、まだ傷ついている者がいることを」
俺は眉をひそめた。それが、なんだというのだろう。俺は責任を果たすために死んだ。だが、死んだ後のことまで、責任などとれない。
「お父上が死んだことを、いまだ嘆き悲しむ者は、お母上を筆頭に何人もいます。かくいう私もそうです。お父上は、私が手塩にかけて育てた後継者でした。彼を思い出さない日はないのです。彼にもう一度会えるものなら、懇々と説教をしてやりたいくらいです。楽しげに死地に赴いていきおって、と。残される者のことを、欠片でも考えたのか、と」
師匠はしばらく目を伏せ、黙り込んだ。それを見守っていた俺は、師匠の膝の上の手が、きつく握り合わされているのを見つけた。その、ささいな仕草に、胸をつかれた。
誰もが、すぐに俺のことなど忘れると思っていた。そりゃあ親しかったんだから、しばらくは嘆くだろう。でも、じきに日常にまぎれて、悲しみなどすみやかに癒えていってしまうに違いないと。
でも、ここにきて、間違っていたのかもしれないと考えざるをえなかった。
妻だった母だけでなく、反目していたランジエも、そしてジジイも、俺の死を惜しんでいるという。それを、まだ痛みとして感じているという。それが、本当ならば。
ジジイは視線を上げ、俺を見つめた。
「どうか、これだけは覚えておいてください。あなたが死ねば、悲しむ者がいます。絆が深ければ深いほど、あなたの死によって負う傷も深くなるのです。それは、一生癒えない傷となって、その者に刻まれます。それを、忘れずにいてほしいのです」
「俺は、簡単に死ぬつもりはない」
前世だってそうだった。それでも、被害をくいとめるには、ああするほかなかった。俺はそれを後悔していない。誰を傷つけるとしても、今、同じ事が起きれば、俺は同じ事をする。そうせずにはいられない。
俺は、どうしても、どうやっても、弟や母を守りたいのだ。
かたくなな俺の態度に、ジジイは表情をくもらせた。
「ブラッド様に何かあれば、ルシアン様は復讐に駆られるでしょう。それは、あなた以外の誰かを得たとしても、変わらないのですよ。あなたの代わりを、他の誰かが務めることはできない。たとえ、リチェル姫と心を交わすようになったとしてもです。お母上のこともそうです。私には、あなたが身の回りの整理をしているようにしか思えません」
そのとおりだった。守護魔法使いは王国の盾だ。いざまさかの時は、己の命を惜しんでいるわけにはいかない。俺は、もしも弟や母をおいていくことになった時のために、彼らに強力な後ろ盾を用意しておいてやりたかった。
でも俺はそれを隠して、ジジイに薄く笑ってみせた。
「思い過ごしだ」
なのにジジイは深い息をつき、ゆるく左右に顔を振った。
「なんだ。何が気に入らない」
「でしたら、進言いたします。現守護魔法使いはジョシュアが名乗っておりますが、実質は彼が筆頭というだけで、八名が事にあたっております。どうか、お一人でというお申し出を取り下げていただきたい。王国の小さかった昔ならいざ知らず、これだけの大国を一人で支え、守るなど、制度自体に無理があるのです。これからは、」
「条件は撤回しない」
俺はジジイをさえぎった。
そうすれば、必ずルシアンも守護魔法使いに任ぜられる。それだけは、させるわけにはいかない。
ジジイは俺をしばらく見つめてから、頷いた。
「わかりました。では、話はここまでとして、塔の他の場所を案内しましょう」
一瞬で深刻さを振り払い、膝の上にあった手を、塔全体を指し示すように腕を上げて大きく開き、明るく申し出てくる。
実りのない会話に拘泥せず、素早く切り替える、そのへんの早さは、さすがだった。
「うん。頼む」
俺もそれに合わせ、うわべの機嫌を取り繕い、同じくにこやかに応じたのだった。
ジジイは部屋の片隅にあるソファを指し示した。俺は頷いて座った。ジジイも斜め向かいに座る。そして膝の上でゆるく指を組むと、口を開いた。
「ブラッド様はあまり心当たりがないかもしれませんが、魔法使いというのは、元来繊細なものです。常人とは違い、魔力に敏感である体や心は、良くも悪くも感受性が鋭く豊かなのです」
俺はジジイの言った内容をよく考えてみたが、同意はできなかった。今生では狭い世界でしか付き合っている人間がおらず、話にならないが、前世では交友関係は広かった。それを振り返ってみても、村でも学院でも塔でも宮廷でも軍でも街でも、嫌な奴もいれば、いい奴もいて、気の合う奴とはつるんだし、そりの合わない奴とは張り合った。それだけのことだった。魔法使いであろうと常人であろうと、そこに特別な差異は感じられなかった。
そんな俺を見て、ジジイは失礼なことに、苦笑した。
「そんなところも、王子はお父上にそっくりでいらっしゃる。ランジエも言っていましたが、良く言えばおおらか、ありていに言えば大雑把、細かいことに惑わされませんが、それに気付くこともない。その存在を知らないのですから、理解のしようもないということですな」
内容的には酷いものだったが、貶されているわけではないようだった。真面目に語るジジイの様子からは、単に事実を述べているだけなのだろうと思われた。
「繊細であるはずの魔法使いの中にも、稀にそういう者がいます。彼らは例外なく、大きな力を動かすことができる、俗に、大魔法使いと呼ばれる者たちです。恐らく、繊細では巨大な魔力に耐えられないからなのでしょう。非常に丈夫な体と精神を持っています。まあ、簡単に言えば、鈍感というやつですな」
あ、とうとう本音を言いやがった。
「馬鹿にしているのか?」
俺は本題の出てこない長話にあきて、怠惰に背もたれに体をあずけた。
「滅相もありません。王子にわかってほしかっただけです。先程のランジエのように、お父上の死に、これだけ経っても、まだ傷ついている者がいることを」
俺は眉をひそめた。それが、なんだというのだろう。俺は責任を果たすために死んだ。だが、死んだ後のことまで、責任などとれない。
「お父上が死んだことを、いまだ嘆き悲しむ者は、お母上を筆頭に何人もいます。かくいう私もそうです。お父上は、私が手塩にかけて育てた後継者でした。彼を思い出さない日はないのです。彼にもう一度会えるものなら、懇々と説教をしてやりたいくらいです。楽しげに死地に赴いていきおって、と。残される者のことを、欠片でも考えたのか、と」
師匠はしばらく目を伏せ、黙り込んだ。それを見守っていた俺は、師匠の膝の上の手が、きつく握り合わされているのを見つけた。その、ささいな仕草に、胸をつかれた。
誰もが、すぐに俺のことなど忘れると思っていた。そりゃあ親しかったんだから、しばらくは嘆くだろう。でも、じきに日常にまぎれて、悲しみなどすみやかに癒えていってしまうに違いないと。
でも、ここにきて、間違っていたのかもしれないと考えざるをえなかった。
妻だった母だけでなく、反目していたランジエも、そしてジジイも、俺の死を惜しんでいるという。それを、まだ痛みとして感じているという。それが、本当ならば。
ジジイは視線を上げ、俺を見つめた。
「どうか、これだけは覚えておいてください。あなたが死ねば、悲しむ者がいます。絆が深ければ深いほど、あなたの死によって負う傷も深くなるのです。それは、一生癒えない傷となって、その者に刻まれます。それを、忘れずにいてほしいのです」
「俺は、簡単に死ぬつもりはない」
前世だってそうだった。それでも、被害をくいとめるには、ああするほかなかった。俺はそれを後悔していない。誰を傷つけるとしても、今、同じ事が起きれば、俺は同じ事をする。そうせずにはいられない。
俺は、どうしても、どうやっても、弟や母を守りたいのだ。
かたくなな俺の態度に、ジジイは表情をくもらせた。
「ブラッド様に何かあれば、ルシアン様は復讐に駆られるでしょう。それは、あなた以外の誰かを得たとしても、変わらないのですよ。あなたの代わりを、他の誰かが務めることはできない。たとえ、リチェル姫と心を交わすようになったとしてもです。お母上のこともそうです。私には、あなたが身の回りの整理をしているようにしか思えません」
そのとおりだった。守護魔法使いは王国の盾だ。いざまさかの時は、己の命を惜しんでいるわけにはいかない。俺は、もしも弟や母をおいていくことになった時のために、彼らに強力な後ろ盾を用意しておいてやりたかった。
でも俺はそれを隠して、ジジイに薄く笑ってみせた。
「思い過ごしだ」
なのにジジイは深い息をつき、ゆるく左右に顔を振った。
「なんだ。何が気に入らない」
「でしたら、進言いたします。現守護魔法使いはジョシュアが名乗っておりますが、実質は彼が筆頭というだけで、八名が事にあたっております。どうか、お一人でというお申し出を取り下げていただきたい。王国の小さかった昔ならいざ知らず、これだけの大国を一人で支え、守るなど、制度自体に無理があるのです。これからは、」
「条件は撤回しない」
俺はジジイをさえぎった。
そうすれば、必ずルシアンも守護魔法使いに任ぜられる。それだけは、させるわけにはいかない。
ジジイは俺をしばらく見つめてから、頷いた。
「わかりました。では、話はここまでとして、塔の他の場所を案内しましょう」
一瞬で深刻さを振り払い、膝の上にあった手を、塔全体を指し示すように腕を上げて大きく開き、明るく申し出てくる。
実りのない会話に拘泥せず、素早く切り替える、そのへんの早さは、さすがだった。
「うん。頼む」
俺もそれに合わせ、うわべの機嫌を取り繕い、同じくにこやかに応じたのだった。
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