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第5話

ないしょの地図2

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 なにはともあれ、夕飯ゆうめしの時間になった。今日の苦行はあともう少しで終わりだ。

 ジジイがロズニスに命じたお仕置きは、魔法陣の作成だった。お仕置きというか、当然の課題なのだが、ロズニスにとっては確かに非常に辛いもののようだった。

 とにかくこの女、地道にこつこつと繰り返しやることが苦手なのだ。でも、それは魔法の基本だ。同じ事を何千回繰り返しても同じ効力を得られるようにする。どんな些細な効力しか得られなくても、確実であることが一番大事だ。二回に一回暴発するようなものでは、恐ろしくて使えないからだ。

 なのにこの女、それができない。探究心は旺盛で、しかも想像力もたくましく、次から次に様々なことを思いついてはやらかすが、ではそれを実用段階にというと、何度も似た実験を繰り返すとか、魔法陣を組み直して書き直すとか、とたんに根気が続かず、居眠りする始末なのだ。

 最高責任者の仕事が忙しいのもあるが、そろそろ年齢を鑑みて引退を考え、弟子をとっていなかったジジイがこの女を弟子にしたのは、恐らく他の人間ではロズニスの暴走を止められないからなのだろう。それほどに才能豊かであるのは間違いない。頭の痛いことに、失敗の規模の大きさから言っても。

 それにしても、ジジイが出かけてまだ一日もたっていないというのに、心底疲れた。一瞬たりとも目が離せないって、這い這いを始めた赤ん坊じゃあるまいし、いったい何なんだ。

「ブラッド様、お食事の準備ー、できましたー」

 相変わらず食事は冷めているようだ。なんだか今日は、セッティングに凝ったらしい。研究室の小汚いテーブルの上に、皿を置く範囲だけ綺麗な布が敷いてあった。それに花まで飾ってある。

「これは?」
「お友達がくれましたー。これで少しでもブラッド様の気持ちが和らぐといいねー、って」
「ふうん。礼を言っておいてくれ」

 別に和らぎはしないが、気持ちだけは受け取っておく。

「はいー。気を遣う必要なんて、ないって言ったんですけどー、私のせいで、絶対苛々がたまってるからってー言うんですよー? そんなことないですよねー、ブラッド様? だって、しょっちゅう怒っているのに、たまりようがないじゃないですかー。ねえ?」

 俺は黙って目をつぶって苛々をやりすごした。この女には、デリカシーもない。俺も前世では妹にさんざんそう言われてきたが、この女ほどじゃないと断言できる。

「みんな、私がいつブラッド様に消滅させられるかって、ハラハラしてるんですよー? 口うるさいけど、お茶は淹れるのがうまいって、ちゃんと私、言ってるんですけどーねー? それ話したら、慌ててこんなもの用意してくれたんですー」

 変ですよねー? と首を傾げている。変なのはおまえだ。

「もういい。席につけ」
「はいー」

 二日目から、朝昼晩と、この女と食事を共にしている。俺に王子という肩書きが付いているせいで少し面倒なことになっているが、本来ならロズニスとは兄弟弟子だ。身分の上下はない。
 俺は立ったままで、ロズニスの皿の上に手をかざした。皿ごとに食事を適温に温めてやる。

「ねー、ブラッド様」
「なんだ」
「今頃リュスノー様も美味しいもの食べてますかねー?」
「さあな」
「絶対食べてるに決まってますー。だって、ルシアン様とリチェル姫についていったんですよー? いい宿に泊まってるに決まってますもん」
「ルシアン?」

 俺は初耳なそれに、ロズニスを注視した。

「あれー? 知らなかったんですかー? ご婚約の挨拶に行くんですってー、アルニムまで」

 俺は嫌な予感に、頭のてっぺんから足の爪先まで、ざっと冷気に包まれた気がした。
 話的には、おかしくはない。俺の望みどおりに事は進んでいるのだろう。だが、なぜ、俺に一言の挨拶もなく、ルシアンは行った? ジジイもだ。行く先も期間も言わなかった。『ちょっと出かけてくる』なんて言うから、一日二日、たいしたこともない用事で出掛けたと思ったのだ。

「あのう、ブラッド様、お顔が怖いですー。怒ってます?」
「いや。そうじゃない」

 ロズニスが興味津々に下から顔を覗き込んできた。鬱陶しくて、俺は顔を隠すように踵を返して、自分の席へ向かった。

「そーですかー? ブラッド様が怒ったら、リュスノー様が、これを見せなさいって言ってたんですけどー、怒ってないならいーです」
「ちょっと待て。なんだ、何を持っている。見せろ」

 俺はロズニスの許まで戻って、手を出した。えー? 怒った時のお守りだったのにー、失敗したー、と言いながらも、渋々さし出してくる。
 それは地図だった。……王都からアルニム王国までの旅程を書き込んだ。

 俺はそれに奥歯を噛み締めた。なんだってこんな道を選んだ!?
 わざとかっ。わざとなんだなっ!?

「エ~ンッ。エ~ンディミオ~~~~ンッ、なーに企んでやがる~~~~っっ!?」

 俺は無意識に、人の形をした災厄である、敬愛なるクソ国王陛下を呪う叫び声を上げていた。
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