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1-ようこそ、世界へ
6.少女、勧誘される。
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翌日、日の出と共に浅い眠りから起きたニチカは頬をぴしゃぴしゃと叩いて辺りを見回した。見慣れぬ部屋、見慣れぬソファ、言葉をしゃべるオオカミ、異世界生活二日目の始まりである。
「うーん、やっぱり夢じゃないのか」
「おはようニチカ。眠れた?」
「何とかね」
のそりと起き上がったウルフィをお供に、昨日見かけた井戸まで顔を洗いに出た。森の中はすがすがしい空気に満ちていて少しだけ気分が晴れる。
井戸を使ったことなんて一度も無かったが、なんとなく直感で桶を井戸に投げ込み滑車を経由して縄を引っ張ってみる。引き上げると冷たく透き通った水が並々と桶に汲まれていた。
少しでも汚れを落とそうと、ハンカチに水を含ませあちこちをふき取る。元の世界から持ってこれたものと言えばこのハンカチとポケットに入っていた飴玉が数個くらいだ。カバンを持っていたはずだが靴と同様に途中で落としてしまったらしい。
「そういえば、私まだあの人の名前を知らないんだけど何て言うの?」
ふと気になったことを聞いてみる。口付けまで交わした相手の名前を知らないなど、考えてみれば奇妙な話だ。そもそもこの世界でのことは数えて良いものだろうか。できれば、ノーカウントでお願いしたい。
「ご主人の名前? うーん言ってもいいのかなぁ」
「どういうこと?」
「えっとね、えっとね、名前はその人をそこに現すためにとっても大事な要素なんだって。だからね、本当の名前はめったなことじゃ教えちゃいけないんだってご主人いってた」
そういうものなのかと思った少女は、次の言葉で口に含んだ水を噴き出しそうになった。
「チカラのある魔女なら、名前さえあれば呪い殺すことだってできるって言ってたよ」
「ウソでしょ!?」
名乗った。昨日自分の本名をしっかりあの男に名乗ってしまった。つまり自分の命はすでにヤツの手の中にあるも同然なのだろうか。
「ぎ、偽名でも使えっていうの……」
「朝から騒がしいヤツらだな」
「ひぃっ」
後ろから低い声が聞こえてはじかれたように振り返る。男は半分閉じた目で扉に寄りかかっていた。まずい、今からでも印象を良くしておかなければ。呪い殺されてはたまらない。
「おっ、おはようございます! 爽やかな良い朝ですね!」
「……判りやすいヤツだなお前」
ふぁぁとあくびをしながら井戸によってきた男は、顔を洗うため身を乗り出した。今日は眼鏡をかけておらず素顔だ。そこまで目が悪くは無いのだろうか?
ニチカが使っていた桶を引き寄せた彼は、それを無造作に放り込みながら頭を掻いた。
「なんかもうめんどくさくなった。街まで送ってやるから仕度しておけよ。一時間で出発する」
「えっ」
このまま見逃して貰えるのかという嬉しさと、事情も何も分からぬまま放り出されるのかという複雑な思いが駆け巡る。もしかして変な薔薇に寄生された自分を厄介払いしようとしてるのでは。
「あ、あのっ」
何とかならないものかと、せめて靴を一足恵んでくれないかと男の背中に呼びかけた
その時だった
「はっろぉぉぉ!!! オズちゃぁぁんっ」
「ぶっ!?」
突然ハイテンションな叫び声と共に、男の背中めがけて何かが突っ込んでくる。背中に激突された男は、当然ながら井戸へとまっ逆さまに落ちていった。しばらくしてボチャンという水音が聞こえてくる。
「ひっ……!?」
「あら? 消えたわね」
空から飛来したのは『これぞ魔女です』とでも言わんばかりの格好をした女だった。黒いトンガリ帽子に少々丈の短い黒のミニドレス。お決まりのホウキには死ぬほど荷物がくくりつけられている。
地面を擦るようにホウキから降りた彼女は、豪奢な金の髪を掻き上げ緑の目を考えあぐねるように細めた。
「いやだ、オズちゃんてばついに空間転移の図式でも完成させちゃったわけ? そうなったらこっちは商売上がったりじゃない、どうしてくれようかしら」
「え、えっと……」
逃げ出すか話しかけるか迷っていると、気配に気づいたのか金髪の魔女がくるりと振り向いた。そのエメラルドのような瞳がみるみる内に輝いていく。
「いやぁー! かわいーっ!! えっ、なにあなた、どこから来たの? もしかしてオズちゃんのカノジョ? ねぇねぇ」
「違いますっ」
そこだけは全力で否定したかった。特に昨晩あんなことがあった後では。
そこに衝撃でふっ飛ばされていたウルフィがトコトコと寄ってきて、嬉しそうに魔女に大きな体をこすり付けた。
「シャルロッテさーん、いらっしゃーい」
「おはようウルちゃん。元気ぃ?」
「元気だよぉ~、えへへ」
なるほど、これがウワサの空から来るというシャルロッテさんか。
そう納得していると、井戸の底からずぶぬれになった妖怪、もとい男、もといオズと言うらしい男が這いあがってきた。
「シャルーッ!! てめぇどういう登場の仕方しやがるっ」
「あら、井戸から出てくるなんて水の精霊にでも弟子入りしたの?」
「それは本気で言ってるのか?!」
男は完全に眠気が吹き飛んだようだった。というかよく生きてるな。
この世界の人たちは皆こんな感じなのだろうか、とニチカが微妙に引いていると、ワウッと一声吠えたウルフィが紹介をしてくれた。
「ニチカ、この人が昨日いってたシャルロッテさんだよ。この人もご主人と同じく魔女だけど、空を飛ぶのが好きで宅配のお仕事をしてるんだ」
「はぁいニチカちゃん初めまして。ご用命があったら引き受けるわよ、あなたみたいに可愛い女の子なら格安で引き受けるから!」
「は、はぁ」
ずいっと迫られ両手を握られる。やけに目が熱っぽいのは気のせいだろうか。
「っていうかマジでこのまま浚って行きたい衝動に駆られるわね……ハァハァ。ねぇアタシに弟子入りする気ない?」
「いえ私はっ!」
「うーん、やっぱり夢じゃないのか」
「おはようニチカ。眠れた?」
「何とかね」
のそりと起き上がったウルフィをお供に、昨日見かけた井戸まで顔を洗いに出た。森の中はすがすがしい空気に満ちていて少しだけ気分が晴れる。
井戸を使ったことなんて一度も無かったが、なんとなく直感で桶を井戸に投げ込み滑車を経由して縄を引っ張ってみる。引き上げると冷たく透き通った水が並々と桶に汲まれていた。
少しでも汚れを落とそうと、ハンカチに水を含ませあちこちをふき取る。元の世界から持ってこれたものと言えばこのハンカチとポケットに入っていた飴玉が数個くらいだ。カバンを持っていたはずだが靴と同様に途中で落としてしまったらしい。
「そういえば、私まだあの人の名前を知らないんだけど何て言うの?」
ふと気になったことを聞いてみる。口付けまで交わした相手の名前を知らないなど、考えてみれば奇妙な話だ。そもそもこの世界でのことは数えて良いものだろうか。できれば、ノーカウントでお願いしたい。
「ご主人の名前? うーん言ってもいいのかなぁ」
「どういうこと?」
「えっとね、えっとね、名前はその人をそこに現すためにとっても大事な要素なんだって。だからね、本当の名前はめったなことじゃ教えちゃいけないんだってご主人いってた」
そういうものなのかと思った少女は、次の言葉で口に含んだ水を噴き出しそうになった。
「チカラのある魔女なら、名前さえあれば呪い殺すことだってできるって言ってたよ」
「ウソでしょ!?」
名乗った。昨日自分の本名をしっかりあの男に名乗ってしまった。つまり自分の命はすでにヤツの手の中にあるも同然なのだろうか。
「ぎ、偽名でも使えっていうの……」
「朝から騒がしいヤツらだな」
「ひぃっ」
後ろから低い声が聞こえてはじかれたように振り返る。男は半分閉じた目で扉に寄りかかっていた。まずい、今からでも印象を良くしておかなければ。呪い殺されてはたまらない。
「おっ、おはようございます! 爽やかな良い朝ですね!」
「……判りやすいヤツだなお前」
ふぁぁとあくびをしながら井戸によってきた男は、顔を洗うため身を乗り出した。今日は眼鏡をかけておらず素顔だ。そこまで目が悪くは無いのだろうか?
ニチカが使っていた桶を引き寄せた彼は、それを無造作に放り込みながら頭を掻いた。
「なんかもうめんどくさくなった。街まで送ってやるから仕度しておけよ。一時間で出発する」
「えっ」
このまま見逃して貰えるのかという嬉しさと、事情も何も分からぬまま放り出されるのかという複雑な思いが駆け巡る。もしかして変な薔薇に寄生された自分を厄介払いしようとしてるのでは。
「あ、あのっ」
何とかならないものかと、せめて靴を一足恵んでくれないかと男の背中に呼びかけた
その時だった
「はっろぉぉぉ!!! オズちゃぁぁんっ」
「ぶっ!?」
突然ハイテンションな叫び声と共に、男の背中めがけて何かが突っ込んでくる。背中に激突された男は、当然ながら井戸へとまっ逆さまに落ちていった。しばらくしてボチャンという水音が聞こえてくる。
「ひっ……!?」
「あら? 消えたわね」
空から飛来したのは『これぞ魔女です』とでも言わんばかりの格好をした女だった。黒いトンガリ帽子に少々丈の短い黒のミニドレス。お決まりのホウキには死ぬほど荷物がくくりつけられている。
地面を擦るようにホウキから降りた彼女は、豪奢な金の髪を掻き上げ緑の目を考えあぐねるように細めた。
「いやだ、オズちゃんてばついに空間転移の図式でも完成させちゃったわけ? そうなったらこっちは商売上がったりじゃない、どうしてくれようかしら」
「え、えっと……」
逃げ出すか話しかけるか迷っていると、気配に気づいたのか金髪の魔女がくるりと振り向いた。そのエメラルドのような瞳がみるみる内に輝いていく。
「いやぁー! かわいーっ!! えっ、なにあなた、どこから来たの? もしかしてオズちゃんのカノジョ? ねぇねぇ」
「違いますっ」
そこだけは全力で否定したかった。特に昨晩あんなことがあった後では。
そこに衝撃でふっ飛ばされていたウルフィがトコトコと寄ってきて、嬉しそうに魔女に大きな体をこすり付けた。
「シャルロッテさーん、いらっしゃーい」
「おはようウルちゃん。元気ぃ?」
「元気だよぉ~、えへへ」
なるほど、これがウワサの空から来るというシャルロッテさんか。
そう納得していると、井戸の底からずぶぬれになった妖怪、もとい男、もといオズと言うらしい男が這いあがってきた。
「シャルーッ!! てめぇどういう登場の仕方しやがるっ」
「あら、井戸から出てくるなんて水の精霊にでも弟子入りしたの?」
「それは本気で言ってるのか?!」
男は完全に眠気が吹き飛んだようだった。というかよく生きてるな。
この世界の人たちは皆こんな感じなのだろうか、とニチカが微妙に引いていると、ワウッと一声吠えたウルフィが紹介をしてくれた。
「ニチカ、この人が昨日いってたシャルロッテさんだよ。この人もご主人と同じく魔女だけど、空を飛ぶのが好きで宅配のお仕事をしてるんだ」
「はぁいニチカちゃん初めまして。ご用命があったら引き受けるわよ、あなたみたいに可愛い女の子なら格安で引き受けるから!」
「は、はぁ」
ずいっと迫られ両手を握られる。やけに目が熱っぽいのは気のせいだろうか。
「っていうかマジでこのまま浚って行きたい衝動に駆られるわね……ハァハァ。ねぇアタシに弟子入りする気ない?」
「いえ私はっ!」
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