ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

文字の大きさ
16 / 156
2-港町シーサイドブルー

16.少女、拘束される。

しおりを挟む
 駆け出そうとしたニチカは突然響いた声にギクリと動きを止める。岩影から現れたのは相変わらず仏頂面をした師匠だった。

「お、オズワルド。奇遇ね、こんな、とこで会う、ナンテ」
「何が奇遇だアホ弟子め、だれが悪魔みたいな男だって?」

 冷や汗をかきながら後ずさりする。どこから聞いてたこの男。
 固まる弟子などお構いなしに、オズワルドは巨大なホウェールを一瞥するとフンと鼻をならした。

「やはりここに居たか。職場放棄してないでさっさと仕事に戻れ。早くしないとクスリぶち込むぞ」
「待って! ホウェールは妊娠してるの、赤ちゃんを守るために姿を隠したのよ!」

 ここに来て新たに発覚した事実を伝えようとするのだが、対峙する男は冷たい眼差しのまま淡々と言い放った。

「だからどうした」
「んなっ……」
「ガキが出来ようが流れようが、仕事を全うするのが旅客機としての使命だろうが」
「なんだと!」

 いきりたったミームが立ち上がる。だがオズワルドはそちらに一瞥くれると軽蔑したかのような視線を向けた。

「ホウェールのライダーか。お前、そこのデカブツが抜けた穴を誰が埋めているのか知っているのか? 大型旅客機が輸送できなかった分を、残された小型旅客機が必死になって運んでいるんだ。夜も寝ずに。朝から晩まで。過労で倒れた機体も出始めている」
「……」
「このままいくと死人が出るな。それもこれも生まれてくるか分からんガキを優先したお前らのせい――」
「やめてよ!」

 溜まりかねたニチカが金切り声を上げる。どうしてこの男はこんな酷いことしか言えないのだろう。

「ひどいわ、生まれてくる命を尊重して何が悪いの?」
「はっ、お得意の無知が出たなニチカ。旅客機なんぞ人間側の都合でいくらでも増やせる。ただのエゴで作られたにすぎないんだよ、そのガキは」
「……」
「ど、どういうこと?」

 降り向けばミームは気まずそうな顔でうつむいていた。オズワルドが皮肉ったような笑顔のまま続ける。

「劣悪な環境に不満を持ったライダーが今回のことを仕込んだのだろう。逃げ出す大義名分のためにホウェールにガキを作らせたのさ。『それなら逃げ出しても仕方ない』と自分を正当化する為にな。お前はそれにまんまと引っかかったというわけだ」
「……ちがう」
「良かったな思わぬ休暇が取れて」
「違うッ!!」

 ミームの金切り声が洞窟に反響して消える。感情が高ぶったせいか熱をはらんだ目を爛々と光らせながら彼女は否定した。

「マリアに子供が出来たのはホントに偶然なんだ。アタシが仕組んだわけじゃない!」
「……」

 無言のまま見つめるオズワルドの視線に耐えかねたのか、わなわなと次第に震え出す彼女の目から涙がブワッと噴き出す。

「……でも、これで逃げ出せるって思ったのは……その通りかも、しれない」

 膝から崩れ落ちた彼女は消え入りそうな声でつぶやいた。

「マリアごめん、アタシ最低だ……」
「ミーム……」

 誰も、何もしゃべらない。あのおしゃべりなウルフィでさえ毛一本動かさずに立ちすくむ。

 その空気を破ったのは、ドヤドヤと入り込んで来た黒服の集団だった。

「居たぞ!」
「ゴラムさん、こちらです足元に気をつけて」

「なっ、なに?」

 驚くニチカの視界にその人物が入ってくる。はち切れそうな体型を趣味の悪い縦じまの黄色いスーツで包んだ見覚えのある男だ。革靴で足元の小石を蹴散らかしながらフゥフゥと息を切らしている。

「やれやれようやく見つけたぞ。なんだって護衛を雇ってまでこんな所まで来なくてはならんのだ」

 今回の事の発端であるゴラム社長の登場にミームがビクリと反応する。仕事の依頼主という関係であるオズワルドが朗らかに両手を広げてその一行を出迎えた。

「ご足労をおかけして申し訳ありません。社長自らの目で確かめて頂こうと思いまして。御社のホウェールはこちらでお間違いありませんか?」

 その変わり身にニチカは激昂した。一歩詰め寄り噛み付くように問いかける。

「あなたが呼び寄せたの!? この人でなしっ、事情を知ってたのなら――むがっ」

 その口をバシッと押さえつけ、オズワルドは人の悪い笑顔を浮かべた。

「どこぞで無能なひよっこがピーチク喋っているようですがお気になさらず」
「むーっ、むー!!」
「オズワルドくん、君は優秀な魔女だ。それは確かにうちのホウェールに間違いない。さっさと仕事に戻るようにしてくれ」
「仰せのままに」
「むぅっ!?」

 隙をみて反撃しようとした瞬間、オズワルドが出した黒いヒモがニチカの自由を奪う。ぐるぐる巻きにされた彼女は地面に転がされた。

「しばらくそこで見ているんだな、魔女の仕事とはこういう物だ」

 視線でウルフィに助けを求めるも、彼も主人の前とあっては自由に動けないようだ。悲しい顔をして首を横に振られる。

「や、やめろ、くるな」

 近づいてくる影のような男にミームが怯える。オズワルドはその手に注射器のような物を持っていた。

(おねがいだよ、マリアは本当に子供を大切に思ってるんだ。産ませてあげてよ、ねぇ)
「……」
(頼むから!)
「なんだ? 何を喚いている?」

 小声での必死の懇願に、マリアの妊娠を知らないゴラムが口を挟む。スッと目を細めた男は感情を滲ませない声でそっけなく答えた。

「さぁ、私には理解できかねます」
「ならばさっさとやってしまえ! ふひゃひゃひゃひゃこれで営業再開だ!」

 欲望のままにゴラムは高笑いをする。黄色い歯をむき出しにしてニタリと笑う様は思わず目を背けたくなるものだった。

「貴様らには散々迷惑をかけられたからなぁ、ガッツリ働いてもらうぞぉ!」
「や……いやだ」

 オズワルドの洗脳薬の針があと数センチに迫る。その時、ムリヤリもがいて猿ぐつわを外したニチカが切り裂くように叫んだ。

「やめてよ!」
「!」

 パリッと手元に小さな電流が発生し、驚いたオズワルドが注射器を取り落とす。振り向いた彼は冷たい視線を床に転がされている弟子に向けた。

「俺の邪魔をする気か?」

 ニチカはその目を真正面から見つめ返した。迷いのないまっすぐな瞳が金色に変色している。しばらくしてゆっくりと、だが迷いなく言葉を紡いだ。

「たとえ口が悪くて根性ひねくれてても、何も知らない私を助けてくれたのはあなただった」
「……」
「信じたいっていうのは、間違い?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...