しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難

伊簑木サイ

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第5話

エンディミオンⅣ1

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 生まれ変わってからこの部屋に来たのは初めてだった。だが、さして調度が変わったようには見えなかった。
 前王が調えた、深い赤を基調とし金の装飾を施した重厚な内装。暖炉の前に設えられたソファにもたれかかって酒を飲んでいると、まるで赤い闇の底に沈んでいくように感じた記憶がある。少なくとも、陽気な気分になれる内装じゃない。良くも悪くも、国王という位にふさわしく造られている部屋だった。

「おまえも飲むか?」
「いらん」

 酒なんぞ飲んでいる場合ではないから断ったというのに、勝手にもう一つグラスを用意して、戸棚の奥から出してきた酒を手ずから注ぎ、向かいの席に置く。そこに座って飲めというのだろう。つくづく人の話を聞かない強引な男だ。

 俺は示された席の背もたれに尻をのせ、半ば立ったまま、座っている王を見下ろした。
 前世と同じ対応をされて、うっかりそれに乗ってしまった。おかげですっかり前世の俺認定されている。でも、なんとなく、それで正しかったのだという気がしていた。
 エンは、待ちくたびれたと言っていた。ならば、こいつも俺に話があるのだろう。

 といっても、さて、何から話せばいいのか。
 意気込んできたわりには言葉が出てこなくて、俺はなんだか目が泳いでしまった。珍しく真剣な顔でじっと見られているのも、居心地が悪い。こいつは、へらへらと人を煙に巻いているのが通常だから、突然違うことをされると、これはこれでやりにくいのだ。

「なんだよ」

 我ながらどうかと思う抗議の言葉が口から出た。これじゃあ駄目なのはわかってるけど、他にどう言えばいいのかわからねーんだよ!
 案の定、奴は苦笑、いや、失笑しやがった。

「なんだよじゃなかろうよ、ブラッド。口の悪さも足りなさも、なにも変わっておらんのだな」

 くつくつ笑って、自分の分の酒を舐める。

「とっておきぞ。おまえのためにとっておいたのだ。飲め」

 とっておいたって、なんだ。まさかこいつもか。
 俺は舌打ちしながら髪の中に手を突っ込み、無意味に掻き乱した。
 まったく、どいつもこいつも。

「死人に酒を取っておいたってのか。無駄だろ」

 俺は吐き捨てるように言った。
 やめてくれよ。たまらない気持ちになるんだよ。もうどうしようもないことで、責められている気分になる。

「死人、か。ならばなぜ、ここにいる」

 冷静に問い返され、苛立つ。それは俺が聞きたい。

 神なんぞ、この世の中ではとっくにお伽噺程度にしか信じられていない。世界のすべては真理に従っている。そこに神が介在する余地はない。たとえ、世界の創世に神が関わっていたとしても、今はその手を離れ、自立した営みを繰り返していると考えられている。

 けれど時に、違うのではないかと思わされる。神は未だその掌中に世界を収めているのではないかと。こんな皮肉な立場を自覚するたびに。人知の及ばぬ何かがあると。

 答えない俺に、王は静かに話しだした。

「おまえは今、ここにいるではないか。アナローズの時とこれで、二度目ぞ。消え去ってなどおらぬ。死んだとは言わせぬ。おまえは、どこでどうしているのだ。一人で戻れぬというなら、真理の塔を挙げて事に当たらせる。それで足りぬというなら、同盟国の魔法使いどもも呼び寄せよう。我らは、どうすればおまえの力になれる」

 だんだんと声が熱を帯びていく。こんな真摯なこいつの顔など見たことない。俺は痛みに感じる何かを煽られて、声を荒げた。

「俺は、死んだ。戻れなどしない。俺のことなんか、もう忘れろ!!」

 悲しませたかったんじゃない。後悔させたかったんじゃない。笑顔仮面のこいつにまで、こんな顔させたかったわけじゃないんだ!
 ただ、何がどうなろうと、守ろうと決めていただけだったのに。
 守りきれるなら、それで満足だった。俺は、満足して、死んだんだよ。それが、どうしてこうなるんだ。

 すると、エンも怒鳴り返してきた。こいつが声を張るのを初めて聞いた。

「忘れられるか、馬鹿者がっ。どうしておまえはそう、デリカシーの欠片もないのだ。誰もがおまえみたいに、単純明快な鳥頭で生きていると思うな! あいにくこっちは複雑で繊細で物覚えがよいのだ。悩みもすれば、悔やみもするのだ!」

 俺はあまりの言われように絶句した。言い返したくて口をぱくぱくするが、どう言えばこいつをやりこめられるのか、皆目見当もつかなかった。

 というか、俺、三つ下の妹だとか、五つ下の弟だとかにも、口で勝てなかった、とか、なんで今思い出すのかなあっ。
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