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 つい口を滑らせた彼女はハッと口を噤《つぐ》みますがもう手遅れでした。それが本音ですかとお尋ねしますと、重たいため息をついた彼女は突然声を荒げます。

 ――あぁもう、くっだらな! そうよ、ずっとそう思ってたわよ。あたしよくここまで我慢したわ
 ――ね、姉さん
 ――話しかけんな、出来損ない!

 お嬢様は先ほど貰った髪飾りを坊っちゃんの顔面目掛けて投げつけました。床に落ちて壊れたそれを、お嬢様は上から何度も何度も踏みつけていきます。

 ――全部あんたがブサイクなのが悪いのよっ、原作通りの美少年だったらあたしだってもっと素直に可愛がってた!! なのに何!? きったないブサイクだし根暗だし陰気だし、側に来るといっつもなんか臭いし。吐きそうなのよ! あたしは一生懸命我慢してあげてたのに何この仕打ち!? ムカつく!!

 呆然とそれを見上げていた坊っちゃんの垂れさがった瞼の端から、涙がスーッと流れ落ちます。

 ――はぁ? なに泣いてんのよ、被害者気取り!? ウザいウザいウザい! ああああもう限界! 要らない! あたしには最初から弟なんて居なかった!! あっ、そっかぁ! そういう設定で行けば良いのよ。あーハイハイ分かりました。愛する弟を失って実は心の傷を抱えてるってパターンね。あんたもう死んでいいわよ、むしろ死ね。一秒でも早く死ね。生きてる価値ないんだから、二度とその不快なツラみせんなクソブサイク!!

 そう言い残したお嬢様は坊っちゃんのお腹を蹴り飛ばし、バタンと力の限り扉を閉めて部屋を出ていかれました。
 おそらくお父上の元へ言いつけに行くのでしょう。わたくしは掛ける言葉が見つからず、声を押し殺してうずくまる坊っちゃんの曲がった背中に手を添わせる事しか出来ませんでした。


 その日の夕刻、わたくしは重い足取りで地下牢へと報告に参りました。今日付けで解雇になった事を告げると、坊っちゃんは泣きました。僕のせいでこうなったのだとひたすらご自分を責めて謝りました。
 可哀想な坊っちゃん。きっとご自分の命の方が危ういでしょうに、わたくしの心配をして下さるのです。


 本当に優しい子。……もう、いいですよね。


 翌日、わたくしが出ていく事になる朝は、屋敷中に響き渡る絶叫から始まりました。
 女中部屋の隅で身を起こしますと、美しかった同僚のメイドたちの顔が全員まとめて醜い物へと変化していました。
 彼女たちだけではありません、奥様も、旦那様も、目も当てられない顔で呆然としていたのです。

 絶叫は続いていました。わたくしは混乱極める屋敷の中をすり抜け、声の出どころ――お嬢様の部屋まで駆けつけます。

 ――いやあああ!! 見ないでっ、見ないでえええ!!

 断りもせずに入室しますと、ベッドの上には二目と見られない醜い顔の女がガタガタと震えていました。
 腫れぼったいまぶたにどんよりと濁った瞳。頬は垂れさがり全体のパーツがおかしな具合に散らかっています。長く美しかった髪の毛は艶を失い、手足とからだが丸々と太くなりドレスがはちきれそうになっています。それは、道端ですれ違ったら思わずギョッとして顔を背けてしまいそうな醜さでした。

 そう、何者かの手によって、昨晩のスープに『真実の姿を見せる薬』が混ぜられていたんです。
 坊っちゃんが作った薬は効果てきめんでしたよ。お嬢様を始めとして、このお屋敷に居る方々の心の醜さが、そのまま外見となって表れていたんですから。

 わたくしはにっこりと笑って、彼女が踏み壊してそのままになっていた髪飾りを頭のてっぺんに乗せてあげました。とてもお似合いですよ、お嬢様。馬鹿にしていたブサイクになった気分はいかがです?
 顔を真っ赤にしてよたよたと掴みかかって来るお嬢様をひらりとかわし、わたくしは地下牢まで走りました。するとどうでしょう、牢の中には輝くように美しい少年が一人、驚いた顔をして立ち尽くしていたのです。
 ……いえ、実際にはほとんど変わっていなかったんですけどね。皮膚病でただれていた顔面が薬のおかげですっかり治り、曲がっていた骨格がまっすぐになっただけ。元から坊っちゃんはとても整った顔立ちをしていたんです。

 そこから先は嵐のようでした。屋敷の混乱に乗じて、坊っちゃんを連れてその場を脱出し、なんとか国境にあるこの宿屋へたどり着いたと言うわけです。

 どうです? 吟遊詩人さん。この場の食事代ぐらいの面白さはありました?

 え? わたくしはそのスープを飲んだのかって? もちろん飲みましたよ。フェアじゃありませんもの。
 しかし、心の綺麗さって誰が判定するんでしょう? 実はわたくし、対面した相手によって見え方は変わっているんじゃないかって密かに推測しているんです。
 だって真実を『見せる』薬でしょう? 今の話を聞いて、あなたの目にわたくしの顔はどう映っていますか? なんてね。

 そうそう、お嬢様は順調に進んでいた皇太子様とのご縁談を白紙に戻されたらしいです。あら? そうなると、彼女がしきりに言っていた「婚約破棄」の通りになったのかしら。お嬢様は実は未来が見えていたとか……そんなわけないですよね。もしそうなら全力でそんな未来は回避しますもの。愚かだなんて思っていませんよ。ええ思っていません、お気の毒ですよね。ふふ。

 さてこれからどうしましょう。実は追手が来る前に隣の国に逃げて、あの子の才能を伸ばせる場に入れてあげたいと思っているんです。
 ご存じですか? の国には高名な錬金術師を多く輩出している学校があるそうじゃないですか。坊っちゃんがやっていたのはどうやらそれに近い事のようですし……。
 もちろん、入学試験は一番の成績で合格すると踏んでいますよ。あの子は天才ですからね。しかもとびきり可愛くて、優しいのです。

 そこでたくさん学んで、あの暗くて狭い地下牢だけじゃない広い世界の事を知ってほしいんです。もしかしたら、そこで素敵なお嬢さんと知り合って、恋人ができたりするかもしれませんね。
 わたくしはその時までお傍にお仕えさせて頂くつもりですよ。愛しい坊っちゃんの為ですもの。


 それでは失礼します。夕飯代ごちそうさまでした。今の話、弾き語りのいいネタになると良いですね。ぜひあの国で、笑い話として広めて下さいませ。


おわり


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