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成人式にタバコを吸いなれているのは早く大人になりたかったから
成人式にたばこを吸い慣れているのは 1
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『ありがとう。孝史のこと気にかけ続けてくれるの悠也君だけよ。悠也君に一緒に連れて行ってもらえるなら喜ぶからよろしくね』
孝史の遺影を成人式に借りてもいいか真沙代おばさんに連絡してみるとそう返事が来た。孝史が事故で死んでから八年が経つけれど僕は毎年命日にはお線香を上げに行く。僕以外には誰も来ないみたいだ。みんな薄情だと思う。だから成人式の日くらいは孝史をみんなに合わせたいと思った。そしてみんなで写真を撮って仏壇に飾る。
去年の孝史の命日ぶりに真沙代おばさんの家に来た。仏壇にある孝史の顔はあの年から成長していない。死んでいるから当然だけど孝史は今も小学六年生で僕は二十歳になった。お借りしますと孝史の遺影をリュックにいれた。
久しぶりに孝史の部屋が見たくなっておばさんに許可を取ると、ご自由にどうぞと言われた。二階にある孝史の部屋に入ると、その部屋は孝史の写真と同じく八年前から何も変わっていなかった。真沙代おばさんは当時のまま残しているのだ。八年も経つのだから片付けろと、孝弘おじさんと命日の日に口論しているのを見かけた。おばさんはまだ、孝史が帰ってくるかもしれないと思っている。僕ももしかしたら帰ってくるんじゃないかと思っている自分がいる。
成人式の朝は天気が良くてカラッと空気の澄んだ一月らしい朝だった。孝史は机の上にいて孝史の前で着替えるのは少し恥じらいがあって写真を壁の方に向けた。大学の入学式で着たスーツに着替えて孝史の写真を戻した。キッチンに降りると母さんがなぜか白色のスーツを着ていた。
「せっかくだから三人で写真撮るよ」と母さんが言って家の外に出ると父さんもスーツ姿でニコンの一眼レフカメラを三脚にセットしていた。
「おはよ、20歳のスーツ姿はかっこいいな」と父さんは言った。入学式と何も変わらないのよ、と僕は返した。
ほら取るぞ、と父さんがタイマーをセットして僕が真ん中に母さんが左側に立った。父さんが映り具合を確認していると、僕は待っててと言って部屋に戻って孝史を連れてきた。「一緒に撮ってほしい」と僕が言うと父さんはニコッと笑顔を見せて小さく、おう、と言った。
撮った写真をスマホに送って貰って、その写真を真沙代おばさんに送った。すぐに既読がついて返事が来た。
『あんなに小さかったのに、こんなに大きくなって孝史も心なしか笑顔に見えるわ。それにしても彼女がいないのが不思議なくらいかっこいいわ』そして連投で送られてきた。『早苗さんたちにもよろしく伝えてください。』早苗さんというのは僕の母さんだ。
僕は朝ご飯を食べて珈琲を淹れた。珈琲を持って玄関外へ、そして吸い始めたばかりのタバコに火をつけた。今はセッターのメンソールを吸っている。タバコを吸うたびに、タバコの形をしたお菓子を咥えて大人のフリを孝史としていたことを思い出す。孝史はあのお菓子が好きだったから。僕は片足を上げて靴底に、タバコを押し付けて火を消した。
成人式は市民会館で行われる。会場前の道路は送迎の車で渋滞をしていた。僕は混雑する手前のコンビニで父さんに降ろしてもらってそこから向かうことにした。
「楽しんで来いよ。ここだけの話父さんと母さんの出会いは成人式なんだよ。母さんの綺麗な着物姿に惚れちゃってな。連絡先を交換してもらったのよ」両親の出会いがナンパだったことに驚きながらも返しが思い浮かばずに鼻で、ふんっ、と笑って帰した。送ってくれてありがと、と言って車を降りた。
会場には喫煙所がなさそうで僕は先にコンビニの喫煙所に向かった。同じくスーツを着た六人組がタバコを吸いながら、ほんと久しぶりだよな、と出会いを懐かしんでいた。僕は喫煙所の端の方で孝史の遺影を小脇に抱えながらタバコを吸った。そして目の前の通りを歩いている着飾った女の子たちを見ていた。
着飾った女の子たちは正直、みんなお化粧をしていて同じに見える。知り合いがいたとしても多分気づけないだろうと思う。それでよく父さんは母さんにだけ見惚れたなと感心した。そしてまた一人、会場に向かう列から外れて喫煙所に歩いてくる男がいる。その顔に覚えがあった。顔を見るのは中学生ぶりだけど間違いない。小学生時代にはよく遊んでいた直人だ。
僕と孝史は六人組のグループでよく遊んでいた。直人と、誠司、清香、栞の六人だ。何でこの六人で遊ぶようになったのかは今さら覚えてはいない。女の子もいるから公園でおままごとをすることもあったし、三対三でドッジボールとかもした。今時の小学生みたいに携帯もswitchも無かったから子供らしくいろんな遊びを考えて遊んでいた。孝史はどちらかと言えばドッジボールとか野蛮な遊びよりも、おままごととかの方を好んでいた気がする。体が細くてボールを投げるのも精いっぱいだったのを思い出した。
直人は僕に気が付かずに隣に来て煙草を咥えた。近くで見ると目の下に黒子があって、直人だと確証を得た。小学生の頃は目の下の黒子がコンプレックスで気にしていた。それに近くで並ぶと僕と同じくらいの身長だと思っていたのに僕より背が伸びていた。髪はキッチリとワックスでセットされて青色のスーツがとても似合っていた。そして左手の薬指にシルバーの指輪をしていた。
手持ちのライターで火をつけようとしているけれどうまく火がつかないようだった。久しぶりの友達への話しかけ方が分からない僕にはちょうど良かった。火、使いますか?とライターを親指と人差し指で挟んで直人に向けた。
「あ、どうも……。って悠也か!なんだよ、気が付かなかったわ。ひさしぶりだな、てか。お前もタバコ吸うんだな。なんか意外だわ」
直人は僕の指からライターを取って火をつけた。そして喫煙所の外に向けて煙を長く吐き出した。吸っていたのはピースだった。
「お前メンソールなんか吸ってんのかよ。女子かよ」
「別に、気分で買えてるだけ」
「タバコの銘柄ちょくちょく変わるやつって浮気性なんだってな。一人の女大事にしろよ」
「別に彼女いないし」
直人は昔から人をおちょくった話し方をしてくる。それでも悪い奴じゃない。僕たちは久しぶりの出会いを懐かしんだ。そして直人が僕の抱えていたものを指さした。
「それなに?額縁?」
「ああこれ、久しぶりにみんなで写真でも撮ろうかと思ってさ。栞たちも見つけて」
僕は孝史の写真を直人に見せて懐かしんでくれると思った。だけど思っていた反応と違う。夢を見ているのかと思った。
「ふーん、誰だっけ?」
「だ、誰って、孝史だよ。俺たち六人組で遊んでいただろ」
「そうだっけ?言われればそんな奴いた気がするな……。あ、わりーダチ待たせてるんだった、またな」と言って直人は会場に向かう列に混ざって行った。僕は唖然として火のついたタバコを地面に落としてしまった。
こんなバカな話があるか。いくら小学生の頃の話と言え孝史のことをここまで忘れるなんて、僕は他の栞たちに会うのは怖くなった。僕が過去にしがみついているだけでみんな忘れて前に進んでしまっているのか。落としたたばこを靴で擦り付けて僕も会場の列に流れ込んだ。孝史の遺影を両手で前に持ちながら。
式は実につまらないもので市長の長い話中は後ろの方で騒いでいる奴らがいたし、特別ゲストとして呼ばれた地元のシンガーソングライターの演奏中はみんな携帯をいじっていた。ヤナエというアーティスト名だけどみんな知らないという雰囲気になっていた。僕ももちろん知らなかった。あまりにも退屈で危うく眠りかけて孝史の遺影を落としそうになった。大人になるための成人式はこんなものかと僕は物足りなく感じて、ステージの右側にある丸時計を見て時間が過ぎるのを待った。
式が終わると地区ごとに集まって交流する時間があった。〇〇地区とここら辺の地区の名前ごとに大きな看板が出てきてみんなそれぞれの看板の方へと散っていく。僕と孝史の住む安達地区のエリアに僕は歩いた。孝史の写真を抱えて歩いているんだから誰かしら、声をかけてくれてもいいのにと僕は思った。
だけどみんな奇妙なものを見る目でちらっと見るだけですぐに目をそらした。知った顔を何人か見かけたけれど、みんな他の友達と一緒にいて話しかける勇気が出なかった。誰とも話せず独りぼっちをしていると急に背中を叩かれた。誠司だった。僕たち六人組のもう一人の男子、名前の通りに誠実で真面目な奴だった。背丈は相変わらず低くて百六十センチくらいかと思う。
黒色のスーツに身を包んでいて笑顔を見せてきた。相変わらず笑うと白い歯が良く見える。
「久しぶりっ」と言って僕の顔をまじまじと見てきた。そして目線が下に映って孝史の遺影を見ると笑顔の白い歯が引っ込んだ。
「……孝史か」
「うん、成人式だからみんなに会いたいかなっ」
「それはねえよ」と誠司は言った。
何でそんなことを言うのか分からなかった。成人した大人なら嘘でもそうだねと、肯定するべきだ。僕は反射的に「なんで?」と聞き返した。そして誠司の目を睨みつける気持ちで見つめた。
「あ、いや……。だってほら孝史だって死んでから時間が経っているし、もう生まれ変わって新しい人生を楽しんでるかもしれねえじゃん。そうじゃなくても天国で楽しく……」と言って誠司は目をそらした。
「だけど、まだ……。生きてるかもしれないじゃん」と僕は言った。遺体は見つかっていないからどこかで奇跡的に記憶喪失になって生きていてどこかで暮らしているなんて想像をすることがある。
その可能性ははるかに低い、だけどゼロではない。孝史のお葬式は孝史の遺体も無いままに行われた。孝史は行方不明のまま見つかっていないのだ。正確に言えば死んだとしか思えない状況を見た人が四人いる。その発言で孝史は死んだこととなっている。
孝史は大七川という川で遊んでいる時に流されてしまったらしい。大七川は僕たちの住む安達地区に流れる大きな川で、川辺では夏はキャンプやバーベキューをする人たちで賑わう川だ。だけど孝史が流されたのは夏の大雨が降った翌日で人は孝史と目撃者の四人しかいなかったらしい。目撃者は僕以外の直人、誠司、清香、栞の四人だ。その日は僕も一緒に遊ぶ予定だったけど夏風邪をひいて布団の中に籠っていた。僕がそのことを聞いたのは風邪が治った事故の日から三日後だった。父さん達は風邪をひいている僕に三日間も隠していた。何で早く教えてくれなかったんだと、僕は泣いて父さんを責めた記憶がある。だけど父さんは暴れる僕に文句も言わずに抱きしめてくれた。孝史がいなくなった事実が当時の僕には処理できなくて発散する先が必要だったんだ。
「生きてねえよ。これが現実だ。みんな忘れようと努力したんだから、悠也も過去にしがみついてばかりいんなよ」
直人も誠司もこんな薄情な奴らだったのか、僕は返す言葉が浮かんでこなくてただ立ち尽くすしかできなかった。誠司はまたな、と言って僕の前から去って行く。昔の死んだ友達の遺影を成人式に連れてくることが過去にしがみつくことになるのか。前に進んでいないということになるのか。
僕は孝史の遺影を小脇に抱えて見えないようにした。せっかくみんなに孝史の顔を見せてあげようと思っていたのに、孝史を見られることで過去が汚れていくような気分になった。早く帰ろう、僕は出口の方に向かった。
終わったら連絡してね、と父さん達に言われていたけれど一人で考えたい気分だ。途中で帰る人はいなくて会場の外は閑散としている。周りに人がいないことを確認してタバコに火をつけた。タバコを吸いながらコンビニまで戻って吸い殻入れに吸い殻をいれた。そしてもう一本火をつけた。家までの道のりを歩く間、薄情な二人の愚痴を何度も頭の中で繰り返した。
孝史の写真を机に伏せて布団に覆いかぶさった。父さん達には歩いて帰ってきたのかと驚かれて、疲れた、とだけ言って部屋に籠る。僕だけが過去にしがみついていて前に進めない。正しいことを言われているようで腹が立つし間違ったことを押し付けられているようでムカついた。
ただ孝史はいないことは確かだ。それに記憶をたどってみても記憶の中にいる孝史はモヤがかかったみたいにハッキリしない顔をしている。写真を見ているからこれが孝史だと分かるけれど、そうでなければ孝史の顔を認識できないかもしれない。それに孝史の事故の後、僕たちのグループは疎遠になって孝史の話はしなくなった。話をしないから記憶にも定着しなかったのかもしれない。言われてみれば僕も、当時は孝史のことを忘れようとしていたのかもしれない。
着信が来て携帯を見ると知らない番号からだった。電話番号を検索しようと操作していると間違って電話に出てしまった。
「……もしもし?」
孝史の遺影を成人式に借りてもいいか真沙代おばさんに連絡してみるとそう返事が来た。孝史が事故で死んでから八年が経つけれど僕は毎年命日にはお線香を上げに行く。僕以外には誰も来ないみたいだ。みんな薄情だと思う。だから成人式の日くらいは孝史をみんなに合わせたいと思った。そしてみんなで写真を撮って仏壇に飾る。
去年の孝史の命日ぶりに真沙代おばさんの家に来た。仏壇にある孝史の顔はあの年から成長していない。死んでいるから当然だけど孝史は今も小学六年生で僕は二十歳になった。お借りしますと孝史の遺影をリュックにいれた。
久しぶりに孝史の部屋が見たくなっておばさんに許可を取ると、ご自由にどうぞと言われた。二階にある孝史の部屋に入ると、その部屋は孝史の写真と同じく八年前から何も変わっていなかった。真沙代おばさんは当時のまま残しているのだ。八年も経つのだから片付けろと、孝弘おじさんと命日の日に口論しているのを見かけた。おばさんはまだ、孝史が帰ってくるかもしれないと思っている。僕ももしかしたら帰ってくるんじゃないかと思っている自分がいる。
成人式の朝は天気が良くてカラッと空気の澄んだ一月らしい朝だった。孝史は机の上にいて孝史の前で着替えるのは少し恥じらいがあって写真を壁の方に向けた。大学の入学式で着たスーツに着替えて孝史の写真を戻した。キッチンに降りると母さんがなぜか白色のスーツを着ていた。
「せっかくだから三人で写真撮るよ」と母さんが言って家の外に出ると父さんもスーツ姿でニコンの一眼レフカメラを三脚にセットしていた。
「おはよ、20歳のスーツ姿はかっこいいな」と父さんは言った。入学式と何も変わらないのよ、と僕は返した。
ほら取るぞ、と父さんがタイマーをセットして僕が真ん中に母さんが左側に立った。父さんが映り具合を確認していると、僕は待っててと言って部屋に戻って孝史を連れてきた。「一緒に撮ってほしい」と僕が言うと父さんはニコッと笑顔を見せて小さく、おう、と言った。
撮った写真をスマホに送って貰って、その写真を真沙代おばさんに送った。すぐに既読がついて返事が来た。
『あんなに小さかったのに、こんなに大きくなって孝史も心なしか笑顔に見えるわ。それにしても彼女がいないのが不思議なくらいかっこいいわ』そして連投で送られてきた。『早苗さんたちにもよろしく伝えてください。』早苗さんというのは僕の母さんだ。
僕は朝ご飯を食べて珈琲を淹れた。珈琲を持って玄関外へ、そして吸い始めたばかりのタバコに火をつけた。今はセッターのメンソールを吸っている。タバコを吸うたびに、タバコの形をしたお菓子を咥えて大人のフリを孝史としていたことを思い出す。孝史はあのお菓子が好きだったから。僕は片足を上げて靴底に、タバコを押し付けて火を消した。
成人式は市民会館で行われる。会場前の道路は送迎の車で渋滞をしていた。僕は混雑する手前のコンビニで父さんに降ろしてもらってそこから向かうことにした。
「楽しんで来いよ。ここだけの話父さんと母さんの出会いは成人式なんだよ。母さんの綺麗な着物姿に惚れちゃってな。連絡先を交換してもらったのよ」両親の出会いがナンパだったことに驚きながらも返しが思い浮かばずに鼻で、ふんっ、と笑って帰した。送ってくれてありがと、と言って車を降りた。
会場には喫煙所がなさそうで僕は先にコンビニの喫煙所に向かった。同じくスーツを着た六人組がタバコを吸いながら、ほんと久しぶりだよな、と出会いを懐かしんでいた。僕は喫煙所の端の方で孝史の遺影を小脇に抱えながらタバコを吸った。そして目の前の通りを歩いている着飾った女の子たちを見ていた。
着飾った女の子たちは正直、みんなお化粧をしていて同じに見える。知り合いがいたとしても多分気づけないだろうと思う。それでよく父さんは母さんにだけ見惚れたなと感心した。そしてまた一人、会場に向かう列から外れて喫煙所に歩いてくる男がいる。その顔に覚えがあった。顔を見るのは中学生ぶりだけど間違いない。小学生時代にはよく遊んでいた直人だ。
僕と孝史は六人組のグループでよく遊んでいた。直人と、誠司、清香、栞の六人だ。何でこの六人で遊ぶようになったのかは今さら覚えてはいない。女の子もいるから公園でおままごとをすることもあったし、三対三でドッジボールとかもした。今時の小学生みたいに携帯もswitchも無かったから子供らしくいろんな遊びを考えて遊んでいた。孝史はどちらかと言えばドッジボールとか野蛮な遊びよりも、おままごととかの方を好んでいた気がする。体が細くてボールを投げるのも精いっぱいだったのを思い出した。
直人は僕に気が付かずに隣に来て煙草を咥えた。近くで見ると目の下に黒子があって、直人だと確証を得た。小学生の頃は目の下の黒子がコンプレックスで気にしていた。それに近くで並ぶと僕と同じくらいの身長だと思っていたのに僕より背が伸びていた。髪はキッチリとワックスでセットされて青色のスーツがとても似合っていた。そして左手の薬指にシルバーの指輪をしていた。
手持ちのライターで火をつけようとしているけれどうまく火がつかないようだった。久しぶりの友達への話しかけ方が分からない僕にはちょうど良かった。火、使いますか?とライターを親指と人差し指で挟んで直人に向けた。
「あ、どうも……。って悠也か!なんだよ、気が付かなかったわ。ひさしぶりだな、てか。お前もタバコ吸うんだな。なんか意外だわ」
直人は僕の指からライターを取って火をつけた。そして喫煙所の外に向けて煙を長く吐き出した。吸っていたのはピースだった。
「お前メンソールなんか吸ってんのかよ。女子かよ」
「別に、気分で買えてるだけ」
「タバコの銘柄ちょくちょく変わるやつって浮気性なんだってな。一人の女大事にしろよ」
「別に彼女いないし」
直人は昔から人をおちょくった話し方をしてくる。それでも悪い奴じゃない。僕たちは久しぶりの出会いを懐かしんだ。そして直人が僕の抱えていたものを指さした。
「それなに?額縁?」
「ああこれ、久しぶりにみんなで写真でも撮ろうかと思ってさ。栞たちも見つけて」
僕は孝史の写真を直人に見せて懐かしんでくれると思った。だけど思っていた反応と違う。夢を見ているのかと思った。
「ふーん、誰だっけ?」
「だ、誰って、孝史だよ。俺たち六人組で遊んでいただろ」
「そうだっけ?言われればそんな奴いた気がするな……。あ、わりーダチ待たせてるんだった、またな」と言って直人は会場に向かう列に混ざって行った。僕は唖然として火のついたタバコを地面に落としてしまった。
こんなバカな話があるか。いくら小学生の頃の話と言え孝史のことをここまで忘れるなんて、僕は他の栞たちに会うのは怖くなった。僕が過去にしがみついているだけでみんな忘れて前に進んでしまっているのか。落としたたばこを靴で擦り付けて僕も会場の列に流れ込んだ。孝史の遺影を両手で前に持ちながら。
式は実につまらないもので市長の長い話中は後ろの方で騒いでいる奴らがいたし、特別ゲストとして呼ばれた地元のシンガーソングライターの演奏中はみんな携帯をいじっていた。ヤナエというアーティスト名だけどみんな知らないという雰囲気になっていた。僕ももちろん知らなかった。あまりにも退屈で危うく眠りかけて孝史の遺影を落としそうになった。大人になるための成人式はこんなものかと僕は物足りなく感じて、ステージの右側にある丸時計を見て時間が過ぎるのを待った。
式が終わると地区ごとに集まって交流する時間があった。〇〇地区とここら辺の地区の名前ごとに大きな看板が出てきてみんなそれぞれの看板の方へと散っていく。僕と孝史の住む安達地区のエリアに僕は歩いた。孝史の写真を抱えて歩いているんだから誰かしら、声をかけてくれてもいいのにと僕は思った。
だけどみんな奇妙なものを見る目でちらっと見るだけですぐに目をそらした。知った顔を何人か見かけたけれど、みんな他の友達と一緒にいて話しかける勇気が出なかった。誰とも話せず独りぼっちをしていると急に背中を叩かれた。誠司だった。僕たち六人組のもう一人の男子、名前の通りに誠実で真面目な奴だった。背丈は相変わらず低くて百六十センチくらいかと思う。
黒色のスーツに身を包んでいて笑顔を見せてきた。相変わらず笑うと白い歯が良く見える。
「久しぶりっ」と言って僕の顔をまじまじと見てきた。そして目線が下に映って孝史の遺影を見ると笑顔の白い歯が引っ込んだ。
「……孝史か」
「うん、成人式だからみんなに会いたいかなっ」
「それはねえよ」と誠司は言った。
何でそんなことを言うのか分からなかった。成人した大人なら嘘でもそうだねと、肯定するべきだ。僕は反射的に「なんで?」と聞き返した。そして誠司の目を睨みつける気持ちで見つめた。
「あ、いや……。だってほら孝史だって死んでから時間が経っているし、もう生まれ変わって新しい人生を楽しんでるかもしれねえじゃん。そうじゃなくても天国で楽しく……」と言って誠司は目をそらした。
「だけど、まだ……。生きてるかもしれないじゃん」と僕は言った。遺体は見つかっていないからどこかで奇跡的に記憶喪失になって生きていてどこかで暮らしているなんて想像をすることがある。
その可能性ははるかに低い、だけどゼロではない。孝史のお葬式は孝史の遺体も無いままに行われた。孝史は行方不明のまま見つかっていないのだ。正確に言えば死んだとしか思えない状況を見た人が四人いる。その発言で孝史は死んだこととなっている。
孝史は大七川という川で遊んでいる時に流されてしまったらしい。大七川は僕たちの住む安達地区に流れる大きな川で、川辺では夏はキャンプやバーベキューをする人たちで賑わう川だ。だけど孝史が流されたのは夏の大雨が降った翌日で人は孝史と目撃者の四人しかいなかったらしい。目撃者は僕以外の直人、誠司、清香、栞の四人だ。その日は僕も一緒に遊ぶ予定だったけど夏風邪をひいて布団の中に籠っていた。僕がそのことを聞いたのは風邪が治った事故の日から三日後だった。父さん達は風邪をひいている僕に三日間も隠していた。何で早く教えてくれなかったんだと、僕は泣いて父さんを責めた記憶がある。だけど父さんは暴れる僕に文句も言わずに抱きしめてくれた。孝史がいなくなった事実が当時の僕には処理できなくて発散する先が必要だったんだ。
「生きてねえよ。これが現実だ。みんな忘れようと努力したんだから、悠也も過去にしがみついてばかりいんなよ」
直人も誠司もこんな薄情な奴らだったのか、僕は返す言葉が浮かんでこなくてただ立ち尽くすしかできなかった。誠司はまたな、と言って僕の前から去って行く。昔の死んだ友達の遺影を成人式に連れてくることが過去にしがみつくことになるのか。前に進んでいないということになるのか。
僕は孝史の遺影を小脇に抱えて見えないようにした。せっかくみんなに孝史の顔を見せてあげようと思っていたのに、孝史を見られることで過去が汚れていくような気分になった。早く帰ろう、僕は出口の方に向かった。
終わったら連絡してね、と父さん達に言われていたけれど一人で考えたい気分だ。途中で帰る人はいなくて会場の外は閑散としている。周りに人がいないことを確認してタバコに火をつけた。タバコを吸いながらコンビニまで戻って吸い殻入れに吸い殻をいれた。そしてもう一本火をつけた。家までの道のりを歩く間、薄情な二人の愚痴を何度も頭の中で繰り返した。
孝史の写真を机に伏せて布団に覆いかぶさった。父さん達には歩いて帰ってきたのかと驚かれて、疲れた、とだけ言って部屋に籠る。僕だけが過去にしがみついていて前に進めない。正しいことを言われているようで腹が立つし間違ったことを押し付けられているようでムカついた。
ただ孝史はいないことは確かだ。それに記憶をたどってみても記憶の中にいる孝史はモヤがかかったみたいにハッキリしない顔をしている。写真を見ているからこれが孝史だと分かるけれど、そうでなければ孝史の顔を認識できないかもしれない。それに孝史の事故の後、僕たちのグループは疎遠になって孝史の話はしなくなった。話をしないから記憶にも定着しなかったのかもしれない。言われてみれば僕も、当時は孝史のことを忘れようとしていたのかもしれない。
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