106 / 156
10-水面にて跳ね空
106.少女、生える。
しおりを挟む
男は己の腕前に絶対の自信を持っていた。
心の内を出さぬよう呼吸を落ち着かせる、この賭場で鍛えた八年は伊達ではない。
手元に配られたカードをチラリとみる。
予定通り前もって『親』に伝えてある通りのカードだ。
どう転んでも役なしにはなり得ない、それでいて不自然ではない程度に強い手札。
すっと流れるように開幕を告げる。
「ビット」
男はいわゆるサクラだった。一般の客のふりをしつつ、場を盛り上げて最終的には店にほんの少しだけプラスになるよう事が運ばせるのが仕事。
端的に言えばイカサマだが、男は罪悪感など微塵も感じていなかった。
どうせこんな観光地にあるようなお気軽でお手軽なカジノなのだ。どんなものかなと興味本位でやってきた客にハラハラドキドキしてもらうだけの。
要はエンターテイナーと一緒だ。劇を見たら代金を支払う、それとなんら変わりはない。
「こ、コール」
右隣に座っていたメガネで黒髪の男が肩を縮こまらせながらか弱く言う。
コイツは気にしなくていい、先ほどからの連戦で大勝負に出れないビビりなのが分かっている。その証拠に手元に残っているチップは賭けられるギリギリの枚数だ。適度に乗せてやれば勝手に降りるはずだ。
「コール」
その向こうから妖艶な声が響く。
視線を向けると豪奢な金の巻き髪を揺らしながら女が優美に微笑んだ。大胆に開けた黒いドレスの胸元が目に入り慌てて視界を逸らす。
こいつだ、コイツがやばい。
先ほどから一進一退繰り返しながらも着実に枚数を増やしている。無邪気にコロコロ笑いながらも腹の内を読ませない今夜一番の強敵だ。
(素人装っちゃいるが、かなり場慣れしてやがる。だが十分に楽しんだろう。こっちも仕事なんでね、そろそろ取り戻させて貰おうか)
ディーラーに目配せをしてサインを送る。ここで勝負に出るぞ。
「3枚くれ」
手元に残したのはハートの5にクラブの5。
新しく来たのは7が3枚。強引にフルハウスが揃う。
同様に隣の男とその向こうの女もカードをドローする。
男は5枚すべて。女は……ゼロ?
(なにっ)
その表情は穏やかな笑みを浮かべていてまるで読めない。
初手で役が揃った? それもかなり自信のある手が?
(いいや焦るな。こちらはフルハウス、負ける可能性があるとしたら同数字4枚のフォアカード以上だが、親がそんなヘマをするはずがない。勝てる!)
「レイズ」
「降ります」
「さらにレイズ」
「なっ……!?」
銀縁のチップ2枚と金をさらに一枚上乗せした女は妖艶に微笑む。
ドキリと鼓動が跳ねてさらに思考が鈍った。
(ハッタリだ! こちらが降りるのを待っているだけだ、一枚も交換しないなんて役なしに決まってる!)
ならばこちらも乗ってやろうじゃないかとさらに上乗せ。
この辺りで周りの客達がザワつき視線をこちらに向けてくるのを感じた。
(チッ、何なら隙を見て上の手にすり替えようと思ったが、こんなに見られてたんじゃ……)
よほど7をもう一枚よこせと指示したくなったが、周囲の目がありすぎる。ここは最初の予定どおりフルハウスで勝負に出るしかない。
「レイズ」
「まどろっこしいわね、いいわ全部乗せるから」
「!?」
そういって女は手元のチップをすべて前に押し出す。大胆を通り越して馬鹿の賭け方である。
「お、お客さん。いいんですか?」
「良いの。この勝負、勝つつもりだから」
そうだ、ここで勝ったのなら馬鹿ではない。
鮮やかに弧を描く唇に背筋をぞくぞくとしたものが走る。
彼女は言っているのだ。チップと共に勝負師としてのプライドを賭けろと。
(わかったよ、ここで退いたら男じゃねぇ!)
「コール」
自然と口をついて出た言葉にディーラーがぎょっと目を見開く。
だがそんなものすでに視界には入っていなかった。
女の緑の眼差しとかち合う。
結果はどうなれど、今この瞬間が最高に楽しかった。
誰もが固唾をのんで見守る中、二人がヒュッと息を吸う。
緊張で出来た薄氷を、叩き割った。
「「勝負!」」
***
「やった、やった、お~もうけ~」
黒いドレスでぴょんこぴょんこと跳ねながらシャルロッテが地下カジノから通路に踊り出す。その後を影のようについてきたオズワルドは呆れたようなため息をついた。
「どっちがイカサマ師なんだか……」
「しーっ! それはナイショなんだからっ」
先ほどの勝負、大きく出たシャルロッテは相手のフルハウスに対して見事なストレートフラッシュで勝利を収めていた。
そんな良い手が満を持して都合よく揃ったのは、シャルロッテが恐ろしく強運――だからではなく、隣に居たこの男の功績によるところが大きい。
「ほーんと、オズちゃんが隣に居てくれれば負けなしね」
「隣で派手なパフォーマンスをしてくれてるから、こっちも小細工がやりやすいんだ。分け前は半分な」
「んもう、ちゃっかりしてるんだから」
シャルロッテが人目を引いている隙に、自分のカードと取り替えて役がそろうようにしてやる。それでも足りなければ懐に忍ばせた自前のカードとすり替える。
つまりオズワルドが強いのはギャンブルでも運でもなくイカサマの手口だった。あちらがやるのだからこちらがやったとしても文句は言えまい。
「学生の頃はよくやったけど、案外サインとか覚えてるものね」
「懐かしい話だな」
表水路に出る直前、きらびやかな町並みの隙間からふと見えた景色にシャルロッテは足を止めた。
サリューンの湖は遥か遠くまで見通すと暗い海へとつながっている。その海を越えた先にあるのは、白く閉ざされた氷の大地。
「シャル」
後ろから響く男の声は、感情を滲ませないよう意図的に冷たくしたような物だった。
「頼みってのは、こんなつまらないイカサマの手伝いだったのか?」
押し隠した感情はおそらく心配の類だろう。
性根は昔と変わらず素直で優しいのだ、この男は。
……それを素直に表に出すにはだいぶひねくれてしまったが。
「ん、そうよ。付き合ってくれてありがとね」
だから嘘をついた。長い付き合いだからたぶんバレてしまっただろうけど。
「ありがとうオズちゃん。先に宿に戻ってて」
これ以上はついてくるなと、そんな眼差しを向けた。
***
今夜とってあるはずの宿へと向かう途中、繊細な手すりの装飾がほどこされた橋の真ん中でオズワルドはその異変に気づいた。
「?」
黒々と光を反射する水面に、何かがぷかりと浮かんでいる。それも一つではない、いくつもの魚の群れが腹を見せ波間に揺れている。
「おい、こっちもだ」
ちょうど中央広場からやってきたゴンドラの上で、網を持った二人組が顔をしかめる。
「まったく何なんだ、ここ最近やたら魚が死んでやがる」
「悪い伝染病でも流行ってんじゃないだろうな」
「まさか。ここは水の都サリューンだぞ? 水の精霊ルゥリア様が居る限り、地下から湧き出てる清水に異物が混ざる事なんて……」
ゴミでしかない魚の死体を押しやりながらゴンドラは行ってしまったので、会話はそこまでしか聞き取れなかった。
頭の片隅に今の会話を書き留めてようやく橋を渡り終える。
「……」
「……」
宿屋の前の植え込みに、少女が生えていた。
じとっとした眼差しを向けてくるニチカの背中を、宿屋から漏れ出る光が照らしている。
互いに無言のまま見つめ合う。先に視線を逸らしたのは少女だった。
「シャルロッテさんは?」
なぜだか少しだけ気おくれして肩に力が入る。こういう表情をしているときは非常にめんどくさい事態になるであろうことを男は知っていた。ゆっくりと、慎重に言葉を選ぶ。
「途中まで一緒だったが、後は知らん」
「ふーん」
少女は植え込みのレンガの上で体を抱え込むようにしゃがんでいる。どうでもいいが正面からだとパンツ見えるんじゃないか?
「中に入らないのか?」
幸いにしてこの雰囲気でそんな爆弾発言をかますほどオズワルドは考えなしではなかった。あくまで冷静にそう問いかけるが、ニチカはやはり固い表情のままだ。
だいぶ北に近いこの街では夜は冷える。むき出しの腿を見て素直に寒そうだなと感じた。
「ちょっと散歩したい気分だったの」
「? そこでそうやってることが?」
ここに来てとうとう地雷を踏んでしまったらしい。
あげ足を取られてカチンと来たらしい少女は勢いをつけて植え込みから飛び降りる。
「これから行くところなの!」
「お、おい。例のお偉いさんとやらには会えたのか?」
「今日は用事で居なかった。明日改めて行くつもり」
「どこ行くんだ」
「だから散歩だってば!」
坂を転げ落ちるかのように機嫌が急降下していく。何だ、何がいけなかった。
「ニチカ」
横をすり抜けようとした彼女の手首を掴む。
ハッとしたように振り返った少女は一瞬の驚きの後、泣くのをこらえているかのように眉を寄せた。
あぁやっぱり。こういう顔は嫌いじゃない。
笑顔にさせてやりたいと思うのに、もう少しつついて泣かせてしまいたいような気もする。
(どうしてこいつの泣き顔は、こうも)
湧き出た疑問に心の中で首を傾げていると、特大の爆撃をされた。
「も、もう、あなたに触られたくない」
「……は?」
予想外の発言に思わず掴んでいた手がゆるむ。
すかさず一歩引いた少女はわなわなと震えながら叫んだ。
「今日のクスリも、要らないから!」
彼女はそれだけ言い残すときびすを返して逃げ出した。
その拍子に肩についていたらしい何かがはらりと落ちた。
それをつまみ上げたオズワルドは目をすぅっと細める。
「……あぁそう、そういう事」
長めの髪の毛は、宿屋の光を反射して緑色に輝いていた。
心の内を出さぬよう呼吸を落ち着かせる、この賭場で鍛えた八年は伊達ではない。
手元に配られたカードをチラリとみる。
予定通り前もって『親』に伝えてある通りのカードだ。
どう転んでも役なしにはなり得ない、それでいて不自然ではない程度に強い手札。
すっと流れるように開幕を告げる。
「ビット」
男はいわゆるサクラだった。一般の客のふりをしつつ、場を盛り上げて最終的には店にほんの少しだけプラスになるよう事が運ばせるのが仕事。
端的に言えばイカサマだが、男は罪悪感など微塵も感じていなかった。
どうせこんな観光地にあるようなお気軽でお手軽なカジノなのだ。どんなものかなと興味本位でやってきた客にハラハラドキドキしてもらうだけの。
要はエンターテイナーと一緒だ。劇を見たら代金を支払う、それとなんら変わりはない。
「こ、コール」
右隣に座っていたメガネで黒髪の男が肩を縮こまらせながらか弱く言う。
コイツは気にしなくていい、先ほどからの連戦で大勝負に出れないビビりなのが分かっている。その証拠に手元に残っているチップは賭けられるギリギリの枚数だ。適度に乗せてやれば勝手に降りるはずだ。
「コール」
その向こうから妖艶な声が響く。
視線を向けると豪奢な金の巻き髪を揺らしながら女が優美に微笑んだ。大胆に開けた黒いドレスの胸元が目に入り慌てて視界を逸らす。
こいつだ、コイツがやばい。
先ほどから一進一退繰り返しながらも着実に枚数を増やしている。無邪気にコロコロ笑いながらも腹の内を読ませない今夜一番の強敵だ。
(素人装っちゃいるが、かなり場慣れしてやがる。だが十分に楽しんだろう。こっちも仕事なんでね、そろそろ取り戻させて貰おうか)
ディーラーに目配せをしてサインを送る。ここで勝負に出るぞ。
「3枚くれ」
手元に残したのはハートの5にクラブの5。
新しく来たのは7が3枚。強引にフルハウスが揃う。
同様に隣の男とその向こうの女もカードをドローする。
男は5枚すべて。女は……ゼロ?
(なにっ)
その表情は穏やかな笑みを浮かべていてまるで読めない。
初手で役が揃った? それもかなり自信のある手が?
(いいや焦るな。こちらはフルハウス、負ける可能性があるとしたら同数字4枚のフォアカード以上だが、親がそんなヘマをするはずがない。勝てる!)
「レイズ」
「降ります」
「さらにレイズ」
「なっ……!?」
銀縁のチップ2枚と金をさらに一枚上乗せした女は妖艶に微笑む。
ドキリと鼓動が跳ねてさらに思考が鈍った。
(ハッタリだ! こちらが降りるのを待っているだけだ、一枚も交換しないなんて役なしに決まってる!)
ならばこちらも乗ってやろうじゃないかとさらに上乗せ。
この辺りで周りの客達がザワつき視線をこちらに向けてくるのを感じた。
(チッ、何なら隙を見て上の手にすり替えようと思ったが、こんなに見られてたんじゃ……)
よほど7をもう一枚よこせと指示したくなったが、周囲の目がありすぎる。ここは最初の予定どおりフルハウスで勝負に出るしかない。
「レイズ」
「まどろっこしいわね、いいわ全部乗せるから」
「!?」
そういって女は手元のチップをすべて前に押し出す。大胆を通り越して馬鹿の賭け方である。
「お、お客さん。いいんですか?」
「良いの。この勝負、勝つつもりだから」
そうだ、ここで勝ったのなら馬鹿ではない。
鮮やかに弧を描く唇に背筋をぞくぞくとしたものが走る。
彼女は言っているのだ。チップと共に勝負師としてのプライドを賭けろと。
(わかったよ、ここで退いたら男じゃねぇ!)
「コール」
自然と口をついて出た言葉にディーラーがぎょっと目を見開く。
だがそんなものすでに視界には入っていなかった。
女の緑の眼差しとかち合う。
結果はどうなれど、今この瞬間が最高に楽しかった。
誰もが固唾をのんで見守る中、二人がヒュッと息を吸う。
緊張で出来た薄氷を、叩き割った。
「「勝負!」」
***
「やった、やった、お~もうけ~」
黒いドレスでぴょんこぴょんこと跳ねながらシャルロッテが地下カジノから通路に踊り出す。その後を影のようについてきたオズワルドは呆れたようなため息をついた。
「どっちがイカサマ師なんだか……」
「しーっ! それはナイショなんだからっ」
先ほどの勝負、大きく出たシャルロッテは相手のフルハウスに対して見事なストレートフラッシュで勝利を収めていた。
そんな良い手が満を持して都合よく揃ったのは、シャルロッテが恐ろしく強運――だからではなく、隣に居たこの男の功績によるところが大きい。
「ほーんと、オズちゃんが隣に居てくれれば負けなしね」
「隣で派手なパフォーマンスをしてくれてるから、こっちも小細工がやりやすいんだ。分け前は半分な」
「んもう、ちゃっかりしてるんだから」
シャルロッテが人目を引いている隙に、自分のカードと取り替えて役がそろうようにしてやる。それでも足りなければ懐に忍ばせた自前のカードとすり替える。
つまりオズワルドが強いのはギャンブルでも運でもなくイカサマの手口だった。あちらがやるのだからこちらがやったとしても文句は言えまい。
「学生の頃はよくやったけど、案外サインとか覚えてるものね」
「懐かしい話だな」
表水路に出る直前、きらびやかな町並みの隙間からふと見えた景色にシャルロッテは足を止めた。
サリューンの湖は遥か遠くまで見通すと暗い海へとつながっている。その海を越えた先にあるのは、白く閉ざされた氷の大地。
「シャル」
後ろから響く男の声は、感情を滲ませないよう意図的に冷たくしたような物だった。
「頼みってのは、こんなつまらないイカサマの手伝いだったのか?」
押し隠した感情はおそらく心配の類だろう。
性根は昔と変わらず素直で優しいのだ、この男は。
……それを素直に表に出すにはだいぶひねくれてしまったが。
「ん、そうよ。付き合ってくれてありがとね」
だから嘘をついた。長い付き合いだからたぶんバレてしまっただろうけど。
「ありがとうオズちゃん。先に宿に戻ってて」
これ以上はついてくるなと、そんな眼差しを向けた。
***
今夜とってあるはずの宿へと向かう途中、繊細な手すりの装飾がほどこされた橋の真ん中でオズワルドはその異変に気づいた。
「?」
黒々と光を反射する水面に、何かがぷかりと浮かんでいる。それも一つではない、いくつもの魚の群れが腹を見せ波間に揺れている。
「おい、こっちもだ」
ちょうど中央広場からやってきたゴンドラの上で、網を持った二人組が顔をしかめる。
「まったく何なんだ、ここ最近やたら魚が死んでやがる」
「悪い伝染病でも流行ってんじゃないだろうな」
「まさか。ここは水の都サリューンだぞ? 水の精霊ルゥリア様が居る限り、地下から湧き出てる清水に異物が混ざる事なんて……」
ゴミでしかない魚の死体を押しやりながらゴンドラは行ってしまったので、会話はそこまでしか聞き取れなかった。
頭の片隅に今の会話を書き留めてようやく橋を渡り終える。
「……」
「……」
宿屋の前の植え込みに、少女が生えていた。
じとっとした眼差しを向けてくるニチカの背中を、宿屋から漏れ出る光が照らしている。
互いに無言のまま見つめ合う。先に視線を逸らしたのは少女だった。
「シャルロッテさんは?」
なぜだか少しだけ気おくれして肩に力が入る。こういう表情をしているときは非常にめんどくさい事態になるであろうことを男は知っていた。ゆっくりと、慎重に言葉を選ぶ。
「途中まで一緒だったが、後は知らん」
「ふーん」
少女は植え込みのレンガの上で体を抱え込むようにしゃがんでいる。どうでもいいが正面からだとパンツ見えるんじゃないか?
「中に入らないのか?」
幸いにしてこの雰囲気でそんな爆弾発言をかますほどオズワルドは考えなしではなかった。あくまで冷静にそう問いかけるが、ニチカはやはり固い表情のままだ。
だいぶ北に近いこの街では夜は冷える。むき出しの腿を見て素直に寒そうだなと感じた。
「ちょっと散歩したい気分だったの」
「? そこでそうやってることが?」
ここに来てとうとう地雷を踏んでしまったらしい。
あげ足を取られてカチンと来たらしい少女は勢いをつけて植え込みから飛び降りる。
「これから行くところなの!」
「お、おい。例のお偉いさんとやらには会えたのか?」
「今日は用事で居なかった。明日改めて行くつもり」
「どこ行くんだ」
「だから散歩だってば!」
坂を転げ落ちるかのように機嫌が急降下していく。何だ、何がいけなかった。
「ニチカ」
横をすり抜けようとした彼女の手首を掴む。
ハッとしたように振り返った少女は一瞬の驚きの後、泣くのをこらえているかのように眉を寄せた。
あぁやっぱり。こういう顔は嫌いじゃない。
笑顔にさせてやりたいと思うのに、もう少しつついて泣かせてしまいたいような気もする。
(どうしてこいつの泣き顔は、こうも)
湧き出た疑問に心の中で首を傾げていると、特大の爆撃をされた。
「も、もう、あなたに触られたくない」
「……は?」
予想外の発言に思わず掴んでいた手がゆるむ。
すかさず一歩引いた少女はわなわなと震えながら叫んだ。
「今日のクスリも、要らないから!」
彼女はそれだけ言い残すときびすを返して逃げ出した。
その拍子に肩についていたらしい何かがはらりと落ちた。
それをつまみ上げたオズワルドは目をすぅっと細める。
「……あぁそう、そういう事」
長めの髪の毛は、宿屋の光を反射して緑色に輝いていた。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
悪役令嬢の役割は終えました(別視点)
月椿
恋愛
この作品は「悪役令嬢の役割は終えました」のヴォルフ視点のお話になります。
本編を読んでない方にはネタバレになりますので、ご注意下さい。
母親が亡くなった日、ヴォルフは一人の騎士に保護された。
そこから、ヴォルフの日常は変わっていく。
これは保護してくれた人の背に憧れて騎士となったヴォルフと、悪役令嬢の役割を終えた彼女とのお話。
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる