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2-港町シーサイドブルー
18.少女、襲われる。
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次にニチカが目を覚ましたのは、昨晩も泊まった宿の一室だった。窓に引かれたカーテンが翻り、朝の光をゆるやかに部屋の床の上で躍らせている。
まだぼんやりとする意識の中で身体を起こすと、タイミングよく茶髪の少年が瞳を輝かせながら飛び込んできた。
「ニチカ~~おはよう! 大丈夫? 痛いところない?」
彼は頭の上に抱えたタライをひっくり返しそうになりながらもサイドボードの上に置く。鼻歌を歌いながら布をその熱い湯の中にくぐらせ固く搾り、これで身体を拭くといいよと差し出してくれる。ありがたく受け取りながらも、ニチカは状況を理解できずにいた。
「ウルフィ? あれ、私……」
「出発は今日に決まったよ! 目を覚ましてよかった!」
そういってウルフィは窓を開け放つ。飛び込んできた光景に少女は歓声をあげた。
「うわぁぁ……!」
吸い込まれそうな青い空をバックに視界を埋めつくほどの旅客機が飛んでいる。その中にひときわ巨大なクジラの姿を認めて少女は窓に駆け寄った。
「あれ、もしかしてマリア!?」
さらによく目をこらしてみると、その傍らに小さなクジラが五匹飛び回っているのも見える。やんちゃな子クジラたちはマリアの周りを楽しそうに泳いでいた。
「産まれたんだ、よかった」
ところがそこでふと時間の経過に疑問を抱く。いつマリアは出産して、あの洞窟から出てきたのだろうか?
「ちょっと待って、私どれくらい眠って……」
「ようやく起きたか、バカ弟子め」
不機嫌極まりない声が室内に響く。振り向けばドアにもたれて腕を組むオズワルドがこちらを睨んでいた。嫌な予感がしながらも、ぎこちなく挨拶をする。
「お、おはよ」
「二日だぞ二日。お前が寝てる間にムダに浪費した時間と金をどうしてくれる」
ツカツカと寄ってきた男のセリフに目を丸くする。一度も起きなかったとは、相当深い眠りだったのか。
「私、そんなに眠ってたの?」
「それだけじゃない、今回の仕事をぜんぶチャラにしやがって、この落とし前は必ずつけて貰うからな」
「うわっ」
額をこづかれてベッドに押し戻される。身体を起こす間もなくオズワルドは宣言した。
「もうこの街に用はない。三十分後に出立だ、遅れたやつは置いていく」
「アイサーッ」
「さっ、さんじゅっぷんんん!? ちょっと待ってよ、まだ着替えとかっ、あと身体も洗いたいし!」
「さっさとしろ」
「ひぃぃ!!」
なんとか半刻で身支度を済ませたニチカは旅用のリュックを背に崖の港に立っていた。ちょうど戻ってきた大型旅客機ホウェールが一行の姿を見つけて寄ってくる。グッと寄港すると身を乗り出すようにこちらを見下ろしてくる影が甲板に現れた。ゴーグルを頭の上に押し上げた彼女は良く通る声を張り上げる。
「ニチカ! 目が覚めたのか?」
「うん、心配かけてごめんね」
ミームは晴れ晴れとした表情でタラップも使わずマリアの上から跳び降りて来た。軽やかに着地する彼女に微笑み、ニチカは辺りの活気の良さを見回す。
「もうすっかり順調みたいだね、赤ちゃんも無事に産まれたみたいで良かった」
「まさか五頭も産まれるとは思わなかったよ、これから忙しくなりそうだ」
ミームは困ったように頬を掻きながらもどこか嬉しそうな顔をする。丘の上のホウェール航空会社の建物を仰ぎ見ると穏やかに話し出した。
「実はさ、社員全員で話し合って、会社を解散して自由営業の形にしようって決めたんだ。言わば航空組合、ギルドみたいなものだね」
運賃の最低ラインは皆で話し合って決めるが、運行本数は各個人の自由。差別化を出すため特急サービスや空の上での食事を付けるといった試みも出始めているらしい。すりよってきた子クジラをなでてやりながら彼女は幸せそうに笑った。
「これならみんなが自分のペースで仕事ができる。海のルートも再開されたみたいだし、過労死する旅客機が出ることはなくなると思うよ」
「そっか、良かった!」
「クソ、報酬の請求先を会社にするんじゃなかった。さすがに解散するとは思わないだろ……」
なにやらブツブツいっているオズワルドを横に少女二人は笑いあう。一人離れたウルフィはまた美味しそうな匂いに惹かれ屋台へと走っていくところだった。
***
「それじゃ出発するよ! ちょっと揺れるからしっかり掴まってて!」
他の乗客と共にマリアの背中に乗車した一行は、海の町シーサイドブルーからようやく出立した。その広いデッキの手すりに掴まりながら、ニチカはぐんぐん離れる地面に目を見開く。
「ふわぁぁ……」
ホウェールの甲板は船と似ているが、揺れはずっと少なくスムーズだ。空飛ぶクジラの背に乗れるだなんて、この世界に来なければ絶対にできない体験だったに違いない。
(そう考えると、すごく貴重な体験をしてるのかも)
さわやかな風が髪をもてあそんでは流れていく。オオカミの姿に戻ったウルフィが甲板で子クジラとじゃれあっているのを見てクスリと笑う。真っ白な小鳥が数羽、仲良く頭上を飛んでいった。
しばらくデッキを移動しては南の真っ青な海を見つめ、北に回っては白くそびえる山々などを興味深々にみつめていると、背後から声があがる。
「よくもまぁ、飽きもせずに見てるものだ。落ちても知らんぞ」
振り向けば先ほどまでデッキチェアに腰掛け寝ていたはずのオズワルドが眠たそうな顔を向けていた。少女は満面の笑みを浮かべ向き直る。
「ねぇオズワルド、今さらだけどミームたちのこと助けてくれてありがとう」
きっとあの調査結果も別れた後に単独で調べてくれたに違いない。極悪非道な利益主義者だと思っていたが、まったく救いようがないと言うわけでもなさそうだ。
ところが素直にお礼をいったつもりだったのに、男はひねくれた答えを返してきた。
「何を勘違いしているんだか……この先ずっとお前に厭味を言われ続けるのは面倒だと判断しただけだ」
「もう、素直じゃないんだから」
ゆるむ頬を抑えきれずにいると次第に男の眉間の皺が深くなっていく。また言い争いに発展する前にと、少女は話題を変えることにした。
「あー、えっと……これからどこに向かうの? あの白い山の方?」
遥か遠く、海を越えた先に連なる山を見た男は、少しだけ表情を曇らせ違う方角を向いた。爽やかな海風がその黒髪とマントを翻らせる。
「いや、今から向かうのは『桜花国』だ」
「オーカ国?」
「あそこなら魔女協会に追われることなく調べ物ができるだろう、さて俺はもう少し寝る」
「あ、ちょっと」
本当に行ってしまう彼にニチカは頬をふくらませた。誰に言うとでもなく一人空しく愚痴をこぼす。
「もう少し説明してくれたっていいじゃない、仮にも私の師匠じゃないの? 魔女らしいことも一つも教えてくれないし」
そこまで言って思い出すのはあの洞窟での戦闘だった。師匠に操られていたとは言え、この手から生み出したのは確かに熱量を持った炎で、幻覚でもなければ手品でもなかった。
「あれどうやったんだろう、私ひとりでもできるのかな」
目が覚めた時にはもう、頭の青い髪飾りは取り外されていた。あれでオズワルドと繋がっていなければ魔法は使えないのだろうか?
「うぅん、まだまだ謎が多い」
桜花国とやらについたらそこらへんも追求してみようと思ったときだった。ふと重たい羽音を聞いたような気がして頭上を振り仰ぐ。キラリと光が反射したかと思うと一枚の羽根が手の中に滑り込んできた。自然の物とは思えないほど美しい金色だ。
「……?」
再び影が過ぎり、もう一度ジィっと空を観察する。まぶしい太陽の中に黒い点のようなものが見えた気がして一度瞬く。そしてそれは徐々に大きくなっていき――
「えっ」
一直線にこちらに向かって飛んできたのは、金色の翼を生やした男だった。
「ニチカくううううん!!!」
「きゃぁぁあっ!?」
両手を広げた彼に文字通りダイレクトアタックされる。甲板をごろごろと転げまわったニチカは、何がなんだかわからない内に抱きつかれていた。
「あぁ、やっと見つけた愛しのマイハニー! スイートラブ!」
「きゃー!! きゃあああ!」
押し倒され所かまわずちゅっちゅとキスされる。ひたすら叫んで押し返そうとするも金髪の男は吸い付きダコのように離れなかった。グググとその顔面を掴みながら何とか問いかける。
「あなた誰!?」
「さぁ、私と共に行こうニチカくん! もうこんな穢れた世界をさまよう必要などないのだよ!」
「だから誰なのーっ!!」
その騒ぎに甲板にいた乗客たちが何事かと遠巻きに見守る。ニチカは涙目になりながら叫び続けた。
「いい加減はなれっ――ちょっ、変なトコさわらないでよ!」
「寂しかったろう辛かったろう、安心したまえ、私が海よりも深い愛で癒してやろう」
サワサワと太ももを擦(さす)られ悪寒が走る。すぅっと息を吸い込んだ少女は再度助けを求めて大声を上げた。
「誰か助けてーっ!!!」
まだぼんやりとする意識の中で身体を起こすと、タイミングよく茶髪の少年が瞳を輝かせながら飛び込んできた。
「ニチカ~~おはよう! 大丈夫? 痛いところない?」
彼は頭の上に抱えたタライをひっくり返しそうになりながらもサイドボードの上に置く。鼻歌を歌いながら布をその熱い湯の中にくぐらせ固く搾り、これで身体を拭くといいよと差し出してくれる。ありがたく受け取りながらも、ニチカは状況を理解できずにいた。
「ウルフィ? あれ、私……」
「出発は今日に決まったよ! 目を覚ましてよかった!」
そういってウルフィは窓を開け放つ。飛び込んできた光景に少女は歓声をあげた。
「うわぁぁ……!」
吸い込まれそうな青い空をバックに視界を埋めつくほどの旅客機が飛んでいる。その中にひときわ巨大なクジラの姿を認めて少女は窓に駆け寄った。
「あれ、もしかしてマリア!?」
さらによく目をこらしてみると、その傍らに小さなクジラが五匹飛び回っているのも見える。やんちゃな子クジラたちはマリアの周りを楽しそうに泳いでいた。
「産まれたんだ、よかった」
ところがそこでふと時間の経過に疑問を抱く。いつマリアは出産して、あの洞窟から出てきたのだろうか?
「ちょっと待って、私どれくらい眠って……」
「ようやく起きたか、バカ弟子め」
不機嫌極まりない声が室内に響く。振り向けばドアにもたれて腕を組むオズワルドがこちらを睨んでいた。嫌な予感がしながらも、ぎこちなく挨拶をする。
「お、おはよ」
「二日だぞ二日。お前が寝てる間にムダに浪費した時間と金をどうしてくれる」
ツカツカと寄ってきた男のセリフに目を丸くする。一度も起きなかったとは、相当深い眠りだったのか。
「私、そんなに眠ってたの?」
「それだけじゃない、今回の仕事をぜんぶチャラにしやがって、この落とし前は必ずつけて貰うからな」
「うわっ」
額をこづかれてベッドに押し戻される。身体を起こす間もなくオズワルドは宣言した。
「もうこの街に用はない。三十分後に出立だ、遅れたやつは置いていく」
「アイサーッ」
「さっ、さんじゅっぷんんん!? ちょっと待ってよ、まだ着替えとかっ、あと身体も洗いたいし!」
「さっさとしろ」
「ひぃぃ!!」
なんとか半刻で身支度を済ませたニチカは旅用のリュックを背に崖の港に立っていた。ちょうど戻ってきた大型旅客機ホウェールが一行の姿を見つけて寄ってくる。グッと寄港すると身を乗り出すようにこちらを見下ろしてくる影が甲板に現れた。ゴーグルを頭の上に押し上げた彼女は良く通る声を張り上げる。
「ニチカ! 目が覚めたのか?」
「うん、心配かけてごめんね」
ミームは晴れ晴れとした表情でタラップも使わずマリアの上から跳び降りて来た。軽やかに着地する彼女に微笑み、ニチカは辺りの活気の良さを見回す。
「もうすっかり順調みたいだね、赤ちゃんも無事に産まれたみたいで良かった」
「まさか五頭も産まれるとは思わなかったよ、これから忙しくなりそうだ」
ミームは困ったように頬を掻きながらもどこか嬉しそうな顔をする。丘の上のホウェール航空会社の建物を仰ぎ見ると穏やかに話し出した。
「実はさ、社員全員で話し合って、会社を解散して自由営業の形にしようって決めたんだ。言わば航空組合、ギルドみたいなものだね」
運賃の最低ラインは皆で話し合って決めるが、運行本数は各個人の自由。差別化を出すため特急サービスや空の上での食事を付けるといった試みも出始めているらしい。すりよってきた子クジラをなでてやりながら彼女は幸せそうに笑った。
「これならみんなが自分のペースで仕事ができる。海のルートも再開されたみたいだし、過労死する旅客機が出ることはなくなると思うよ」
「そっか、良かった!」
「クソ、報酬の請求先を会社にするんじゃなかった。さすがに解散するとは思わないだろ……」
なにやらブツブツいっているオズワルドを横に少女二人は笑いあう。一人離れたウルフィはまた美味しそうな匂いに惹かれ屋台へと走っていくところだった。
***
「それじゃ出発するよ! ちょっと揺れるからしっかり掴まってて!」
他の乗客と共にマリアの背中に乗車した一行は、海の町シーサイドブルーからようやく出立した。その広いデッキの手すりに掴まりながら、ニチカはぐんぐん離れる地面に目を見開く。
「ふわぁぁ……」
ホウェールの甲板は船と似ているが、揺れはずっと少なくスムーズだ。空飛ぶクジラの背に乗れるだなんて、この世界に来なければ絶対にできない体験だったに違いない。
(そう考えると、すごく貴重な体験をしてるのかも)
さわやかな風が髪をもてあそんでは流れていく。オオカミの姿に戻ったウルフィが甲板で子クジラとじゃれあっているのを見てクスリと笑う。真っ白な小鳥が数羽、仲良く頭上を飛んでいった。
しばらくデッキを移動しては南の真っ青な海を見つめ、北に回っては白くそびえる山々などを興味深々にみつめていると、背後から声があがる。
「よくもまぁ、飽きもせずに見てるものだ。落ちても知らんぞ」
振り向けば先ほどまでデッキチェアに腰掛け寝ていたはずのオズワルドが眠たそうな顔を向けていた。少女は満面の笑みを浮かべ向き直る。
「ねぇオズワルド、今さらだけどミームたちのこと助けてくれてありがとう」
きっとあの調査結果も別れた後に単独で調べてくれたに違いない。極悪非道な利益主義者だと思っていたが、まったく救いようがないと言うわけでもなさそうだ。
ところが素直にお礼をいったつもりだったのに、男はひねくれた答えを返してきた。
「何を勘違いしているんだか……この先ずっとお前に厭味を言われ続けるのは面倒だと判断しただけだ」
「もう、素直じゃないんだから」
ゆるむ頬を抑えきれずにいると次第に男の眉間の皺が深くなっていく。また言い争いに発展する前にと、少女は話題を変えることにした。
「あー、えっと……これからどこに向かうの? あの白い山の方?」
遥か遠く、海を越えた先に連なる山を見た男は、少しだけ表情を曇らせ違う方角を向いた。爽やかな海風がその黒髪とマントを翻らせる。
「いや、今から向かうのは『桜花国』だ」
「オーカ国?」
「あそこなら魔女協会に追われることなく調べ物ができるだろう、さて俺はもう少し寝る」
「あ、ちょっと」
本当に行ってしまう彼にニチカは頬をふくらませた。誰に言うとでもなく一人空しく愚痴をこぼす。
「もう少し説明してくれたっていいじゃない、仮にも私の師匠じゃないの? 魔女らしいことも一つも教えてくれないし」
そこまで言って思い出すのはあの洞窟での戦闘だった。師匠に操られていたとは言え、この手から生み出したのは確かに熱量を持った炎で、幻覚でもなければ手品でもなかった。
「あれどうやったんだろう、私ひとりでもできるのかな」
目が覚めた時にはもう、頭の青い髪飾りは取り外されていた。あれでオズワルドと繋がっていなければ魔法は使えないのだろうか?
「うぅん、まだまだ謎が多い」
桜花国とやらについたらそこらへんも追求してみようと思ったときだった。ふと重たい羽音を聞いたような気がして頭上を振り仰ぐ。キラリと光が反射したかと思うと一枚の羽根が手の中に滑り込んできた。自然の物とは思えないほど美しい金色だ。
「……?」
再び影が過ぎり、もう一度ジィっと空を観察する。まぶしい太陽の中に黒い点のようなものが見えた気がして一度瞬く。そしてそれは徐々に大きくなっていき――
「えっ」
一直線にこちらに向かって飛んできたのは、金色の翼を生やした男だった。
「ニチカくううううん!!!」
「きゃぁぁあっ!?」
両手を広げた彼に文字通りダイレクトアタックされる。甲板をごろごろと転げまわったニチカは、何がなんだかわからない内に抱きつかれていた。
「あぁ、やっと見つけた愛しのマイハニー! スイートラブ!」
「きゃー!! きゃあああ!」
押し倒され所かまわずちゅっちゅとキスされる。ひたすら叫んで押し返そうとするも金髪の男は吸い付きダコのように離れなかった。グググとその顔面を掴みながら何とか問いかける。
「あなた誰!?」
「さぁ、私と共に行こうニチカくん! もうこんな穢れた世界をさまよう必要などないのだよ!」
「だから誰なのーっ!!」
その騒ぎに甲板にいた乗客たちが何事かと遠巻きに見守る。ニチカは涙目になりながら叫び続けた。
「いい加減はなれっ――ちょっ、変なトコさわらないでよ!」
「寂しかったろう辛かったろう、安心したまえ、私が海よりも深い愛で癒してやろう」
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