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第5話
売られた喧嘩の行方1
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そんなわけで、部屋に戻った俺は、至極冷静になっていた。
床に座り込んで、ありったけの魔法陣と少しの銀貨を上着と旅行用のマントに取り付け、金貨をブーツに仕込みながら、問題の整理をする。
どうやら、ルシアンは婚約の了承をしたらしい。それでアルニム王国へ婚約の挨拶に行くという。
それは、いい。問題はない。だが、どうしてわざわざ、あの武王がいるぺリウィンクルの鼻先を通っていかなければならない。他に道はいくらでもあるのに、だ。
この婚姻が整えば、アルニムとネニャフルの同盟関係は強くなる。その間に国土を挟まれているぺリウィンクルにとって、それは大きな脅威だ。黙って見過ごすわけがない。
しかもやって来るのは、この間一師団を燃やし尽くした双子王子の片割れだ。復讐がてら、刺客がよこされるに違いない。そんなの、権謀術数に疎い俺にさえわかるのに。
大きな溜息が出た。
エンディミオンはいつもこうだ。黙って人を渦中に放り込む。
俺は自然と前世での胸糞の悪い出来事が思い起こされて、顔をしかめた。他の事はどんなに腹がたってもやり過ごせたが、あれだけは別だった、痛恨の出来事を。
まあ、ありていに言えば、不穏分子を炙りだす囮にされたのだ。……俺の、愚にもつかないプライドを餌にして。
「くそっ」
何年たっても、生まれ変わっても忘れられない悔恨に、俺は未だ悪態をつくしかできないでいる。それが更に忌々しく、情けなく、堪えられない感情のうねりに、俺は莫迦みたいに床を殴りつけた。
姫との結婚後しばらくして、王は人前で俺と親しげなのを演出しだした。気を許したふうを装い、自分を『エン』という愛称で呼べと鉄壁の笑顔で強制した。
何かというと俺を呼び出して連れまわし、時に意見を求めたりもした。だが当然、政治のことなどわからない俺に、ろくな返答ができるわけもない。なにより奴が胡散臭すぎて、にこりと笑いかけられる度に怖気をふるわずにはいられなかった。
俺が貴族や大商人の子息だったなら、また違っていたはずだった。彼らは幼い頃から、王族に対する気構えや礼儀といったものを躾けられる。もちろん、親しく接してもらえれば光栄に思うのは当たり前だっただろう。
しかし、農民階級の俺にはそんな常識すらなかった。王だの貴族だのは遠い存在でしかなかった。村で一番偉いのは村長、時々それより偉そうな役人が来るにしても、実際に怖いのは親父で、うるさいのは母親だった。そして本当に敬い畏れるのは、恵をもたらし、時に荒れ狂う自然だったのだ。
俺にとって、王はしょせん人でしかなかった。自然より偉大なものとは思えなかったのだ。
そんなだから、俺には国王に対して滲み出るべき敬う態度が欠落していた。
もちろん、ジジイに口うるさく言われたとおり、いつでも黙って俯いて腰を折り、臣従の姿勢をとってはいた。が、しかたないから従ってやっている、そんな俺の心情は駄々漏れだったのだろう。
それをうまく王に利用されたのだ。
権力を求める貴族たちにとって、王に近しい、あるいは王位に近いボンクラは、目の前にぶら下げられた肉みたいなものだった。そのボンクラが、王に翻意を抱いているとなればよけいに。
結果的に、王の暗殺未遂が起きた。……その後釜に、俺を据えるために。身分的に申し分なく、正統を称して推せるボンクラは、傀儡にするにはちょうどよかったらしい。
皮肉なことに、王を救ったのは、気まぐれに呼び出されてたまたま居合わせた俺だった。
いや、偶然でもなんでもなかったのだろう。そのために、俺はしょっちゅう王の傍に置かれていたのだろうから。いざまさかの時に、俺の力で事なきを得るように。そして、俺の身の潔白を証明するために。
そうして俺は王の側の人間として、すべての審判に立ち会うことになった。一族郎党、女や子供まで処罰される者たちが、俺を卑怯者、裏切り者と罵る叫びを無視し続けながら。
うっすらと、この世のものとも思えない美しい笑顔を浮かべて、まるで詩でも詠ずるように死刑を告げる王の隣で。
自分の迂闊さがこの惨事を招いたのだと、歯毀れするほど噛み締めて。
床に座り込んで、ありったけの魔法陣と少しの銀貨を上着と旅行用のマントに取り付け、金貨をブーツに仕込みながら、問題の整理をする。
どうやら、ルシアンは婚約の了承をしたらしい。それでアルニム王国へ婚約の挨拶に行くという。
それは、いい。問題はない。だが、どうしてわざわざ、あの武王がいるぺリウィンクルの鼻先を通っていかなければならない。他に道はいくらでもあるのに、だ。
この婚姻が整えば、アルニムとネニャフルの同盟関係は強くなる。その間に国土を挟まれているぺリウィンクルにとって、それは大きな脅威だ。黙って見過ごすわけがない。
しかもやって来るのは、この間一師団を燃やし尽くした双子王子の片割れだ。復讐がてら、刺客がよこされるに違いない。そんなの、権謀術数に疎い俺にさえわかるのに。
大きな溜息が出た。
エンディミオンはいつもこうだ。黙って人を渦中に放り込む。
俺は自然と前世での胸糞の悪い出来事が思い起こされて、顔をしかめた。他の事はどんなに腹がたってもやり過ごせたが、あれだけは別だった、痛恨の出来事を。
まあ、ありていに言えば、不穏分子を炙りだす囮にされたのだ。……俺の、愚にもつかないプライドを餌にして。
「くそっ」
何年たっても、生まれ変わっても忘れられない悔恨に、俺は未だ悪態をつくしかできないでいる。それが更に忌々しく、情けなく、堪えられない感情のうねりに、俺は莫迦みたいに床を殴りつけた。
姫との結婚後しばらくして、王は人前で俺と親しげなのを演出しだした。気を許したふうを装い、自分を『エン』という愛称で呼べと鉄壁の笑顔で強制した。
何かというと俺を呼び出して連れまわし、時に意見を求めたりもした。だが当然、政治のことなどわからない俺に、ろくな返答ができるわけもない。なにより奴が胡散臭すぎて、にこりと笑いかけられる度に怖気をふるわずにはいられなかった。
俺が貴族や大商人の子息だったなら、また違っていたはずだった。彼らは幼い頃から、王族に対する気構えや礼儀といったものを躾けられる。もちろん、親しく接してもらえれば光栄に思うのは当たり前だっただろう。
しかし、農民階級の俺にはそんな常識すらなかった。王だの貴族だのは遠い存在でしかなかった。村で一番偉いのは村長、時々それより偉そうな役人が来るにしても、実際に怖いのは親父で、うるさいのは母親だった。そして本当に敬い畏れるのは、恵をもたらし、時に荒れ狂う自然だったのだ。
俺にとって、王はしょせん人でしかなかった。自然より偉大なものとは思えなかったのだ。
そんなだから、俺には国王に対して滲み出るべき敬う態度が欠落していた。
もちろん、ジジイに口うるさく言われたとおり、いつでも黙って俯いて腰を折り、臣従の姿勢をとってはいた。が、しかたないから従ってやっている、そんな俺の心情は駄々漏れだったのだろう。
それをうまく王に利用されたのだ。
権力を求める貴族たちにとって、王に近しい、あるいは王位に近いボンクラは、目の前にぶら下げられた肉みたいなものだった。そのボンクラが、王に翻意を抱いているとなればよけいに。
結果的に、王の暗殺未遂が起きた。……その後釜に、俺を据えるために。身分的に申し分なく、正統を称して推せるボンクラは、傀儡にするにはちょうどよかったらしい。
皮肉なことに、王を救ったのは、気まぐれに呼び出されてたまたま居合わせた俺だった。
いや、偶然でもなんでもなかったのだろう。そのために、俺はしょっちゅう王の傍に置かれていたのだろうから。いざまさかの時に、俺の力で事なきを得るように。そして、俺の身の潔白を証明するために。
そうして俺は王の側の人間として、すべての審判に立ち会うことになった。一族郎党、女や子供まで処罰される者たちが、俺を卑怯者、裏切り者と罵る叫びを無視し続けながら。
うっすらと、この世のものとも思えない美しい笑顔を浮かべて、まるで詩でも詠ずるように死刑を告げる王の隣で。
自分の迂闊さがこの惨事を招いたのだと、歯毀れするほど噛み締めて。
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