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#25 はじまりの足音(4)
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強くならなくちゃ。迷惑をかけないために。
強くならなくちゃ。自立できるだめに。
強くならなくちゃ。皆の、皆と、皆の横に、胸を張って並び立てるように――
「お前、この屋敷すっげぇなぁ。シュタイン家の秘密の隠れ家? そんでこのエロくて華美な感じ! ギャハハ超悪趣味!」
「この鉄格子! これさえなけりゃまだフツーなのになぁ。いや、こんだけ用意されてたらフツーじゃないか。ヒャハハハハハ」
「あははっ! さっきからお褒めいただきありがとう。分かってると思うけど、くれぐれも口外しないでねぇ。ま、すでに二人とも共犯だけどねぇ」
まるで泥のなかにいるようだ。意識が朦朧とする。目は開いているのだろうか。暗く霞んでよく見えない。
「コレがあの《羊の姫》? 淫魔っぽくねぇし、上玉にも見えねぇけど。美味しいとは思えねぇなぁ。俺もっと色っぽいのが好みだし。最低でも胸がボーンってな」
「あんなに準備して罠にはめなくても、連れてこれたんじゃねぇの? 貴重な翠晶石まで使ってさぁ。お前の《魅惑》で十分堕とせるっぽいけど、この女」
下卑た男たちの声が耳に入ってくる。
「まぁまぁ。確かに容姿はそれほどだけど、精気が美味しいことはたぶん間違いない。感じない? この漏れ出てくる精気。翠晶石を使ったのはちょっと勿体なかったけどねぇ。ただもし上手くいかなくて、トゥーリエントの兄弟が嗅ぎつけたら次が難しくなるよね? 想定してたよりも相乗効果が強くって、こんなことになったけど結果オーライじゃない?」
「なぁ、早く喰っちまおうぜ」
「意識ないのヤったって面白くなくねぇ?」
体が重い。血に鉛が混じっているようだ。それに、手首と足首に硬質な違和感がある。
「焦らない焦らない。無理矢理奪うのも、それはそれで興が乗るけどねぇ。喜んで悦んで自分から差し出す精気の方が美味しいもんだからねぇ。《羊の姫》の場合は特にそう。まず体も心も何もかも俺に溺れさせて、彼女の全てを喰わせ尽くさせてもらおうよ?」
「おお、お得意の」
「お前がヤったら俺たちだからな」
どす黒い気配を持った誰かが近づいてくる。
「だからそろそろ起きてもらおうかなぁ?」
ぱしゃりと、頭から液体がかかった。むせ返るような甘い匂いと、じんと疼くような酒に似た何か。
ライラの視界が薄っすらと開いた。霞んで見えるなか、目の前には警戒していたヘルム・シュタインがいる。
「起きた? 頭は動くかな? ようこそわが別荘へ。君、ここまで運搬するの苦労したんだからねぇ」
ヘルムの他、見たことのない魔族の男が二人。銀色の髪、淫魔だ。ヘルムと似たような濁った雰囲気を持っている。三人とも制服である。
「自分の状況、分かってるかなぁ? あははっ! アルフォードの奴、自分の妹が俺の玩具にされるなんて、あははははははっ!」
見たこともない部屋である。板張りの床に、ちらばるように敷かれた様々な絨毯が極彩色の彩りを添えている。次に目に入ったのが、数人が寝そべられるほどに広い、猫脚の豪奢なベッド。白いシーツの上には赤い花びらが散らばっている。
視界がはっきりしてくると、この部屋の異様さが分かる。手足を拘束するために作られたであろう家具や、器具が並んでいる。ぞっとする存在感を放つ天井から吊るされた手錠、よく分からないが怪しげな小物類。
窓は一つもなく、なにより壁の一面が鉄格子である。殺風景な鉄格子の向こうに廊下と階段が見えた。
「……牢屋……?」
「あははっ! 大丈夫、ちょっとしたらそんな風には思わなくなるから。それにまだ動けないよねぇ?」
にたりと薄気味悪く笑うヘルムを見て、ライラは体を動かそうとする。しかし、何しろ体が重い。それに――
「え……」
両手首は壁に打ち込まれている手枷を嵌められ、両足首にも足枷が嵌っている。軽く万歳をし、両脚を伸ばした格好で座らされていた。
「その枷は特別性でねぇ、高度な魔術耐性があるんだよ。君如きでは絶対に取れないねぇ」
相当高度な魔術でないと壊せないということだ。学園の生徒でできる者は一握りだろう。
「まぁまぁ。僕のお人形にしてあげるから、光栄に思いなよねぇ」
ヘルムのすぐ傍には香炉が置いてあり、そこからずっと薄ピンクの煙があがっていた。いつから焚き続けていたのか、部屋は甘く独特な匂いが充満している。さきほど頭からかけられた液体のせいですぐには分からなかったが、十中八九《催淫》で使う補助香だ。薬学基礎で確かにこの匂いを嗅いだ。あの液体も似たような作用のものだろう。
ヘルムはライラを《魅了》に堕とすつもりだ。
「ここでずっと飼ってあげようねぇ」
ヘルムがライラの顎を掴み、強制的に目線を合わさせた。魔術が発動する。
「……。……?」
ライラの肉体的、精神的疲労と、体に染み渡るほど焚き染めた補助香、《洗脳》系の魔術アイテムであろう液体、ライラとヘルムの実力差。これを考えると、ライラに《魅惑》が効かない訳がない。だが――
「……は? なんでだ……?」
ヘルムは動揺している。ライラはきつく睨み返した。
「ここは《羊の姫》がいたところ? それとも、攫った人間を監禁したところ? 両方?」
ライラは静かに問う。ヘルムの目元が歪み、悪態をついた。
「もう一回だ、もう一回――」
「こんな風に、《魅惑》をかけて、《魅了》まで堕として、いいようにしてきたの?」
ライラの瞳の奥に赤い焔が燃え上がる。臓腑の奥から熱いものが沸き出で、力の奔流となって四肢の先まで巡っていく。
「今日、様子がおかしかった、ユキさんも、だよね?」
ヘルムがライラの喉元を掴む。「黙れ! 出来損ない風情が!」
喉を圧迫され、ライラは声を出せない。苦痛に顔を歪めながら、右腕に力を入れる。
「ぐっ……ぅぅぅぅう」
「馬鹿かな!? 魔術を使うでもなく、どうにかできる訳ないだろ!」
――ピシッ、メキリ、ボコ、ボコッガラガラガラ……ッカラン……
「……は? え、うぐッ――!」
手枷ごと壁から引き抜いた右腕に殴られ、ヘルムが壁際まで飛ばされる。
ライラは右腕と同じように、手枷ごと壁から左腕を引き抜いた。前腕の三分の一を占める、無骨な腕輪が両手首にはまっている。手枷を打ち込んでいた壁は少々崩れた。
静観していた二人の淫魔の目には、まるで信じられない驚愕を如実に物語っている。
「……嫌い」
右手で左手首にはまっている手枷を掴む。手枷にヒビが入っていく。ぐしゃりと、潰れるように壊れた。右手に嵌っている手枷は、左手で殴り割った。足枷の左右を繋がらせている鎖は手刀で切断する。
ライラはゆらりと立ち上がった。魔力など圧倒的に少ないのに、恐ろしいまでの威圧感を発していた。
「私、とても、あなた方が、嫌い」
強くならなくちゃ。自立できるだめに。
強くならなくちゃ。皆の、皆と、皆の横に、胸を張って並び立てるように――
「お前、この屋敷すっげぇなぁ。シュタイン家の秘密の隠れ家? そんでこのエロくて華美な感じ! ギャハハ超悪趣味!」
「この鉄格子! これさえなけりゃまだフツーなのになぁ。いや、こんだけ用意されてたらフツーじゃないか。ヒャハハハハハ」
「あははっ! さっきからお褒めいただきありがとう。分かってると思うけど、くれぐれも口外しないでねぇ。ま、すでに二人とも共犯だけどねぇ」
まるで泥のなかにいるようだ。意識が朦朧とする。目は開いているのだろうか。暗く霞んでよく見えない。
「コレがあの《羊の姫》? 淫魔っぽくねぇし、上玉にも見えねぇけど。美味しいとは思えねぇなぁ。俺もっと色っぽいのが好みだし。最低でも胸がボーンってな」
「あんなに準備して罠にはめなくても、連れてこれたんじゃねぇの? 貴重な翠晶石まで使ってさぁ。お前の《魅惑》で十分堕とせるっぽいけど、この女」
下卑た男たちの声が耳に入ってくる。
「まぁまぁ。確かに容姿はそれほどだけど、精気が美味しいことはたぶん間違いない。感じない? この漏れ出てくる精気。翠晶石を使ったのはちょっと勿体なかったけどねぇ。ただもし上手くいかなくて、トゥーリエントの兄弟が嗅ぎつけたら次が難しくなるよね? 想定してたよりも相乗効果が強くって、こんなことになったけど結果オーライじゃない?」
「なぁ、早く喰っちまおうぜ」
「意識ないのヤったって面白くなくねぇ?」
体が重い。血に鉛が混じっているようだ。それに、手首と足首に硬質な違和感がある。
「焦らない焦らない。無理矢理奪うのも、それはそれで興が乗るけどねぇ。喜んで悦んで自分から差し出す精気の方が美味しいもんだからねぇ。《羊の姫》の場合は特にそう。まず体も心も何もかも俺に溺れさせて、彼女の全てを喰わせ尽くさせてもらおうよ?」
「おお、お得意の」
「お前がヤったら俺たちだからな」
どす黒い気配を持った誰かが近づいてくる。
「だからそろそろ起きてもらおうかなぁ?」
ぱしゃりと、頭から液体がかかった。むせ返るような甘い匂いと、じんと疼くような酒に似た何か。
ライラの視界が薄っすらと開いた。霞んで見えるなか、目の前には警戒していたヘルム・シュタインがいる。
「起きた? 頭は動くかな? ようこそわが別荘へ。君、ここまで運搬するの苦労したんだからねぇ」
ヘルムの他、見たことのない魔族の男が二人。銀色の髪、淫魔だ。ヘルムと似たような濁った雰囲気を持っている。三人とも制服である。
「自分の状況、分かってるかなぁ? あははっ! アルフォードの奴、自分の妹が俺の玩具にされるなんて、あははははははっ!」
見たこともない部屋である。板張りの床に、ちらばるように敷かれた様々な絨毯が極彩色の彩りを添えている。次に目に入ったのが、数人が寝そべられるほどに広い、猫脚の豪奢なベッド。白いシーツの上には赤い花びらが散らばっている。
視界がはっきりしてくると、この部屋の異様さが分かる。手足を拘束するために作られたであろう家具や、器具が並んでいる。ぞっとする存在感を放つ天井から吊るされた手錠、よく分からないが怪しげな小物類。
窓は一つもなく、なにより壁の一面が鉄格子である。殺風景な鉄格子の向こうに廊下と階段が見えた。
「……牢屋……?」
「あははっ! 大丈夫、ちょっとしたらそんな風には思わなくなるから。それにまだ動けないよねぇ?」
にたりと薄気味悪く笑うヘルムを見て、ライラは体を動かそうとする。しかし、何しろ体が重い。それに――
「え……」
両手首は壁に打ち込まれている手枷を嵌められ、両足首にも足枷が嵌っている。軽く万歳をし、両脚を伸ばした格好で座らされていた。
「その枷は特別性でねぇ、高度な魔術耐性があるんだよ。君如きでは絶対に取れないねぇ」
相当高度な魔術でないと壊せないということだ。学園の生徒でできる者は一握りだろう。
「まぁまぁ。僕のお人形にしてあげるから、光栄に思いなよねぇ」
ヘルムのすぐ傍には香炉が置いてあり、そこからずっと薄ピンクの煙があがっていた。いつから焚き続けていたのか、部屋は甘く独特な匂いが充満している。さきほど頭からかけられた液体のせいですぐには分からなかったが、十中八九《催淫》で使う補助香だ。薬学基礎で確かにこの匂いを嗅いだ。あの液体も似たような作用のものだろう。
ヘルムはライラを《魅了》に堕とすつもりだ。
「ここでずっと飼ってあげようねぇ」
ヘルムがライラの顎を掴み、強制的に目線を合わさせた。魔術が発動する。
「……。……?」
ライラの肉体的、精神的疲労と、体に染み渡るほど焚き染めた補助香、《洗脳》系の魔術アイテムであろう液体、ライラとヘルムの実力差。これを考えると、ライラに《魅惑》が効かない訳がない。だが――
「……は? なんでだ……?」
ヘルムは動揺している。ライラはきつく睨み返した。
「ここは《羊の姫》がいたところ? それとも、攫った人間を監禁したところ? 両方?」
ライラは静かに問う。ヘルムの目元が歪み、悪態をついた。
「もう一回だ、もう一回――」
「こんな風に、《魅惑》をかけて、《魅了》まで堕として、いいようにしてきたの?」
ライラの瞳の奥に赤い焔が燃え上がる。臓腑の奥から熱いものが沸き出で、力の奔流となって四肢の先まで巡っていく。
「今日、様子がおかしかった、ユキさんも、だよね?」
ヘルムがライラの喉元を掴む。「黙れ! 出来損ない風情が!」
喉を圧迫され、ライラは声を出せない。苦痛に顔を歪めながら、右腕に力を入れる。
「ぐっ……ぅぅぅぅう」
「馬鹿かな!? 魔術を使うでもなく、どうにかできる訳ないだろ!」
――ピシッ、メキリ、ボコ、ボコッガラガラガラ……ッカラン……
「……は? え、うぐッ――!」
手枷ごと壁から引き抜いた右腕に殴られ、ヘルムが壁際まで飛ばされる。
ライラは右腕と同じように、手枷ごと壁から左腕を引き抜いた。前腕の三分の一を占める、無骨な腕輪が両手首にはまっている。手枷を打ち込んでいた壁は少々崩れた。
静観していた二人の淫魔の目には、まるで信じられない驚愕を如実に物語っている。
「……嫌い」
右手で左手首にはまっている手枷を掴む。手枷にヒビが入っていく。ぐしゃりと、潰れるように壊れた。右手に嵌っている手枷は、左手で殴り割った。足枷の左右を繋がらせている鎖は手刀で切断する。
ライラはゆらりと立ち上がった。魔力など圧倒的に少ないのに、恐ろしいまでの威圧感を発していた。
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