しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難

伊簑木サイ

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第7話

斜め下の決意1

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 俺たちはまがりなりにも王族で、本来なら護衛だの侍従だのが付く身分だ。王も、降嫁したとはいえ母も、従兄弟である王太子も、王族でなくても要職にある大臣たちだって、ぞろぞろと有象無象を連れ歩いて移動している。

 だが、俺たちの場合、そういうものが付かなくなって久しい。それというのも、自分たちの秘密を守りたいがために、近辺から人を遠ざけ続けた結果だった。
 そんなわけで、格好つかないことこの上ないが、王宮の廊下を、ルシアンは食事を載せたワゴンを自ら押して歩いていた。
 その隣に並んでロズニスが歩き、俺は二人の後ろを妙な気分を抱えてついていく。

 ワゴンを押すなど、王宮内では、本来侍従か侍女の仕事だ。この状況の場合、誰か適当な者を探してきて仕事を言いつけるか、ロズニスに任せるのが正解だ。なにしろ中身がどうであれ、俺たちはネニャフル王国の王子なのだから。
 実際、ロズニスはそうしようとした。真理の塔では、掃除洗濯料理は弟子身分の者の持ち回りだ。いつも俺たちの食事はロズニスが配膳を担当してくれていて、だから当然のようにワゴンの柄に手を掛けようとしたのだ。

 しかし、ルシアンはそれをやんわりとさえぎり、信じられない言葉を吐いた。

「離宮までは遠いから、重いワゴンは女性にはきついよ。俺が押していこう」

 俺は、自分の目と耳を疑った。えっ!? という叫びは呑みこんだものの、目をよくこすってから、耳をかっぽじってみたくらいだ。しかも、

「塔を出るまでは案内してもらえるかな」

 などと、人当たりのいい笑顔まで浮かべている。もちろん、不穏な気配も微塵もなかった。

 ロズニスもロズニスで、こちらです、と、ささっと動いて先に行って扉を開いて押さえてみせたと思ったら、ルシアンを相手にして、ありがとう、どういたしまして、などという、ごく普通のやりとりまで成功させたのだ。

 俺は、他人に親切なルシアンと、とろくさくないロズニスなんていう、信じられない光景にあぜんとした。

「配膳用のエレベータは必要ないよ、魔法で浮かしていけるから」
「素晴らしい腕前でいらっしゃいますね。でもこちらの階段は急なので、お足元にお気をつけくださいませ」
「ところで君はどの属性持ちなのかな。閣下は水と土だけど、君もそうなの?」
「いえ、私は土属だけでございます」
「そう。今度、腕前を見せてくれるかな」
「まだ未熟で、とても殿下にお見せできるようなものでは……」

 などと、今も、和気藹々と会話を繰り広げている。
 こいつら、いったいどこの誰だ。
 ルシアンとロズニスの皮を被った別人じゃないのか。

 俺はあまりの違和感に、体中がざわざわとしてしかたなかった。どうにも気持ちが落ち着かない。一人黙って数歩下がって二人を観察しながら、何が起こっているのかと、猛烈な勢いで考えをめぐらせ続けた。

 時折笑みすら浮かべて、静かに言葉を交わす二人。さっきのさっきまで、こんなふうになるとは、夢にも思っていなかったのだ。
 だって、今、ルシアンが話している相手は、『俺と二人きり』でいた女性だぞ? ルシアンが、そんな人物と楽しげに会話できるなんて。

 ルシアンは俺を慕うあまり、小さい頃は、俺が懐いた侍女のスカートの端を燃やしてしまったことすらあったのだ。
 一瞬で塵も残さず燃やし尽くすことも、風でミンチ状に切り裂くこともできるのに、その程度ですましたんだから、かわいい子供の嫉妬だ。

 でも、その頃、火を扱えるのは俺だってことになっていたから、犯人は俺ということになったのだった。そうして、その侍女に、掌を返したように怖がられて避けられるようになってしまった。
 ついさっきまで微笑みかけてくれていた子供好きの優しい人に、怯えた目で見られるのは、さすがに堪えた。

 ルシアンが疑われるよりマシだったし、しかたのないことではあったのだけれど。
 ただ、俺はそれ以来懲りて、特に個人的に親しい人物を作らないようにしてきたのだが。
 それは膾を吹く的な杞憂だったのかもしれない。嫉妬して攻撃するどころか、ちゃんと優しくしているのだから。

 これはどういうことなのだろう。ルシアンが成長したということなのだろうか。
 それとも。
 俺は突然頭の中に閃いた考えに、息を呑んだ。知らず、足が止まる。

 俺は、間違えてしまったのか?

 愕然としている俺の目の前で、二人が見つめあって、にこりと笑った。

 ……まさか、ルシアンの運命の相手は、ロズニスだったのか?

 その恐ろしい憶測に、俺は足元に底なしの穴がぽっかりと開いたかのように感じた。
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