48 / 104
第5話
エンディミオンⅣ1
しおりを挟む
生まれ変わってからこの部屋に来たのは初めてだった。だが、さして調度が変わったようには見えなかった。
前王が調えた、深い赤を基調とし金の装飾を施した重厚な内装。暖炉の前に設えられたソファにもたれかかって酒を飲んでいると、まるで赤い闇の底に沈んでいくように感じた記憶がある。少なくとも、陽気な気分になれる内装じゃない。良くも悪くも、国王という位にふさわしく造られている部屋だった。
「おまえも飲むか?」
「いらん」
酒なんぞ飲んでいる場合ではないから断ったというのに、勝手にもう一つグラスを用意して、戸棚の奥から出してきた酒を手ずから注ぎ、向かいの席に置く。そこに座って飲めというのだろう。つくづく人の話を聞かない強引な男だ。
俺は示された席の背もたれに尻をのせ、半ば立ったまま、座っている王を見下ろした。
前世と同じ対応をされて、うっかりそれに乗ってしまった。おかげですっかり前世の俺認定されている。でも、なんとなく、それで正しかったのだという気がしていた。
エンは、待ちくたびれたと言っていた。ならば、こいつも俺に話があるのだろう。
といっても、さて、何から話せばいいのか。
意気込んできたわりには言葉が出てこなくて、俺はなんだか目が泳いでしまった。珍しく真剣な顔でじっと見られているのも、居心地が悪い。こいつは、へらへらと人を煙に巻いているのが通常だから、突然違うことをされると、これはこれでやりにくいのだ。
「なんだよ」
我ながらどうかと思う抗議の言葉が口から出た。これじゃあ駄目なのはわかってるけど、他にどう言えばいいのかわからねーんだよ!
案の定、奴は苦笑、いや、失笑しやがった。
「なんだよじゃなかろうよ、ブラッド。口の悪さも足りなさも、なにも変わっておらんのだな」
くつくつ笑って、自分の分の酒を舐める。
「とっておきぞ。おまえのためにとっておいたのだ。飲め」
とっておいたって、なんだ。まさかこいつもか。
俺は舌打ちしながら髪の中に手を突っ込み、無意味に掻き乱した。
まったく、どいつもこいつも。
「死人に酒を取っておいたってのか。無駄だろ」
俺は吐き捨てるように言った。
やめてくれよ。たまらない気持ちになるんだよ。もうどうしようもないことで、責められている気分になる。
「死人、か。ならばなぜ、ここにいる」
冷静に問い返され、苛立つ。それは俺が聞きたい。
神なんぞ、この世の中ではとっくにお伽噺程度にしか信じられていない。世界のすべては真理に従っている。そこに神が介在する余地はない。たとえ、世界の創世に神が関わっていたとしても、今はその手を離れ、自立した営みを繰り返していると考えられている。
けれど時に、違うのではないかと思わされる。神は未だその掌中に世界を収めているのではないかと。こんな皮肉な立場を自覚するたびに。人知の及ばぬ何かがあると。
答えない俺に、王は静かに話しだした。
「おまえは今、ここにいるではないか。アナローズの時とこれで、二度目ぞ。消え去ってなどおらぬ。死んだとは言わせぬ。おまえは、どこでどうしているのだ。一人で戻れぬというなら、真理の塔を挙げて事に当たらせる。それで足りぬというなら、同盟国の魔法使いどもも呼び寄せよう。我らは、どうすればおまえの力になれる」
だんだんと声が熱を帯びていく。こんな真摯なこいつの顔など見たことない。俺は痛みに感じる何かを煽られて、声を荒げた。
「俺は、死んだ。戻れなどしない。俺のことなんか、もう忘れろ!!」
悲しませたかったんじゃない。後悔させたかったんじゃない。笑顔仮面のこいつにまで、こんな顔させたかったわけじゃないんだ!
ただ、何がどうなろうと、守ろうと決めていただけだったのに。
守りきれるなら、それで満足だった。俺は、満足して、死んだんだよ。それが、どうしてこうなるんだ。
すると、エンも怒鳴り返してきた。こいつが声を張るのを初めて聞いた。
「忘れられるか、馬鹿者がっ。どうしておまえはそう、デリカシーの欠片もないのだ。誰もがおまえみたいに、単純明快な鳥頭で生きていると思うな! あいにくこっちは複雑で繊細で物覚えがよいのだ。悩みもすれば、悔やみもするのだ!」
俺はあまりの言われように絶句した。言い返したくて口をぱくぱくするが、どう言えばこいつをやりこめられるのか、皆目見当もつかなかった。
というか、俺、三つ下の妹だとか、五つ下の弟だとかにも、口で勝てなかった、とか、なんで今思い出すのかなあっ。
前王が調えた、深い赤を基調とし金の装飾を施した重厚な内装。暖炉の前に設えられたソファにもたれかかって酒を飲んでいると、まるで赤い闇の底に沈んでいくように感じた記憶がある。少なくとも、陽気な気分になれる内装じゃない。良くも悪くも、国王という位にふさわしく造られている部屋だった。
「おまえも飲むか?」
「いらん」
酒なんぞ飲んでいる場合ではないから断ったというのに、勝手にもう一つグラスを用意して、戸棚の奥から出してきた酒を手ずから注ぎ、向かいの席に置く。そこに座って飲めというのだろう。つくづく人の話を聞かない強引な男だ。
俺は示された席の背もたれに尻をのせ、半ば立ったまま、座っている王を見下ろした。
前世と同じ対応をされて、うっかりそれに乗ってしまった。おかげですっかり前世の俺認定されている。でも、なんとなく、それで正しかったのだという気がしていた。
エンは、待ちくたびれたと言っていた。ならば、こいつも俺に話があるのだろう。
といっても、さて、何から話せばいいのか。
意気込んできたわりには言葉が出てこなくて、俺はなんだか目が泳いでしまった。珍しく真剣な顔でじっと見られているのも、居心地が悪い。こいつは、へらへらと人を煙に巻いているのが通常だから、突然違うことをされると、これはこれでやりにくいのだ。
「なんだよ」
我ながらどうかと思う抗議の言葉が口から出た。これじゃあ駄目なのはわかってるけど、他にどう言えばいいのかわからねーんだよ!
案の定、奴は苦笑、いや、失笑しやがった。
「なんだよじゃなかろうよ、ブラッド。口の悪さも足りなさも、なにも変わっておらんのだな」
くつくつ笑って、自分の分の酒を舐める。
「とっておきぞ。おまえのためにとっておいたのだ。飲め」
とっておいたって、なんだ。まさかこいつもか。
俺は舌打ちしながら髪の中に手を突っ込み、無意味に掻き乱した。
まったく、どいつもこいつも。
「死人に酒を取っておいたってのか。無駄だろ」
俺は吐き捨てるように言った。
やめてくれよ。たまらない気持ちになるんだよ。もうどうしようもないことで、責められている気分になる。
「死人、か。ならばなぜ、ここにいる」
冷静に問い返され、苛立つ。それは俺が聞きたい。
神なんぞ、この世の中ではとっくにお伽噺程度にしか信じられていない。世界のすべては真理に従っている。そこに神が介在する余地はない。たとえ、世界の創世に神が関わっていたとしても、今はその手を離れ、自立した営みを繰り返していると考えられている。
けれど時に、違うのではないかと思わされる。神は未だその掌中に世界を収めているのではないかと。こんな皮肉な立場を自覚するたびに。人知の及ばぬ何かがあると。
答えない俺に、王は静かに話しだした。
「おまえは今、ここにいるではないか。アナローズの時とこれで、二度目ぞ。消え去ってなどおらぬ。死んだとは言わせぬ。おまえは、どこでどうしているのだ。一人で戻れぬというなら、真理の塔を挙げて事に当たらせる。それで足りぬというなら、同盟国の魔法使いどもも呼び寄せよう。我らは、どうすればおまえの力になれる」
だんだんと声が熱を帯びていく。こんな真摯なこいつの顔など見たことない。俺は痛みに感じる何かを煽られて、声を荒げた。
「俺は、死んだ。戻れなどしない。俺のことなんか、もう忘れろ!!」
悲しませたかったんじゃない。後悔させたかったんじゃない。笑顔仮面のこいつにまで、こんな顔させたかったわけじゃないんだ!
ただ、何がどうなろうと、守ろうと決めていただけだったのに。
守りきれるなら、それで満足だった。俺は、満足して、死んだんだよ。それが、どうしてこうなるんだ。
すると、エンも怒鳴り返してきた。こいつが声を張るのを初めて聞いた。
「忘れられるか、馬鹿者がっ。どうしておまえはそう、デリカシーの欠片もないのだ。誰もがおまえみたいに、単純明快な鳥頭で生きていると思うな! あいにくこっちは複雑で繊細で物覚えがよいのだ。悩みもすれば、悔やみもするのだ!」
俺はあまりの言われように絶句した。言い返したくて口をぱくぱくするが、どう言えばこいつをやりこめられるのか、皆目見当もつかなかった。
というか、俺、三つ下の妹だとか、五つ下の弟だとかにも、口で勝てなかった、とか、なんで今思い出すのかなあっ。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる