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幕間2-霧の中で
58.少女、戦慄する。
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「うーん……」
ウルフィを叩き起こし、霧の向こうからこちらに気づいて寄ってきたランバールと合流した一行は再び谷を歩き始めていた。ペタコロンたちが近道を教えてくれたので道のりは順調のはずだったが、ニチカは手元の水晶とにらめっこしながらうなり声をあげていた。
「なんか引っかかるんだよなぁ」
あの紫の花が枯れたあと、核になっていた魔水晶は色を失いくすんだ灰色になった。よく見ると表面に意図的に彫られたようなグニョグニョの傷があるのだが、なぜかそれが気になっていた。割れたものを両手でつなぎ合わせて凝視する。
「???」
「ニチカちゃーん、そんなに真剣になって見てるとすっ転ぶよ」
苦笑しながら言うランバールに、オズワルドのそっけない一言が続く。
「いっそ一度落ちた方が歩くのに集中するかもな」
「落ちないってば!」
「あぁ、もう落ちてたか。学習能力のないヤツだ」
「~~っ!」
本当にもう、人の神経を逆撫ですることにかけては天下一品の男だ。せめて何か言い返してやろうとしたその時、水晶を下から見ていたウルフィが面白そうに言った。
「ねぇねぇ、その傷こっちから見るとなんかの文字みたいだよ」
「え?」
「僕には読めないけど。ご主人だったらわかるんじゃない?」
試しにひっくり返した水晶を三人して覗き込む。言われてみれば、水晶の中の歪みを通して見れば文字のようなものになっていた。つまりニチカは裏側から見ていたらしい。
そしてその言葉を読んだ少女は声が出ないほど驚いた。そんな様子に気づかず師匠が首をひねる。
「……いや、見たことのない文字だな。三文字しかないし解読も難しそうだ」
「オレもわかんないなー、ニチカちゃんは――ニチカちゃん?」
ランバールからの問いかけにも答えず、ニチカはただ水晶を持つ手を震わせていた。彼女には読めた。『たいだ』と、ただそれだけ書かれていた。
問題はそれが日本語で書かれていた事だった。
「なっ、なんで」
これは一体どういうことだ。白いフードの人物が残した持ち物に、どうして日本の文字が使われているのか。文化が近いと思った桜花国ですらお目にかかれなかった日本語に。めまぐるしく思考を働かせようとしたとき、いきなり耳を引っ張られて少女は悲鳴をあげた。
「痛い痛い痛い!」
考えに没頭する前に引き上げたのは、やはりというかオズワルドだった。師匠は少しも悪びれた様子がなく言い放つ。
「一人で考え込む前に説明しないか」
「わかったから痛いってばーっ」
暴力行為で訴えてやろうかと思いながら、ニチカは赤くなった耳をさする。
「私が元いた世界の文字に似てるの、これ」
「なに?」
「まぁ、多分……なんだけど」
ハッキリと断言できないのは、ミミズがのたうち回ったような字だからである。自分が利き手でない方で書いたとしてもこれよりはマシだろうとニチカが考えていると、ランバールが思い出したかのように言った。
「そっか、ニチカちゃんて異世界から召還されてきたんだっけ」
「で、なんて書いてあるんだ」
オズワルドから尋ねられ、少女は再度水晶に目を走らせる。確かめるようにゆっくりと読み上げた。
「たいだ。だと思う」
「怠惰?」
(あれ?)
ニチカはふと、日本語で読み上げたつもりなのにこちらの人に通じたことの不思議さが気になった。ふしぎ……ではあるのだが、何かに気付いた師匠が推察を口にしたのでその疑問はいったん置く事にする。
「ペタコロン共が眠りこけていたのは『怠惰』と言えなくもないな。つまりその掘り込まれた言葉通りなわけだ」
確かに。あの紫水晶が吐き出し続けて居た『もや』が、怠惰を引き起こしていたと言えなくもない。実際、吸い込んだら猛烈に眠くなったのだし。
ここで元居た世界での知識を思い出した少女は、意見を述べてみることにした。ためらいがちに胸の前で小さく挙手をしながら口を開く。
「あのね、ちょっといい? 私の居た世界では『七つの大罪』っていうのがあって、怠惰はその中の一つなの」
「七つの大罪?」
不思議そうに聞き返すウルフィにニチカはうろ覚えな知識を引っ張り出してきた。
「私も小説とかで読んだくらいだから詳しくは覚えてないんだけど、えーとなんだったかな、人の欲望のことで、怠惰でしょ、強欲、色欲、嫉妬……と、あと何があったかな」
しばらく悩むが思い出せない。うなる少女に師匠は言った。
「つまり、今回の『怠惰』以外にもそれぞれの魔水晶が存在してるということか?」
「可能性はあると思う」
こくんと頷いて肯定する。精霊集めを続けてファントムと対峙する以上、これからの旅で衝突することもあるだろう。まだ推測の域を出ないが警戒しておくに越した事はないはずだ。
「七つの大罪、ねぇ。オレはじめてきいたよ」
ランバールが頭の後ろで手を組みながら言う。その言葉にオズワルドが少女の方を振り向いた。
「そのファントムとか名乗った白フード、もしかしたらお前と同郷なんじゃないか」
「えっ」
考えもしなかった意見にニチカは目を見開いた。
「ニホンとか言ったか? こちらにはない言語を使い、七つの大罪なんてものを知っている。ありえなくはない話だろう」
「ファントムが……日本人?」
つまり自分と同じように召還されてきたのだろうか? 誰によって、何のために?
――イニに会ったら伝えておいてよ、僕はまだ君のことを許してなんかいない。これから先も絶対に許すつもりは無いってね
別れ際の声がよみがえる。ユーナの復活を阻止しようと動く少年の出現。ニチカの胸に、言い様のない不安がざわりと泡立った。
ウルフィを叩き起こし、霧の向こうからこちらに気づいて寄ってきたランバールと合流した一行は再び谷を歩き始めていた。ペタコロンたちが近道を教えてくれたので道のりは順調のはずだったが、ニチカは手元の水晶とにらめっこしながらうなり声をあげていた。
「なんか引っかかるんだよなぁ」
あの紫の花が枯れたあと、核になっていた魔水晶は色を失いくすんだ灰色になった。よく見ると表面に意図的に彫られたようなグニョグニョの傷があるのだが、なぜかそれが気になっていた。割れたものを両手でつなぎ合わせて凝視する。
「???」
「ニチカちゃーん、そんなに真剣になって見てるとすっ転ぶよ」
苦笑しながら言うランバールに、オズワルドのそっけない一言が続く。
「いっそ一度落ちた方が歩くのに集中するかもな」
「落ちないってば!」
「あぁ、もう落ちてたか。学習能力のないヤツだ」
「~~っ!」
本当にもう、人の神経を逆撫ですることにかけては天下一品の男だ。せめて何か言い返してやろうとしたその時、水晶を下から見ていたウルフィが面白そうに言った。
「ねぇねぇ、その傷こっちから見るとなんかの文字みたいだよ」
「え?」
「僕には読めないけど。ご主人だったらわかるんじゃない?」
試しにひっくり返した水晶を三人して覗き込む。言われてみれば、水晶の中の歪みを通して見れば文字のようなものになっていた。つまりニチカは裏側から見ていたらしい。
そしてその言葉を読んだ少女は声が出ないほど驚いた。そんな様子に気づかず師匠が首をひねる。
「……いや、見たことのない文字だな。三文字しかないし解読も難しそうだ」
「オレもわかんないなー、ニチカちゃんは――ニチカちゃん?」
ランバールからの問いかけにも答えず、ニチカはただ水晶を持つ手を震わせていた。彼女には読めた。『たいだ』と、ただそれだけ書かれていた。
問題はそれが日本語で書かれていた事だった。
「なっ、なんで」
これは一体どういうことだ。白いフードの人物が残した持ち物に、どうして日本の文字が使われているのか。文化が近いと思った桜花国ですらお目にかかれなかった日本語に。めまぐるしく思考を働かせようとしたとき、いきなり耳を引っ張られて少女は悲鳴をあげた。
「痛い痛い痛い!」
考えに没頭する前に引き上げたのは、やはりというかオズワルドだった。師匠は少しも悪びれた様子がなく言い放つ。
「一人で考え込む前に説明しないか」
「わかったから痛いってばーっ」
暴力行為で訴えてやろうかと思いながら、ニチカは赤くなった耳をさする。
「私が元いた世界の文字に似てるの、これ」
「なに?」
「まぁ、多分……なんだけど」
ハッキリと断言できないのは、ミミズがのたうち回ったような字だからである。自分が利き手でない方で書いたとしてもこれよりはマシだろうとニチカが考えていると、ランバールが思い出したかのように言った。
「そっか、ニチカちゃんて異世界から召還されてきたんだっけ」
「で、なんて書いてあるんだ」
オズワルドから尋ねられ、少女は再度水晶に目を走らせる。確かめるようにゆっくりと読み上げた。
「たいだ。だと思う」
「怠惰?」
(あれ?)
ニチカはふと、日本語で読み上げたつもりなのにこちらの人に通じたことの不思議さが気になった。ふしぎ……ではあるのだが、何かに気付いた師匠が推察を口にしたのでその疑問はいったん置く事にする。
「ペタコロン共が眠りこけていたのは『怠惰』と言えなくもないな。つまりその掘り込まれた言葉通りなわけだ」
確かに。あの紫水晶が吐き出し続けて居た『もや』が、怠惰を引き起こしていたと言えなくもない。実際、吸い込んだら猛烈に眠くなったのだし。
ここで元居た世界での知識を思い出した少女は、意見を述べてみることにした。ためらいがちに胸の前で小さく挙手をしながら口を開く。
「あのね、ちょっといい? 私の居た世界では『七つの大罪』っていうのがあって、怠惰はその中の一つなの」
「七つの大罪?」
不思議そうに聞き返すウルフィにニチカはうろ覚えな知識を引っ張り出してきた。
「私も小説とかで読んだくらいだから詳しくは覚えてないんだけど、えーとなんだったかな、人の欲望のことで、怠惰でしょ、強欲、色欲、嫉妬……と、あと何があったかな」
しばらく悩むが思い出せない。うなる少女に師匠は言った。
「つまり、今回の『怠惰』以外にもそれぞれの魔水晶が存在してるということか?」
「可能性はあると思う」
こくんと頷いて肯定する。精霊集めを続けてファントムと対峙する以上、これからの旅で衝突することもあるだろう。まだ推測の域を出ないが警戒しておくに越した事はないはずだ。
「七つの大罪、ねぇ。オレはじめてきいたよ」
ランバールが頭の後ろで手を組みながら言う。その言葉にオズワルドが少女の方を振り向いた。
「そのファントムとか名乗った白フード、もしかしたらお前と同郷なんじゃないか」
「えっ」
考えもしなかった意見にニチカは目を見開いた。
「ニホンとか言ったか? こちらにはない言語を使い、七つの大罪なんてものを知っている。ありえなくはない話だろう」
「ファントムが……日本人?」
つまり自分と同じように召還されてきたのだろうか? 誰によって、何のために?
――イニに会ったら伝えておいてよ、僕はまだ君のことを許してなんかいない。これから先も絶対に許すつもりは無いってね
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