しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難

伊簑木サイ

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第5話

エンディミオンⅣ2

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 俺が『惨敗』の二文字しか頭の中に浮かべられないでいるというのに、美貌の中年は、いつもの薄ら笑いをすっかり消して、前のめりになって俺に指をつきつけた。

「いいか、調べはついておるのだぞ。おまえがずっと、ブラッドとルシアンの傍におったのはな。あの子達に魔法を教えたのはおまえだろう。しかも、おまえ、余のことを悪し様に吹き込みおったな? 余が真心からブラッドに、父として頼ってよいぞ、エン伯父さんと呼べ、と言ったのに、血相を変えて逃げていきおったぞ! たった三歳の子供が! それから胡散臭いという目で見られて、寄りつきもしなくなった。おまえの仕業だろう!」

 うっわ、あの時のこと思い出して、鳥肌たった! 見たことないほど甘い顔して優しげに囁かれれば、気持ち悪くて逃げ出すのは当たり前だろう!

「俺のせいなもんか。おまえの胡散臭さは筋金入りだっ」

 王は突然不機嫌に口をつぐんだ。どん、と背もたれにもたれかかり、自棄になったように酒を呷る。からになったグラスを、かん、とテーブルに打ち付けると、据わった目で俺を見上げた。

「認めよう。そのとおりぞ。余は胡散臭いのだ」

 信じられないような殊勝なことをほざき、そして酒をなみなみと注いで、再び呷る。
 言動が異常だ。そういえば、強そうな酒を、こいつはいったい何杯飲んだ? 俺は心配になって声をかけた。

「ちょっと待て。それ飲みすぎだろう」
「やかましいわ。おまえ、なぜあの時、余を助けた。あやつらに加担しておれば、いや、見てみぬふりをすれば、余に頭を下げ続けなくてすんだものを」

 やぶからぼうに何だ。あの時って、暗殺騒ぎか。どうしてそんな当然のことを聞く。
 俺はあまりの怪訝さに、つっかかるように答えた。

「はぁ? 何言ってんだ。兄弟を殺せるわけないだろう」

 はっ。奴は呆れたように笑った。それから、くすくすと漏れる笑いが止まらずに、壊れたように笑う。

「おい、おまえ、本当に飲みすぎだ」

 完全に酔っ払ってやがる。弱いくせに、酒が好きだから始末におえない。まだ酒瓶を持ち上げようとするのを、立ち上がって取り上げ、俺の椅子の上に置いた。
 そしてついでに俺は王に手を伸ばした。少し酒を中和してやろうと思ったのだ。それを振り払われる。

「余に触れるな。余は充分正気ぞ。人の酔いを勝手に醒ますな。本当に興醒めな男だの」
「あのなあ」

 目が完全に据わってる。こいつ絡み酒なんだよ。ねちっこいんだよ、いやなんだよ。

「王位を前にして、兄弟! 誰がそんなものに頓着するか。王家の歴史は、血で血を洗うものぞ。なのにおまえは、本気でそう言う。掛け値なしの心を示す。そんな者の横にいれば、余の美貌など、とたんに胡散臭いものでしかなくなる。おまえはそうやって、余が必死にやっていることを、軽々と、しかも気付きもしないで飛び越えていく。いつも、いつもぞ! おまえが頭を下げつつも、心中敬っていないのを見て、どれほど忌々しかったか。だったらおまえが王位に就けばよいと、どれほど思ったか!」
「それは悪かったよ。俺が考えなしだった」
「おまえが謝るな! よけい惨めだわ!」
「じゃあ、どうしろってんだよ!」
「戻ってこい!」

 襟首をつかまれた。強い瞳で間近で視線をとらえられる。
 こんなところもこいつにあったのかと驚く。きっと酔ってなければ、そして、次の機会がないとわかっていなければ、エンは俺に内面を見せはしなかっただろう。最後のチャンスだからこそ、外面をかなぐり捨ててくれているのだ。

 でも、こんなの、ぜんぜんエンらしくない。こいつは、飄々と胡散臭いぐらいでちょうどいい。
 俺は、エンの額を鷲掴んだ。素早く背もたれに押し倒して押し付ける。次いで、片足で奴の股間を踏みつけ、腹に手を当てた。

「おまえ、何を!!」
「暴れんな。うっかり踏み潰すといけないからな」

 暴れようとするのを、足にちょっと力を込めて静かにさせる。ああ、ぐにょっとした感触が気持ち悪い。

「もう年なんだから、無茶な飲み方すんじゃねーよ。少し酒抜くぞ」
「よけいなお世話だ!!」
「あー、もう、黙っててくれ。失敗すると殺しちまう」
「でたらめな、化け物が」

 奴は悪態をついたが、それで黙った。確かにこの力はでたらめなのだ。基本は水の力の応用だが、生体に働きかけるのは木の力だし、場合によっては、土の力も使う。三つの適性がなければ、使えないものだった。
 対象物の範囲が限られるためにたいした力は使わないが、その代わりものすごく繊細な制御を必要とする。体内の物質を操るのだ。下手をすれば、殺してしまう。話などできるわけがなかった。

というより、俺も非常に無防備になってしまうので、この状態で襲われたら、自分が死んでも気付けないだろう。そのくらいの集中が必要だった。
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