12 / 216
12.コイツはオレの女だ、手ぇ出すな
しおりを挟む
(ふぁぁ、なんだかとびっきり甘い匂いがする……)
ふんわりと香る匂いに誘われるように、私はついフラフラと歩みを進めてしまう。人垣をかき分けて見えてきたのは緑の壁に白いペイントがおしゃれなパン屋さんだった。ショーウィンドウの向こう側でパリッと焼けたクロワッサンが山積みになっている。
「でへへぇぇ、美味しそう……」
思わず窓ガラスにベタッと貼りついて観察する。あぁ、きっとあれを口に入れたら豊満なバターの香りが口いっぱいに広がって、外はサクッとしてるのに中はふんわりと柔らかくて、焼きたての優しい甘さが……
「ルカ、ルカ、お腹減らない? 私、あれ食べてみたいなぁ」
じゅるりとヨダレを垂らしながら振り返った先に、あの金髪イケメン執事の姿はなかった。代わりにガラの悪そうな三人組の男が足を止めて驚いたような顔をする。あ、あれ?
「何? 知り合い?」
「いや、知らないコ」
さぁっと血の気が引いてく音がして、慌ててフードを目深にかぶりなおし顔が見えないようにした。
「ふーん、お腹空いてるの? 君」
(まっ、魔王じゃないです、ただの通りすがりの迷子です!)
下手な事言えなくて黙り込んでいると、突然手首を掴まれて引っ張られる。
「えっ」
そのまま引っ張られて、表通りから路地裏のような場所に引き込まれる。私より少し年上の三人組は軽い調子で先導し始めた。
「いい店知ってるんだ、ここで会ったのも何かの縁だし奢るよ」
「あ、あの、違うんです、ちょっと人を間違えちゃって」
「はーい四名様ごあんな~い」
馴れ馴れしく肩を組まれビクッと身体がこわ張るのを感じる。おおお、落ち着け私、こういう時はそう、ハッタリ!
「ごめんなさいっ、私、彼氏待たせてるんで!」
ええいこうなりゃ飛び出してルカを見つけて口裏を合わせて貰うしかっ! グッと押し返すように突っ張ると、男の人達はぷはっと笑い出した。
「何それ、彼女ほっといてるような彼とかどうでも良いっしょ」
「ほら、さっさと行こうぜ」
あ、やばい、これ強引に押し切ろうとしてる。
(どうしよう、どうしよう……っ!)
引き摺られそうになったその時、朗々と響く声がうす暗い路地裏に響いた。
「ここに居たか」
その人物は私たちが今入ってきた路地の入り口で腕を組んでいた。彼はツカツカと寄ってきたかと思うと、私をあっという間に男の人たちから引き剥がしてくれる。
「ラスプ……」
ワイバーンには乗らず、地上を駆けてきたはずの彼とは街中で落ち合う手はずになっていた。どうして私の居場所がわかったんだろう。
「なにアンタ、そのコの言ってた彼氏サン?」
「それともあれですかー、通りすがりのヒーロー気取りとかぁ?」
「ぎゃはは、喧嘩売るのに丸腰とかナメてんの?」
三人組はニヤニヤ笑いながらパチンと腰のナイフを外す。えっ、嘘、本物!?
「オラ! 彼女の前でカッコつけてみろやァ!!」
一人が威嚇するようにビュッとナイフを振る。どうしようとうろたえていた私はいきなりドガッと背中に衝撃を感じた。
「うぐっ」
見ればすぐ近くにラスプの顔があって、身体で覆うように押し付けられていた。無言のラスプが彼らをにらみつけた瞬間、ぞくりと皮膚の表面をあわ立つような悪寒が走る。
獰猛な野生動物を目の前にしているような、本能が今すぐここから逃げろと叫ぶような――そんな空気が路地裏を満たす。誰も、指先一つ動かせない。
「な、んだよ、お前」
「やべぇ、やべぇよ!」
三人組も気配を察したのか、構えたナイフの切っ先が微かに震えている。『気』を直接向けられていない私がこれだけ震えるのだから、彼らは相当な威圧感を感じているはずだ。
「……」
「……」
緊張の静寂がどんどん張り詰めていく。まるで少し衝撃を与えただけで破裂してしまいそうな風船に押しつぶされているみたいだ。
どれだけそうしていただろう、地の底から這うような低い声が静かに口火を切る。
「おい」
「ヒッ!?」
「コイツはオレの女だ、手ぇ出すな」
「え――」
いきなり手を振り上げたラスプは私の顔のすぐ側に拳を突き込む。ドゴォッ!と凄まじい音が響いて壁がめり込むと共に、視界の端で三人組がブクブクと口から泡を出しながら崩れ落ちるのが見えた。
「なんだ、根性ねぇヤツらだな」
それを見て、けろっといつもの調子に戻ったラスプは壁から手を離した。パラパラと崩れ落ちた破片が私の肩に降りかかる。
「ほら、立てるか?」
手を差し出されて、いつの間にかへたり込んでしまっていたのに気付く。
「!」
頭の中でその手を取って立ち上がらなければと思うのに、身体がまったく動かない。助けられたはずなのに、危機は脱したはずなのに、いま私の心は恐怖心で満たされていた。その恐怖の対象は――助けてくれたはずのラスプだった。
(怖い……怖い!)
たとえ見た目は普通のニンゲンだとしても、この青年の正体は恐ろしい魔物なのだ。その気になれば、私なんか瞬きをするより早く殺せるくらいの
「う、ぁ……」
壁に押し付けた身体がカタカタと震えているのが分かる。言葉を紡ごうとしても口が上手く開かない。
敏感に私の気持ちを察したのだろう、ラスプの赤い瞳に一瞬傷ついたような色が浮かんだ。
(あ……)
彼は視線を逸らして差し伸べていた手を引っ込めようとする。
「……オレが、怖いか」
ふんわりと香る匂いに誘われるように、私はついフラフラと歩みを進めてしまう。人垣をかき分けて見えてきたのは緑の壁に白いペイントがおしゃれなパン屋さんだった。ショーウィンドウの向こう側でパリッと焼けたクロワッサンが山積みになっている。
「でへへぇぇ、美味しそう……」
思わず窓ガラスにベタッと貼りついて観察する。あぁ、きっとあれを口に入れたら豊満なバターの香りが口いっぱいに広がって、外はサクッとしてるのに中はふんわりと柔らかくて、焼きたての優しい甘さが……
「ルカ、ルカ、お腹減らない? 私、あれ食べてみたいなぁ」
じゅるりとヨダレを垂らしながら振り返った先に、あの金髪イケメン執事の姿はなかった。代わりにガラの悪そうな三人組の男が足を止めて驚いたような顔をする。あ、あれ?
「何? 知り合い?」
「いや、知らないコ」
さぁっと血の気が引いてく音がして、慌ててフードを目深にかぶりなおし顔が見えないようにした。
「ふーん、お腹空いてるの? 君」
(まっ、魔王じゃないです、ただの通りすがりの迷子です!)
下手な事言えなくて黙り込んでいると、突然手首を掴まれて引っ張られる。
「えっ」
そのまま引っ張られて、表通りから路地裏のような場所に引き込まれる。私より少し年上の三人組は軽い調子で先導し始めた。
「いい店知ってるんだ、ここで会ったのも何かの縁だし奢るよ」
「あ、あの、違うんです、ちょっと人を間違えちゃって」
「はーい四名様ごあんな~い」
馴れ馴れしく肩を組まれビクッと身体がこわ張るのを感じる。おおお、落ち着け私、こういう時はそう、ハッタリ!
「ごめんなさいっ、私、彼氏待たせてるんで!」
ええいこうなりゃ飛び出してルカを見つけて口裏を合わせて貰うしかっ! グッと押し返すように突っ張ると、男の人達はぷはっと笑い出した。
「何それ、彼女ほっといてるような彼とかどうでも良いっしょ」
「ほら、さっさと行こうぜ」
あ、やばい、これ強引に押し切ろうとしてる。
(どうしよう、どうしよう……っ!)
引き摺られそうになったその時、朗々と響く声がうす暗い路地裏に響いた。
「ここに居たか」
その人物は私たちが今入ってきた路地の入り口で腕を組んでいた。彼はツカツカと寄ってきたかと思うと、私をあっという間に男の人たちから引き剥がしてくれる。
「ラスプ……」
ワイバーンには乗らず、地上を駆けてきたはずの彼とは街中で落ち合う手はずになっていた。どうして私の居場所がわかったんだろう。
「なにアンタ、そのコの言ってた彼氏サン?」
「それともあれですかー、通りすがりのヒーロー気取りとかぁ?」
「ぎゃはは、喧嘩売るのに丸腰とかナメてんの?」
三人組はニヤニヤ笑いながらパチンと腰のナイフを外す。えっ、嘘、本物!?
「オラ! 彼女の前でカッコつけてみろやァ!!」
一人が威嚇するようにビュッとナイフを振る。どうしようとうろたえていた私はいきなりドガッと背中に衝撃を感じた。
「うぐっ」
見ればすぐ近くにラスプの顔があって、身体で覆うように押し付けられていた。無言のラスプが彼らをにらみつけた瞬間、ぞくりと皮膚の表面をあわ立つような悪寒が走る。
獰猛な野生動物を目の前にしているような、本能が今すぐここから逃げろと叫ぶような――そんな空気が路地裏を満たす。誰も、指先一つ動かせない。
「な、んだよ、お前」
「やべぇ、やべぇよ!」
三人組も気配を察したのか、構えたナイフの切っ先が微かに震えている。『気』を直接向けられていない私がこれだけ震えるのだから、彼らは相当な威圧感を感じているはずだ。
「……」
「……」
緊張の静寂がどんどん張り詰めていく。まるで少し衝撃を与えただけで破裂してしまいそうな風船に押しつぶされているみたいだ。
どれだけそうしていただろう、地の底から這うような低い声が静かに口火を切る。
「おい」
「ヒッ!?」
「コイツはオレの女だ、手ぇ出すな」
「え――」
いきなり手を振り上げたラスプは私の顔のすぐ側に拳を突き込む。ドゴォッ!と凄まじい音が響いて壁がめり込むと共に、視界の端で三人組がブクブクと口から泡を出しながら崩れ落ちるのが見えた。
「なんだ、根性ねぇヤツらだな」
それを見て、けろっといつもの調子に戻ったラスプは壁から手を離した。パラパラと崩れ落ちた破片が私の肩に降りかかる。
「ほら、立てるか?」
手を差し出されて、いつの間にかへたり込んでしまっていたのに気付く。
「!」
頭の中でその手を取って立ち上がらなければと思うのに、身体がまったく動かない。助けられたはずなのに、危機は脱したはずなのに、いま私の心は恐怖心で満たされていた。その恐怖の対象は――助けてくれたはずのラスプだった。
(怖い……怖い!)
たとえ見た目は普通のニンゲンだとしても、この青年の正体は恐ろしい魔物なのだ。その気になれば、私なんか瞬きをするより早く殺せるくらいの
「う、ぁ……」
壁に押し付けた身体がカタカタと震えているのが分かる。言葉を紡ごうとしても口が上手く開かない。
敏感に私の気持ちを察したのだろう、ラスプの赤い瞳に一瞬傷ついたような色が浮かんだ。
(あ……)
彼は視線を逸らして差し伸べていた手を引っ込めようとする。
「……オレが、怖いか」
0
あなたにおすすめの小説
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる