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アニャン、攫われる
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エウルは無事に帰ってきた。獲物もたくさん捕れたようで、男の人達は上機嫌で捌きはじめ、焼いた石を詰めて蒸し焼きにしたり、汁物にして、居留地の全員にふるまわれた。
途中から、というか、ほぼ初めから、男の人達は酒を片手に肉に火が通るのを待っていたものだから、今はもう、誰も彼もへべれけで大騒ぎしている。
そんな男の人達とは別に、女の人達はパタラの接待用の大天幕でくつろいでいた。
さっきまでは小さな子を連れた人達もいたけど、おねむの子が出たのを皮切りに、自分の天幕に帰っていった。現在は客人の奥方と、子育ての終わったおば様方ばかりになっていた。
「それにしても、その口調。初めて聞いた時は、なんて鼻持ちならないと思ったのよ」
北の方の支族の王族の奥方だというルルカナが、悪戯っぽい目つきで言った。パタラと同じくらいの年齢の人だ。
私は、もうしわけありません、という言葉が喉元まで出てきたところで、口をぱくんと閉じた。それは、私が言ってはいけない言葉だと教えられている。
……帝国の出身である私には、どんな言いがかりを付けられるかわからない。そこで謝ってしまえば、私の失態と断定される。そして、私の失態はエウルの失態になる。だから、けっして謝ってはならないのだ、と。
口調については、パタラにもエウルにも注意されてない。ちょっと他の女の人達とは違うかなと思わないでもないけど、ここで一番影響力のある女性であるパタラと同じなら、たぶん、帝国でなら上流階級の人達と同じ話し方になるのだろうから、間違いはないはずだ。
それに、ルルカナは険しい目つきはしてなくて、今にも笑いだしそうだった。
「でも、そうやって並んで同じ口調で話しているのを見てると、微笑ましいったらないわね。……パタラが大好きなのね、耀華公主」
私は大きく頷いた。
「優しくて賢くて強くて尊敬してるんだよ。パタラみたいになりたいんだよ」
どっと皆が笑った。真剣に言ったけれど、どこか間違えたらしい。恥ずかしくなって肩をすくませると、隣にいるパタラが肩を抱いてくれて、一緒に左右に体を振られた。
「ありがとうね、耀華公主。私も娘が欲しかったんだよ。ようやく願いが叶ったよ」
「息子達のところに嫁に来た、義理の娘達だっているじゃないか」
「もちろんあの子達だって私の娘さ。だけど、メルヴァはあんたが完璧に育てちまったし、マーラはイエイナが教え込んだだろう? 今さら私が口を出せることなんて、何もありゃしないんだよ、ありがたいことにね。
けれど、この子には一から全部教えてあげられるんだ。一緒に針を持ったりね。それが楽しいんだよ。わかるだろう?」
教えてくれて、一緒に過ごすことを、楽しいと言ってもらえて、嬉しくて。頬が熱くなって、笑顔になる。
「これはまた、皇帝は無邪気な娘を寄こしたものね。あなたといい、エウルといい、骨抜きじゃないの」
空気がピリッとした。たしか、西の支族の奥方だ。
「そうだね。耀華公主がこんなに素直な性格じゃなかったら、ここで過ごすのは難しかっただろう。
皇帝は素晴らしい子を寄こしてくれた。それだけこの和睦を、成功させたいと思っているということじゃないかと、私は思っているよ」
「……そうかもしれないわね」
曖昧な同意で、奥方は引き下がった。場の空気はもやっとしたままだったけれど、ここのアイルで顔見知りになった何人ものおば様方が、大丈夫だよと言うように笑いかけてくれた。
「ああ、どうも今日は、男達を送り出すのに朝が早かったからね、そろそろ眠たくなってきたね。どうだい、みんな?」
奥方達も同意し、炉のまわりの席を立った。パタラは、一人、また一人と、丁寧に挨拶を交わして送りだす。私もパタラの隣で、笑顔で見送った。
最後に若い侍女達に火の始末を申しつけて、私達も天幕を出た。
待っててくれたエニとマニに、両手でそれぞれ干し肉の欠片をあげ、ぺろぺろと舐めさせながら歩く。護衛の男の人達も一緒だ。
外は暗かった。空には半月。明かりは広場の方にあるのだけで、こちらまでは届かないし、炉の光に慣れた目では、あたりはことさら暗く見えた。
ふいに、すいっと濃い闇が私の横を通り過ぎ、パタラに覆い被さった。あっと思って声をあげようとした瞬間、口をふさがれ、強い力で羽交い締めにされる。
「声をあげたら、パタラ様を殺す。……言ったことが、わかったか?」
私は小さく何度も頷いた。
「おとなしく来てもらおうか」
それにも頷くと、天幕群とは反対の方へ引きずられていった。人々の気配が遠くなったところでようやく立ち止まり、口に布を詰め込まれた。両側から後ろへと残りの布がまわされていく。
それでも、エニとマニがうろうろしているだけで、吠えない。……知っている人達なのだ。それに心臓がドッと嫌な音をたてて強く打った。
――私を傷つけようとする人は、いつも、エウルの仲間の中にいる。
知っている。エウルもパタラも詳しくは教えてくれないけれど、忌まわしいものを見る目つきで私を見ている人はたくさんいる。
帝国でだって、閻の人達のことを、角の生えた獣みたいな人達だと蔑んでいた。実際はぜんぜん違うのに。それと同じで、こちらでも帝国のことをよく思っていない。……ただ、それを直接私にぶつけたりしないように、エウルやパタラが守ってくれていただけで。
今度こそ殺されるのかもしれない。
怖くて怖くてたまらなかった。体が小刻みに震えて、ぜんぜん動けない。
目の前の闇はどこまでも深く、どんなに目をこらしても何も見えなかった。まるで、光の届かない異界へ連れて行かれようとしているみたいだ。
頭の後ろで、ぎゅっと布が締められた。布が口の横に食い込み、痛くて苦しい。結んでいるのだろう、そのたびにぐらぐらと頭が揺すられ、暗さも相まって平衡感覚がなくなる。
そこへ突然、何の前触れもなく体が横に引っぱられ、草原へと投げ出された。
「エニ、マニ、公主を守れ!」
聞いたことのある声だった。誰かが、私と私を捕まえようとしていた人達の間に入って、立ち塞がる。私は痛みも忘れて、呆然とどこからか急に現れた人影を見上げた。
「……スレイなのか」
「そうだよ、父さん。頼むから、もうやめてくれ。今ならまだ間に合う」
あっ。そうだ。スレイの声だ! エウルの友人。あの件以来、ずっと姿を見なくなった人。どうしてその人が、ここに現れたのかわからなかった。
「なあ、スレイ、なにもその娘を殺そうとは思っていないのだ。エウル様は、その娘を『定めの伴侶』と呼んだ。それを疑ってはいない。不運なことではあるが、真にそうであるのだろう。定めの伴侶であるその娘を殺せば、エウル様は正気をなくされるだろう。そんなことにはできない。
だが、竜の血に連なる女などが傍に居ては、あの方は王位に就けないのだ。
だから、ただ引き離すだけだ。私達が責任を持って、健やかに過ごせるよう取りはからう。
それにもしかしたら、エウル様のお子を宿しているかもしれないしな。表舞台には出してさしあげられないが、お子も我々で大切にお育てするつもりだ。
スレイ、エウル様のあの力を、おまえも目の当たりにしただろう。あの圧倒的な、人を従えるロムランの力。エウル様こそ、次の王になるにふさわしい方だ。それを、一番傍にいたおまえこそ、わかっているのではないか?」
エニとマニに寄り添われ、はっとした。ぼんやりと聞いている場合じゃない。そろそろと立ち上がる。
二人の会話が気になったが、早口で難しい単語が混ざっていて、半分ほどわからなかった。
そんなものに、今はかかずらっている場合ではない。どちらに逃げればいいのだろう。前へ行けば、エウルがいる広場だ。けれど、少なくとも敵は二人はいて、月光に刃物がきらめいていた。
パタラの姿は見えなかった。……今は、探すのは無理だ。それにたとえ見つけられたとしても、私では助けられない。
後ろは、深い深い闇だった。そちらへ向かって、静かに後退る。闇の中にまぎれてやり過ごすしか、逃げる方法を思いつけなかった。
「母さんは縛りあげて馬車に入れてある。馬を繋ぐ革紐は切り落とした。馬車では逃げられないよ」
「さすが我が息子と褒めるべきか。愚かなことをしおって。せめてもの親心であったものを。……だが、そうか、レイナは縛られているか」
ふっと緊張がゆるんで、スレイが父さんと呼んだ男が剣を引いた。
「耀華公主」
呼びかけられて、あやうく悲鳴をあげそうになった。頭を押さえてうずくまる。
「それ以上あまり動かれるな。……もうすぐエウル様がいらっしゃる。あまり上手に隠れては、見つけだすのに骨が折れましょうから」
……何を言っているのだろう?
その時だった。
「誰も動くな!」
大音声が響き渡った。内側から体を握られたみたいになって、ぴくりとも動けなくなる。息さえうまくできない。動くな、とは、そういうこと、だから。
エウルの命令だと、わかっていた。だから怖くなかった。逆らおうなんて思わない。でも、どんどん苦しくてたまらなくなってくる。
「耀華公主を傷つけるな!」
次の命令が来て、すうっと大きく鼻から息を吸った。猿轡があんまり苦しくて、後ろ頭の結び目を探し、ほどこうと試みる。意外にも蝶結びになっていて、垂れ下がった端を急いで引っぱった。猿轡を投げ捨て、ハアハアと何度も肩で息をした。
「耀華公主を無事なまま俺の前に連れてこい!」
内側から握る力が強くなり、ぎりぎりと締め付けられて、心が悲鳴をあげる。
ああ、エウルの願いを叶えなきゃ。そうしなければ、壊される。早く彼の許に行かなくちゃ……。
「耀華公主、大丈夫ですか、動けますか」
スレイが振り返って聞いた。
「……はい。はい、大丈夫」
よろよろと前へ進む。
「あの馬鹿、やりすぎだ」
スレイの悪態が聞こえた。
天幕群で次々と松明の光が増えて、あふれだす。私達はそちらへ向かって歩きだした。
途中から、というか、ほぼ初めから、男の人達は酒を片手に肉に火が通るのを待っていたものだから、今はもう、誰も彼もへべれけで大騒ぎしている。
そんな男の人達とは別に、女の人達はパタラの接待用の大天幕でくつろいでいた。
さっきまでは小さな子を連れた人達もいたけど、おねむの子が出たのを皮切りに、自分の天幕に帰っていった。現在は客人の奥方と、子育ての終わったおば様方ばかりになっていた。
「それにしても、その口調。初めて聞いた時は、なんて鼻持ちならないと思ったのよ」
北の方の支族の王族の奥方だというルルカナが、悪戯っぽい目つきで言った。パタラと同じくらいの年齢の人だ。
私は、もうしわけありません、という言葉が喉元まで出てきたところで、口をぱくんと閉じた。それは、私が言ってはいけない言葉だと教えられている。
……帝国の出身である私には、どんな言いがかりを付けられるかわからない。そこで謝ってしまえば、私の失態と断定される。そして、私の失態はエウルの失態になる。だから、けっして謝ってはならないのだ、と。
口調については、パタラにもエウルにも注意されてない。ちょっと他の女の人達とは違うかなと思わないでもないけど、ここで一番影響力のある女性であるパタラと同じなら、たぶん、帝国でなら上流階級の人達と同じ話し方になるのだろうから、間違いはないはずだ。
それに、ルルカナは険しい目つきはしてなくて、今にも笑いだしそうだった。
「でも、そうやって並んで同じ口調で話しているのを見てると、微笑ましいったらないわね。……パタラが大好きなのね、耀華公主」
私は大きく頷いた。
「優しくて賢くて強くて尊敬してるんだよ。パタラみたいになりたいんだよ」
どっと皆が笑った。真剣に言ったけれど、どこか間違えたらしい。恥ずかしくなって肩をすくませると、隣にいるパタラが肩を抱いてくれて、一緒に左右に体を振られた。
「ありがとうね、耀華公主。私も娘が欲しかったんだよ。ようやく願いが叶ったよ」
「息子達のところに嫁に来た、義理の娘達だっているじゃないか」
「もちろんあの子達だって私の娘さ。だけど、メルヴァはあんたが完璧に育てちまったし、マーラはイエイナが教え込んだだろう? 今さら私が口を出せることなんて、何もありゃしないんだよ、ありがたいことにね。
けれど、この子には一から全部教えてあげられるんだ。一緒に針を持ったりね。それが楽しいんだよ。わかるだろう?」
教えてくれて、一緒に過ごすことを、楽しいと言ってもらえて、嬉しくて。頬が熱くなって、笑顔になる。
「これはまた、皇帝は無邪気な娘を寄こしたものね。あなたといい、エウルといい、骨抜きじゃないの」
空気がピリッとした。たしか、西の支族の奥方だ。
「そうだね。耀華公主がこんなに素直な性格じゃなかったら、ここで過ごすのは難しかっただろう。
皇帝は素晴らしい子を寄こしてくれた。それだけこの和睦を、成功させたいと思っているということじゃないかと、私は思っているよ」
「……そうかもしれないわね」
曖昧な同意で、奥方は引き下がった。場の空気はもやっとしたままだったけれど、ここのアイルで顔見知りになった何人ものおば様方が、大丈夫だよと言うように笑いかけてくれた。
「ああ、どうも今日は、男達を送り出すのに朝が早かったからね、そろそろ眠たくなってきたね。どうだい、みんな?」
奥方達も同意し、炉のまわりの席を立った。パタラは、一人、また一人と、丁寧に挨拶を交わして送りだす。私もパタラの隣で、笑顔で見送った。
最後に若い侍女達に火の始末を申しつけて、私達も天幕を出た。
待っててくれたエニとマニに、両手でそれぞれ干し肉の欠片をあげ、ぺろぺろと舐めさせながら歩く。護衛の男の人達も一緒だ。
外は暗かった。空には半月。明かりは広場の方にあるのだけで、こちらまでは届かないし、炉の光に慣れた目では、あたりはことさら暗く見えた。
ふいに、すいっと濃い闇が私の横を通り過ぎ、パタラに覆い被さった。あっと思って声をあげようとした瞬間、口をふさがれ、強い力で羽交い締めにされる。
「声をあげたら、パタラ様を殺す。……言ったことが、わかったか?」
私は小さく何度も頷いた。
「おとなしく来てもらおうか」
それにも頷くと、天幕群とは反対の方へ引きずられていった。人々の気配が遠くなったところでようやく立ち止まり、口に布を詰め込まれた。両側から後ろへと残りの布がまわされていく。
それでも、エニとマニがうろうろしているだけで、吠えない。……知っている人達なのだ。それに心臓がドッと嫌な音をたてて強く打った。
――私を傷つけようとする人は、いつも、エウルの仲間の中にいる。
知っている。エウルもパタラも詳しくは教えてくれないけれど、忌まわしいものを見る目つきで私を見ている人はたくさんいる。
帝国でだって、閻の人達のことを、角の生えた獣みたいな人達だと蔑んでいた。実際はぜんぜん違うのに。それと同じで、こちらでも帝国のことをよく思っていない。……ただ、それを直接私にぶつけたりしないように、エウルやパタラが守ってくれていただけで。
今度こそ殺されるのかもしれない。
怖くて怖くてたまらなかった。体が小刻みに震えて、ぜんぜん動けない。
目の前の闇はどこまでも深く、どんなに目をこらしても何も見えなかった。まるで、光の届かない異界へ連れて行かれようとしているみたいだ。
頭の後ろで、ぎゅっと布が締められた。布が口の横に食い込み、痛くて苦しい。結んでいるのだろう、そのたびにぐらぐらと頭が揺すられ、暗さも相まって平衡感覚がなくなる。
そこへ突然、何の前触れもなく体が横に引っぱられ、草原へと投げ出された。
「エニ、マニ、公主を守れ!」
聞いたことのある声だった。誰かが、私と私を捕まえようとしていた人達の間に入って、立ち塞がる。私は痛みも忘れて、呆然とどこからか急に現れた人影を見上げた。
「……スレイなのか」
「そうだよ、父さん。頼むから、もうやめてくれ。今ならまだ間に合う」
あっ。そうだ。スレイの声だ! エウルの友人。あの件以来、ずっと姿を見なくなった人。どうしてその人が、ここに現れたのかわからなかった。
「なあ、スレイ、なにもその娘を殺そうとは思っていないのだ。エウル様は、その娘を『定めの伴侶』と呼んだ。それを疑ってはいない。不運なことではあるが、真にそうであるのだろう。定めの伴侶であるその娘を殺せば、エウル様は正気をなくされるだろう。そんなことにはできない。
だが、竜の血に連なる女などが傍に居ては、あの方は王位に就けないのだ。
だから、ただ引き離すだけだ。私達が責任を持って、健やかに過ごせるよう取りはからう。
それにもしかしたら、エウル様のお子を宿しているかもしれないしな。表舞台には出してさしあげられないが、お子も我々で大切にお育てするつもりだ。
スレイ、エウル様のあの力を、おまえも目の当たりにしただろう。あの圧倒的な、人を従えるロムランの力。エウル様こそ、次の王になるにふさわしい方だ。それを、一番傍にいたおまえこそ、わかっているのではないか?」
エニとマニに寄り添われ、はっとした。ぼんやりと聞いている場合じゃない。そろそろと立ち上がる。
二人の会話が気になったが、早口で難しい単語が混ざっていて、半分ほどわからなかった。
そんなものに、今はかかずらっている場合ではない。どちらに逃げればいいのだろう。前へ行けば、エウルがいる広場だ。けれど、少なくとも敵は二人はいて、月光に刃物がきらめいていた。
パタラの姿は見えなかった。……今は、探すのは無理だ。それにたとえ見つけられたとしても、私では助けられない。
後ろは、深い深い闇だった。そちらへ向かって、静かに後退る。闇の中にまぎれてやり過ごすしか、逃げる方法を思いつけなかった。
「母さんは縛りあげて馬車に入れてある。馬を繋ぐ革紐は切り落とした。馬車では逃げられないよ」
「さすが我が息子と褒めるべきか。愚かなことをしおって。せめてもの親心であったものを。……だが、そうか、レイナは縛られているか」
ふっと緊張がゆるんで、スレイが父さんと呼んだ男が剣を引いた。
「耀華公主」
呼びかけられて、あやうく悲鳴をあげそうになった。頭を押さえてうずくまる。
「それ以上あまり動かれるな。……もうすぐエウル様がいらっしゃる。あまり上手に隠れては、見つけだすのに骨が折れましょうから」
……何を言っているのだろう?
その時だった。
「誰も動くな!」
大音声が響き渡った。内側から体を握られたみたいになって、ぴくりとも動けなくなる。息さえうまくできない。動くな、とは、そういうこと、だから。
エウルの命令だと、わかっていた。だから怖くなかった。逆らおうなんて思わない。でも、どんどん苦しくてたまらなくなってくる。
「耀華公主を傷つけるな!」
次の命令が来て、すうっと大きく鼻から息を吸った。猿轡があんまり苦しくて、後ろ頭の結び目を探し、ほどこうと試みる。意外にも蝶結びになっていて、垂れ下がった端を急いで引っぱった。猿轡を投げ捨て、ハアハアと何度も肩で息をした。
「耀華公主を無事なまま俺の前に連れてこい!」
内側から握る力が強くなり、ぎりぎりと締め付けられて、心が悲鳴をあげる。
ああ、エウルの願いを叶えなきゃ。そうしなければ、壊される。早く彼の許に行かなくちゃ……。
「耀華公主、大丈夫ですか、動けますか」
スレイが振り返って聞いた。
「……はい。はい、大丈夫」
よろよろと前へ進む。
「あの馬鹿、やりすぎだ」
スレイの悪態が聞こえた。
天幕群で次々と松明の光が増えて、あふれだす。私達はそちらへ向かって歩きだした。
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