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85.王として
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「所有ではなく所属です。彼らは国の所有物ではありません」
毅然とした態度で言い切ると、王はかすかに笑って「そうであったな、失礼した」と詫びてくれた。やっぱりそうだ、この人はうちの国が有利になるよう協力してくれている。重たい息をはいた王様は、疲れたように目を閉じて背もたれに体重を預けなおした。
「私にできるのはこのぐらいだ、がんばれよ」
こちらの疑うような気配を察したんだろう、王は目を開けてイタズラ少年のように笑って見せた。表情を通して若い時の彼が垣間見えたような気がして面食らう。
「なぜここまで協力的なのかと聞きたそうな顔だな。魔族を忌み嫌っているのは中枢基軸院の話であり、私個人はどちらかと言えば穏健派だ。害が無いのなら共存の道も良しと考えている」
視線を正面に戻したリヒター王は、青空の中に誰かを見出そうとするかのように目を細めた。
「その昔、エーリカという平民の少女が居た。彼女に生前『どうして同じ生き物なのに仲良くできないの』と、諭されてな……そなたはその娘に少し似ておる」
人間側にも、そういう事を言える子が居たんだ。生前ってことは彼女はもう……何も言えなくて黙り込んでいると、王様は再びこちらに顔を向け真剣なまなざしをまっすぐに向けて来た。
「気をつけることだ魔王殿、悪意ある者は常に身を隠し、ここぞというところで急所を狙ってくる。私は確かに王ではあるが、中枢基軸院の貴族たちが束になればこんな老いぼれ容易く黙殺されてしまう、私が協力的だからと言って慢心はしないように」
メルスランド側にも表立っては出てこない、王様だけが感じている不穏な気配でもあるんだろうか。まるで自分自身にも言い聞かせているような、そんな口ぶりだった。
姿の見えない悪意への恐れが顔に出てしまったらしい。リヒター王は軽く笑いながら「トップがそのように軽々しく不安な顔をするものではない」と、忠告してくれた。慌てて表情を引き締めて背筋を正すと、彼は満足そうに一つ頷いた。
「よい目だ。国民はそなたの中に光を見出すだろう。真の王だけが持つその輝きを大切に、己が信ずる道へと民を導きなさい。それが上に立つ者としての定めなのだから」
***
謁見を終えた私とラスプは、勇者様に先導されて来た道をたどっていた。ようやく緊張が解けて来た頃を見計らったように、先を歩く彼が足を止めて振り返る。
「友好的に対話を終えられて私も安心したよ。王は優しい方だろう?」
「はいっ、予想してたより素敵なおじいちゃんで安心しました」
心からの笑みを浮かべると彼はプッと吹き出した。エーリカも王に初めて会ったときに同じことを言っていたよ、と言う言葉に残念な気持ちが湧きあがる。
「そのエーリカちゃんに私も会ってみたかったです。生きていたらきっと二国の良い架け橋になってくれたと思うのに」
この世界では珍しく魔族に対する偏見のなかったという少女。ところが彼の表情がその言葉を聞いて急に強張る。俯き加減で視線を逸らした勇者は、小さく、だけどもハッキリと言った。
「エーリカは魔族に殺された」
「えっ……」
「遺体を私も見たがひどいものだったよ、ズタズタに引き裂かれてほとんど原型を留めていなかった」
王には事故で亡くなったと伝えてあるが、本当は……そう続けられた言葉に何も言えなくなってしまう。顔を青くした私に彼は視線を戻す。
「すまない。だが君にはこの事を知っておいて欲しかった」
親魔族派だった少女がその魔族に殺された。なんて、残酷な運命だろう。
「勇者様は……それを見て私たちの事を嫌いにならなかったんですか?」
震えながらなんとか聞くと、彼はゆったりと頭を振りながら打ち明けてくれた。
「一部の者がやったことを魔族側の総意にはできないだろう。憎むべきは悪であって魔族ではない、それは人間も魔族も変わりない。私はそう考えているよ」
その場を見た者には箝口令をしいたので、この事実は本当にごく一部の者だけしか知らない情報だそうだ。ゆえに、今の危うくも静観というバランスが保たれている。
「……ありがとうございます」
色んな気持ちが胸にこみ上げて、どの言葉もしっくりは来なかったけどこれが一番近いような気がした。
「感謝します、激情に任せて私たちを嫌いにならないでくれてありがとう。……ごめんなさい」
痛む胸を抑えていると肩に優しく手を置かれた。反射的に顔を上げれば、元居た世界で大好きだった笑顔そのままに彼は笑っていた。
「最近の君たちを見ていると、その選択は間違いじゃなかったと思えるようになってきたよ。歩み寄るべき時代が来ているのかもしれないな、王もそのようにお考えだ」
窓から差し込む光でエリック様がキラキラ輝いていた。深い森のような色のまなざしの中に目を見開いた私が映り込んでいる。
「ターニングポイントを君が作り始めている。がんばってくれ、私も応援している」
「は、はいっ」
かっこいい……。
スッと離れた彼の後ろ姿をポーっと見送っていると、いきなり後ろから小突かれて転びそうになってしまう。慣れないハイヒールで何とか踏ん張る事に成功した私は、すぐ横を追い抜いた尻尾――は出てないので赤い髪に向かって小声で怒鳴りつけた。
(ちょっと、何すんのよっ)
(花飛ばしてんじゃねぇよ、敵地のど真ん中だろうが)
少し先で振り返ったラスプは鼻をフンと鳴らして小ばかにしたようにこちらを見下ろしている。んがぁぁ~!! せっかくいい気分だったのにその目線! 乱暴に踵を鳴らしながら二人で並んで歩いていく。少しずつスピードが上がる。カッカッカッカッ
(花なんか飛ばしてないしっ)
(どうだか)
(私はエリック様のふかーいお心遣いに感激してただけであって――もわぁっ!?」
横の狼男ばかり見ていたせいか、角を曲がったところで何かに激突してしまう。跳ね返ったところをそのラスプに受け止められてブザマに尻もちをつくことだけは回避する。
いたたた……と、ぶつけた頬骨をさすりながら視界を開ける。その先に居た予想外の人物に私はギョッと目を剥いた。
毅然とした態度で言い切ると、王はかすかに笑って「そうであったな、失礼した」と詫びてくれた。やっぱりそうだ、この人はうちの国が有利になるよう協力してくれている。重たい息をはいた王様は、疲れたように目を閉じて背もたれに体重を預けなおした。
「私にできるのはこのぐらいだ、がんばれよ」
こちらの疑うような気配を察したんだろう、王は目を開けてイタズラ少年のように笑って見せた。表情を通して若い時の彼が垣間見えたような気がして面食らう。
「なぜここまで協力的なのかと聞きたそうな顔だな。魔族を忌み嫌っているのは中枢基軸院の話であり、私個人はどちらかと言えば穏健派だ。害が無いのなら共存の道も良しと考えている」
視線を正面に戻したリヒター王は、青空の中に誰かを見出そうとするかのように目を細めた。
「その昔、エーリカという平民の少女が居た。彼女に生前『どうして同じ生き物なのに仲良くできないの』と、諭されてな……そなたはその娘に少し似ておる」
人間側にも、そういう事を言える子が居たんだ。生前ってことは彼女はもう……何も言えなくて黙り込んでいると、王様は再びこちらに顔を向け真剣なまなざしをまっすぐに向けて来た。
「気をつけることだ魔王殿、悪意ある者は常に身を隠し、ここぞというところで急所を狙ってくる。私は確かに王ではあるが、中枢基軸院の貴族たちが束になればこんな老いぼれ容易く黙殺されてしまう、私が協力的だからと言って慢心はしないように」
メルスランド側にも表立っては出てこない、王様だけが感じている不穏な気配でもあるんだろうか。まるで自分自身にも言い聞かせているような、そんな口ぶりだった。
姿の見えない悪意への恐れが顔に出てしまったらしい。リヒター王は軽く笑いながら「トップがそのように軽々しく不安な顔をするものではない」と、忠告してくれた。慌てて表情を引き締めて背筋を正すと、彼は満足そうに一つ頷いた。
「よい目だ。国民はそなたの中に光を見出すだろう。真の王だけが持つその輝きを大切に、己が信ずる道へと民を導きなさい。それが上に立つ者としての定めなのだから」
***
謁見を終えた私とラスプは、勇者様に先導されて来た道をたどっていた。ようやく緊張が解けて来た頃を見計らったように、先を歩く彼が足を止めて振り返る。
「友好的に対話を終えられて私も安心したよ。王は優しい方だろう?」
「はいっ、予想してたより素敵なおじいちゃんで安心しました」
心からの笑みを浮かべると彼はプッと吹き出した。エーリカも王に初めて会ったときに同じことを言っていたよ、と言う言葉に残念な気持ちが湧きあがる。
「そのエーリカちゃんに私も会ってみたかったです。生きていたらきっと二国の良い架け橋になってくれたと思うのに」
この世界では珍しく魔族に対する偏見のなかったという少女。ところが彼の表情がその言葉を聞いて急に強張る。俯き加減で視線を逸らした勇者は、小さく、だけどもハッキリと言った。
「エーリカは魔族に殺された」
「えっ……」
「遺体を私も見たがひどいものだったよ、ズタズタに引き裂かれてほとんど原型を留めていなかった」
王には事故で亡くなったと伝えてあるが、本当は……そう続けられた言葉に何も言えなくなってしまう。顔を青くした私に彼は視線を戻す。
「すまない。だが君にはこの事を知っておいて欲しかった」
親魔族派だった少女がその魔族に殺された。なんて、残酷な運命だろう。
「勇者様は……それを見て私たちの事を嫌いにならなかったんですか?」
震えながらなんとか聞くと、彼はゆったりと頭を振りながら打ち明けてくれた。
「一部の者がやったことを魔族側の総意にはできないだろう。憎むべきは悪であって魔族ではない、それは人間も魔族も変わりない。私はそう考えているよ」
その場を見た者には箝口令をしいたので、この事実は本当にごく一部の者だけしか知らない情報だそうだ。ゆえに、今の危うくも静観というバランスが保たれている。
「……ありがとうございます」
色んな気持ちが胸にこみ上げて、どの言葉もしっくりは来なかったけどこれが一番近いような気がした。
「感謝します、激情に任せて私たちを嫌いにならないでくれてありがとう。……ごめんなさい」
痛む胸を抑えていると肩に優しく手を置かれた。反射的に顔を上げれば、元居た世界で大好きだった笑顔そのままに彼は笑っていた。
「最近の君たちを見ていると、その選択は間違いじゃなかったと思えるようになってきたよ。歩み寄るべき時代が来ているのかもしれないな、王もそのようにお考えだ」
窓から差し込む光でエリック様がキラキラ輝いていた。深い森のような色のまなざしの中に目を見開いた私が映り込んでいる。
「ターニングポイントを君が作り始めている。がんばってくれ、私も応援している」
「は、はいっ」
かっこいい……。
スッと離れた彼の後ろ姿をポーっと見送っていると、いきなり後ろから小突かれて転びそうになってしまう。慣れないハイヒールで何とか踏ん張る事に成功した私は、すぐ横を追い抜いた尻尾――は出てないので赤い髪に向かって小声で怒鳴りつけた。
(ちょっと、何すんのよっ)
(花飛ばしてんじゃねぇよ、敵地のど真ん中だろうが)
少し先で振り返ったラスプは鼻をフンと鳴らして小ばかにしたようにこちらを見下ろしている。んがぁぁ~!! せっかくいい気分だったのにその目線! 乱暴に踵を鳴らしながら二人で並んで歩いていく。少しずつスピードが上がる。カッカッカッカッ
(花なんか飛ばしてないしっ)
(どうだか)
(私はエリック様のふかーいお心遣いに感激してただけであって――もわぁっ!?」
横の狼男ばかり見ていたせいか、角を曲がったところで何かに激突してしまう。跳ね返ったところをそのラスプに受け止められてブザマに尻もちをつくことだけは回避する。
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