普通のゲイによる『BL短編集』

しゅんすけ

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没頭してる恋

没頭してる恋

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何かに時間を忘れるほど没頭できる人を羨ましく思っていた。

ゲームも読書も、食事もエッチも、その行為をしながら別のことを考えてしまう。

いわゆる効率重視なのかもしれない。

「明日の予定は?」とか「掃除しないと」なんて、やらなければいけないことを考えてしまう。

常に30分後を見て生きているようなそんな感じ。

ネットで知り合ったいわばセフレのような子と行為に至る最中でもそうだった。

始まる前までは欲望に襲われてやりたいと心から思っている。ドキドキと、心拍も上がって相手を待つ。その行為に意識が向いている。

しかし、始まってしまうと一気に体温が下がり、「明日の予定は…」と考えながら、相手の首筋に舌を這わせ、唇を重ねている。

しまいには、早く終わらないかな、と。自分から誘っているのに、気持ちが完全に消え去っているのだ。

夢中になれる何かなんて、25年間何もなかった。

仕事に本気になれる人、ポケモン図鑑をコンプリートする人――どちらも本気で尊敬している。

「何かを本気で頑張った経験がない」と言う僕に、彼は「自己肯定感が低いだけだよ」と言ってくれるが、僕の生き方には自然とルールができていた。

「8割の本気で勝つ」

10割でやって叶わなかった時、立ち直れなくなる自分が目に見えているから。
本気8割なら「まだ何かできるな」と思うこともできる。
そうして生きてきたから、何かに挫折したことはまだない。

高校生のころ、部活でインターハイにも出場したし、働き出してからはお金の知識を付けて資産形成もしている。

趣味も、コーヒーを豆から焙煎したり、本を習慣的に読んだり、最近はダイエットもしようかなと考えている。
でも、何一つとして「今、本気だな」と思えたことはなかった。

今の彼と出会うまでは。

僕は彼に没頭している。

自分にも「熱中」ということができるのだと、驚きを隠せなかった。

彼と一緒にいる時間だけは、誰にも邪魔されたくないし、雑音も一切入ってこない。

セフレとの体だけのエッチと、彼とのエッチは、食品サンプルのりんごと本物のりんごほど違うものだった。

傍から見れば、食品サンプルと本物のりんごが並んでいても、見分けなんかつかないだろう。

けれど、実際に味わうと甘くて、濃厚で、映画のベッドシーンのようにその瞬間の自分に酔いしれる。

食品サンプルのりんごを舐めても味はしないけれど、本物のりんごは酸味と甘味が伝わってくる。

僕は彼と会うまでは、作り物の世界に生きていたんだと思った。



4回目のデート。
竹下通りの、なかなか進まない人混みを原宿駅に向かって歩いていた。

彼の両手が背後からお腹に回って、くっつきながら進んでいる僕たち。
「バカップルみたいだ」と言うと、彼はギュッと僕を抱く力を強めた。

逃したくない、という感情に支配された僕は、1回目のデートで告白をした。

ベッドの上で、彼と向き合う。
暗くした部屋の中、彼はゆっくりと眼鏡を外し、枕元に置いた。
その仕草が妙に色っぽく感じられて、喉の奥がかすかに鳴った。

唇が触れる。

それだけで胸の奥が熱くなる。
これまでのエッチとは違う。

彼の体温は確かにここにあるのに、心が先に彼に溶かされていく感覚。

「……好き」

いつの間にか、そう呟いていた。

これまでのセフレとの関係では、こういう言葉は口にしなかった。

言う必要がなかったし、言葉にした瞬間、嘘になるような気がしたからだ。

けれど今、僕の唇からこぼれたその言葉は、疑いようもなく本物だった。

彼は微笑みながら、僕の髪を撫でる。
優しく、まるで壊れ物を扱うように。

そんなことをされたら、ますます彼に溺れてしまう。

「ぼくも」

彼は短くそう言って、また唇を重ねてくる。

何度も、何度も。

互いの呼吸が交わり、体温が混ざり合う。


軽い男だと思われたくなかったけど、それも、ベッドの上で、彼と唇を合わせ、見つめ合ったときに――

「付き合ってみる?」と聞いてみた。

彼は「いいよ」とだけ言って、また唇を重ねた。

だけど、1回目のデートでホテルにいるのは、彼に腕を引かれたからだった。



アプリでやり取りをしている時から、いい人そうではあったけれど、実際に会ってみても、彼は想像通りだった。

グレーのコートにベージュのチノパン。かっこいい、というわけではないけれど、太枠のメガネをかけた真面目な生徒会長、という感じだった。

目がとろっとしていて、いい意味でナマケモノのようなかわいい雰囲気。

お手洗いに行くと、ポケットからハンカチが出てきて驚いた。

自分の周りには、ハンカチを持ち歩く男なんていなかった。

ベッドから始まった恋が、ちゃんと始まるのか。
口だけの返事じゃないのか。

彼からの返信を待つ時間に不安になったりもしたが、彼はちゃんと真面目な人だった。



まだ今日は4回目のデート。

出会って1か月と10日しか経っていないのに、昔からの知り合いのような、不思議な感覚。
相性というものが存在するのだと実感している。

恋愛は、運も大事なのかもしれない。



竹下通りの入り口では、観光ツアーを存分に楽しむ外国人たちが、モニターカメラに向かってハイテンションで手を振っていた。

その横をすり抜け、電車に乗り込み、下北沢へ移動。

古本屋を4軒回った。

彼は子供のように、自分の研究に関する本を見つけると目を輝かせて読み耽り、買うかどうかを真剣に悩んでいた。
聞くと、部屋には大量の本が積み重ねられているという。

結局、彼は研究に関する本を3冊、僕は村上春樹の翻訳本をリュックに入れた。

「大学の先生としか古本屋に行かないから」と、僕と一緒に回れたことを、ものすごく喜んでいた。

少し疲れたね、と彼が顔に出していたので、カフェの外の平べンチに座らせ、彼にアイスティー、僕はアイスコーヒーを注文した。

11月半ばなのに日差しが強く、ニットを着てきたことを後悔した。

お互いの帰りを考慮して、町田までまた移動。
ブックオフを散策し、予定していたサイゼリヤで豪遊へ。
コーンピザ、イカ墨パスタ、エスカルゴ。
アルコールを飲まない彼を前に、白ワインを500ml注文し、呂律だけが回りにくくなるも、意識ははっきりしていた。

僕は笑い上戸になりながら手をつないで、町田のホテル街へ向かう。



そして、またベッドに。

唇を重ねて、重ねて、重ねて、重ねて。
僕たちのエッチは、キスがメインだった。

首筋、唇、背中。
何回同じことを繰り返しても、同じセリフを囁いても、飽きのこないキス。

終わりたくないと心から思えるキスは、初めてだった。

唇が離れるたびに、もう一度求めてしまう。
彼も同じ気持ちだったのか、何度でも、まるで確かめ合うようにキスを繰り返した。

こんなふうに誰かを求めたことなんて、今までなかった。

彼の肌に触れるたびに、「もっと知りたい」と思う。

彼の声を聞くたびに、「もっと感じたい」と思う。

タイマーが鳴った。

けれど、僕たちの唇は離れなかった。


僕は、彼に没頭している。
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