しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難

伊簑木サイ

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第6話

閑話   悪友(「悪人」カルディ視点)1

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 それは初めてブラッド王子と町に入った日のことだった。

 人相も風体も雰囲気もまっとうでない俺たちが、入れるような食事処や宿は限られている。
 そこへ一緒に入った奴は、安い酒と粗末な飯を文句も言わずに平らげ、『人様に迷惑かけんなよ。やったら殺すぞ』と、むっつりと言い置いて、二階の小汚い部屋に上がっていった。

「偉そうなガキだ」

 それまで陰気に黙って飲み食いしていたくせに、姿が見えなくなってから、ロマバークが憎々しげに言い放った。子分数人が、そうだそうだと賛同して、床に唾を吐き捨てる。

「やめろ。みっともねえ。従うと決めただろう」
「はっ。みっともねえのはどっちだ。あんたもたいしたことなかったな、カルディ。ガキ一人に尻尾振るなんてよ」

 ロマバークはがぶがぶと酒を飲んで口の端からこぼしながら、親指だけ立てた拳で首を掻き切る真似をした。その親指を下に向けて上下に振る。人を嘲る仕草だ。そして、がん、とカップをテーブルにたたきつけて、吼えた。

「やってられっかよ。俺は抜けるぜ」

 同じ盗賊の俺から見ても、この馬鹿は人の皮を被った獣とそう変わりない。最近勝手に押しかけてきて居ついた、どうやって追い出そうかと思案していたような男だ。
 止めても無駄だろうとは思ったが、一応この場をあのクソガキに任された俺は、必要最低限の忠告をしておくことにした。

「殺されるぞ」
「殺す殺すって脅しばかりじゃねーか。殺すならとっくにやってるだろう。どんなに偉そうにしてたって、まだガキなのさ。そんな根性、ありゃしねーよ」

 ロマバークは立ち塞がるように立っていた俺の肩を、邪魔だとばかりに、どんと突いた。

「じゃーな、負け犬」

 そして、捨て台詞を残して、賛同した二人と出て行った。
 残された俺たちはシラケきって、ある者は他で飲みなおそうと出ていき、ある者は花街へと繰り出していった。

 俺は一人カウンターに残って、主人に酒を頼んだ。その酒をちみちみと舐めながら、待つことにしたのだ。
 あのクソガキがこの始末をどうつけるのか。その腕前を、とくと見てやろうと。
 力だけなら、熊だって猪だって持っている。その程度なら、ロマバークと変わりはない。
 あのガキについていくだけの価値が、あるのかどうか。本当の判定はこれからだと思っていたのだ。



 騒ぎはそれほど待つこともなく持ち上がった。ロマバークたちはすぐに、花街で娼婦相手に暴力をはたらいたらしい。
 店の用心棒たちが奴らを叩き出したようだが、その時さんざん店内も壊して、負け惜しみに、俺たちはもっと強い奴に従ってんだ、ただで済むと思うなよ、とクダをまいたようだ。

 いつもは競り合っている花街の女将たちだって、大事な商品を壊すような性質の悪い客が相手となれば、一致団結もする。
 やられ損ではたまらないと、各々の用心棒を引き連れ、町の自警団にまで声をかけて、奴らを引きずって安宿にやってきたのだ。

 俺は、せいぜい深刻な表情でクソガキに取り次いでやった。
 ガキは食堂まで下りてきて女将たちの訴えを黙って聞くと、さすが王子だ、育ちがいいのだろう、縛られている奴らのところへも行って、公平に話をきいた。

「お頭。俺たち、言うこときかない商売女をちょっと殴っただけだ。なのに、こいつら、よってたかって俺たちを袋叩きにしやがった。これはあんたの恥だ。こいつらみんな、やっちまってくれ!」

 一瞬、あたりに完全な静寂が落ちた。だれもがガキの動きに注目していた。
 ガキは無言のままマントと上着を脱ぐと、こちらを見もせず、傍にいた俺に突き出してきた。持っていろということらしい。先を見たい俺は、素直に受け取った。

 ガキが手を一振りすると、奴らを縛っていた縄が切れて、地面に転がった。奴らが自由になる。
 警戒して周囲が色めき立った。

「ありがてえ、お頭! さあ、頼みまさあ!」

 ロマバークたちが喜色満面に立ち上がった。
 ガキは奴らの真正面に立つと、溜息のようにも見える息を一つつき、いきなり奴を殴り倒した。続けて二人も一発ずつでひっくり返す。

「人様に迷惑かけたら、殺すって言っただろう」

 聞いた瞬間、背筋がぞっとした。地を這うような声だった。
 それほど大きくもないのに、妙によく通り、その声が届いた範囲すべてに、すさまじい怒りを知らしめた。

 それからのガキの所業は悪鬼そのものだった。
 多少酔った上に用心棒たちにやられていたとはいえ、荒くれ者の盗賊三人を、たった一人で、殴り、蹴り、奴らが虫の息になるまで制裁を加えたのだ。
 終わった時、奴らの皮膚は裂け、骨は折れ、容貌も、生きているのかもわからない態で、自分たちの血と吐瀉物の中に転がっていた。

 ガキは自分の手を一振りして血を払うと、ぐるりと見回して俺を見つけ、街道に捨ててこいと短く命じた。
 夜も深くなるこれからの時間、血の匂いのするものを外に放り出しておけば、獣に襲われかねない。
 そうしてしまえと言うガキの目は、とうてい十五の子供のものではなかった。噂どおり、『悪霊憑き』そのものだった。
 俺は、わかった、と答えた。それ以外、言いようがなかったのだ。

 ガキが近付いてきて、俺の手からマントと上着を取り上げた。その服にも頬にも血が飛び散っていた。そして、また宿の中に入っていく。
 それからガキは女将たちに丁寧に詫び、損害の賠償を言い値で支払ったのだった。



 なあ、ブラッド、と俺は心の中で、久しぶりに死んだ友に語りかけた。
 王子の父親。喧嘩友達だった男に。
 本当は、あいつをずっと恨んでいた。憎い国王の言いなりになって王都を守って死ぬなんて、裏切り行為だと思っていた。
 だけど、あいつの息子だというガキを見ていて、あいつに語りかけずにはいられなかった。
 なあ、おまえ、本当は何をしたかったんだ?

 あのガキ、刃のない剣で俺を脅したぞ? それに、盗賊を殺さず、手下にしようとしている。そのろくでなしどもが一部の馬鹿のせいで危ないとなれば、自らの手を汚してまでも、守ろうとする。
 なあ、あのガキ、立ち姿も、顔も、声も、喋り方も、殴り方までおまえにそっくりだ。
 ぺリウィンクルの武王をぶっとばしたいって言ってたぞ? にやりと笑ってな。まるでおまえに言われた気分だった。
 拳で決着つけようかって。いつもそう言ってたおまえに。

 なあ、ブラッド。もう一度、おまえを信じてやってもいいのかもしれない。
 フォンティナが俺の前に惚れていた、俺が本気で認めていた、おまえが残そうとしたものを。
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