掌編アラカルト

伊簑木サイ

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へたれ風味な彼と食いしん坊な彼女の帰り道

トリック オア トリート

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 彼女のおなかが、くう、と鳴った。
 彼女は制服のポケットというポケットを上からぽんぽんと叩いてまわり、目当ての物が見つからなかったのか、つまらなそうに唇を尖らすと、次に鞄を開けて、中をがさごそとあさりはじめた。

 やがて、某アミューズメントパークのキャラクターがプリントされた袋を探し当てて、中から赤いリボンのついたネズミ娘の耳を取り出した。
 それをおもむろに装着する。

 そして、俺へと向いて、いい笑顔で脅し文句を口にした。
「とりっく、おあ、とりーとっ」

 俺は左のポケットから、キャラメルを一粒取り出した。三日ぐらい前に彼女に貰って、後でと思いつつ、忘れていたやつだ。
 彼女はにこにことそれを受け取って、包装を剥き、すぐに口に放り入れた。

 満足そうな彼女を見ていたら、ふと悪戯な気分になった。
「Trick or Treat」

 彼女が、え、という顔をして振り向く。かと思ったら、慌てて両手で口をふさいだ。手の下では、えらいいきおいで口がむぐむぐと動いている。

 ……取り返すつもりなら、はじめからあげないって。それに、口の中からどうやって取り出すの。
 生温い気持ちになって見守っていると、彼女はごくりと飲み込んで、警戒心丸出しの目つきで牽制してきた。

「背中をつつってやるのだけはやめてね。あれだけは、変な声出ちゃうから」

 ……キスもまだなのに、おかしな知識を無邪気に教えてくれるのはやめてください。
 青少年の健全な妄想が頭の中を流れていくに任せながら、俺は彼女に答えた。

「俺、今日は仮装してないから、また今度ね」
「あ、なんだ、そうか、あはは、焦っちゃった!」

 いや、きっと、もっと焦ったのは、俺だと思う。
 でも、いつか、いたずらじゃなくて、ちゃんと本気で。

 そう思う俺の目の横で、ネズミ耳が、ぴょこりと動いた。
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