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海人視点
6『しっぱい』
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疲労した脳みそも一度寝てしまえば回復したのが分かる。
今日も完成間近で工事の止まっているマンションに忍び込んだ。
昨日死んだカラスの死体は無くなっていた。誰かが片付けたのか、イタチか何かが持っていったのか跡形も無かった。昨日と同じくカラスは向かいのマンションにたむろしていた。
巨大な巣でもあるのかもしれない。昨日と同じくカラスに命令してみる。
「飛べ」五回に一回は目を瞑らなくてもカラスが飛んでいくようになった。筋トレみたいに使えば使うほど能力の性能は上がるのかもしれない。
「こっちに飛んで来い」
目を瞑って念じた。だけど対象のカラスはそのままじっとしている。
「こっちこい」
目を瞑って念じると、カラスはこっちに向かって飛んできて近くの手摺に止まった。
そして一度俺の方を見てから元の場所に戻って行く。もしかすると命令は短い方が伝わりやすいのかも知れない。
「こっちに飛んで来い」よりもシンプルに「こっち来い」「飛べ」の方が対象に伝達しやすいようだ。
「下の道路に落ちているゴミを拾ってこい」と念じてみても予想どうりカラスは動かなかった。試しに背の高い木を自分の視界で見つめて念じてみた。
「あれ取ってこい」
視界の木の葉っぱを捕えていた。カラスは木の方向に飛んでいくと、枝から葉っぱを千切って目の前の手摺に飛んできた。なんとなくコツが掴めてきたかも知れない。ゲームのレベル上げみたいに段々と、面白くなってきた。
能力の不発が増えてきて脳の限界だと分かった。家に帰ると潮琶が尋問みたいに色々聞いてきて肝が冷えた。
見られたのかと思った。この前一度だけ遊んだ(無理やり潮琶に遊ばされた)慎太郎が俺を駅前で見かけたという。
昨日は一目散にマンションから帰っていたから気がつかなかった。知らないふりで押し切ろうとしたけれど、カラスについて聞かれてギクリとした。表情を押し殺して誤魔化した。
「……。ああ、そのことね。めっちゃ落ちてたよ。鳥インフルエンザでも流行ってるのかもね」
「それはやばいな。当分駅前行けないわ」
翌朝は雨で、それも大粒の雨が弾丸みたいに地面を打っていた。潮琶は少なからず何か疑っているかもしれない。疑心暗鬼になっているだけ、そうかもしれない。けれど対策しておくことにした。
「今日は放課後、図書室行ってるわ」
「なにそれ、カップルかよ。放課後の予定伝えてきて」
「お前が昨日、気にしていただろ。詮索されんの嫌だし、ぜってえ来るなよ」
念を押してついてくるなと言っておいた。俺が本気で嫌がることを潮琶はしてこない。
だけど詮索されるのが嫌だと言ったことに対して、何かしたのかと疑ってきた。やはり疑われている。俺は潮琶の顔を見つめてから、なんて返そうか考えて地面を打つ雨粒を見つめた。
雨音がずっと鳴り響いていて靴もズボンも色を変えている。俺の沈黙が潮琶を疑心にさせたみたいだった。
「……お前なにしたの」と俺の作った沈黙の後に聞いてきた。
「なーんてね。なんもしてねえよ」
潮琶の肩を軽く小突いて逃げるように走った。ビチャ、ビチャと足が地面につくたびにしぶきが上がる。
後ろを振り向くと潮琶は追いかけてきていて学校まで走って逃げた。着いた頃にはさっきのことなんて潮琶は忘れているようだった。俺はいつもこうやって大事な話をごまかす癖がある。
テレビのニュースでカラスの不審死が取り上げられた。暫くすると誰かが毒の餌を巻いているだとか憶測の噂話も教室では聞こえてきた。
原因は調査中だって言っていたけれど分かる訳がない。自分の行為が予期せぬ形にでも、話題になって少し浮かれていた。
裏世界の救世主みたいな、これは俺の力なんだって言いふらしたい衝動にかられた。別に自慢できることをしている訳ではないけれどそんな気分だった。
今週はずっと、新しいことを試そうと授業中に計画しては放課後に実践していた。
昨日までは一度に一羽だけ命令していたから同時に二羽できないか、例えば一羽では運べないようなサイズの物を二羽同時に命じて運んだり、日本国旗をなびかせながらカラスが飛んでいたらみんなの注目ももっと集まりそうだと思った。
元々人通りの少ない建設現場で今日も人目を気にしながら侵入した。
もうここに来るのも慣れた。階段を登るとあたり前のようにカラス達は向かいのマンションに止まっている。
俺の力に耐えられなくて数は減っているはずなのに毎日変わらず同じ数がどこからか飛んでくる。死体も翌日になると消えている。
両手で二羽のカラスに手を向けて目を瞑って簡単な指令を出し続けた。
「こっち来い」
目を開けると景色は何も変わらなかった。大きく息を吸って集中力を高めた。
「こっち来い。こっち来い。こっち来い」
いけそう。そう確信した瞬間に右ポケットが振動した。着信音が鳴った。集中していた気が切れるのが分かった。
目を開けるとカラスに向けていた力が、衝撃波みたいに向かい側のマンションに広がった。ほとんど透明だけど靄みたいなものが広がっていく。
すると同時に爆竹の大合唱みたいな音が広がった。
「やっべ」と思わず漏れて現実から逃げたくて目を瞑った。
一応手を向けて「元に戻れ」と念じてはみたけれど元には戻らなかった。全てが終わって静かになった。
今日も完成間近で工事の止まっているマンションに忍び込んだ。
昨日死んだカラスの死体は無くなっていた。誰かが片付けたのか、イタチか何かが持っていったのか跡形も無かった。昨日と同じくカラスは向かいのマンションにたむろしていた。
巨大な巣でもあるのかもしれない。昨日と同じくカラスに命令してみる。
「飛べ」五回に一回は目を瞑らなくてもカラスが飛んでいくようになった。筋トレみたいに使えば使うほど能力の性能は上がるのかもしれない。
「こっちに飛んで来い」
目を瞑って念じた。だけど対象のカラスはそのままじっとしている。
「こっちこい」
目を瞑って念じると、カラスはこっちに向かって飛んできて近くの手摺に止まった。
そして一度俺の方を見てから元の場所に戻って行く。もしかすると命令は短い方が伝わりやすいのかも知れない。
「こっちに飛んで来い」よりもシンプルに「こっち来い」「飛べ」の方が対象に伝達しやすいようだ。
「下の道路に落ちているゴミを拾ってこい」と念じてみても予想どうりカラスは動かなかった。試しに背の高い木を自分の視界で見つめて念じてみた。
「あれ取ってこい」
視界の木の葉っぱを捕えていた。カラスは木の方向に飛んでいくと、枝から葉っぱを千切って目の前の手摺に飛んできた。なんとなくコツが掴めてきたかも知れない。ゲームのレベル上げみたいに段々と、面白くなってきた。
能力の不発が増えてきて脳の限界だと分かった。家に帰ると潮琶が尋問みたいに色々聞いてきて肝が冷えた。
見られたのかと思った。この前一度だけ遊んだ(無理やり潮琶に遊ばされた)慎太郎が俺を駅前で見かけたという。
昨日は一目散にマンションから帰っていたから気がつかなかった。知らないふりで押し切ろうとしたけれど、カラスについて聞かれてギクリとした。表情を押し殺して誤魔化した。
「……。ああ、そのことね。めっちゃ落ちてたよ。鳥インフルエンザでも流行ってるのかもね」
「それはやばいな。当分駅前行けないわ」
翌朝は雨で、それも大粒の雨が弾丸みたいに地面を打っていた。潮琶は少なからず何か疑っているかもしれない。疑心暗鬼になっているだけ、そうかもしれない。けれど対策しておくことにした。
「今日は放課後、図書室行ってるわ」
「なにそれ、カップルかよ。放課後の予定伝えてきて」
「お前が昨日、気にしていただろ。詮索されんの嫌だし、ぜってえ来るなよ」
念を押してついてくるなと言っておいた。俺が本気で嫌がることを潮琶はしてこない。
だけど詮索されるのが嫌だと言ったことに対して、何かしたのかと疑ってきた。やはり疑われている。俺は潮琶の顔を見つめてから、なんて返そうか考えて地面を打つ雨粒を見つめた。
雨音がずっと鳴り響いていて靴もズボンも色を変えている。俺の沈黙が潮琶を疑心にさせたみたいだった。
「……お前なにしたの」と俺の作った沈黙の後に聞いてきた。
「なーんてね。なんもしてねえよ」
潮琶の肩を軽く小突いて逃げるように走った。ビチャ、ビチャと足が地面につくたびにしぶきが上がる。
後ろを振り向くと潮琶は追いかけてきていて学校まで走って逃げた。着いた頃にはさっきのことなんて潮琶は忘れているようだった。俺はいつもこうやって大事な話をごまかす癖がある。
テレビのニュースでカラスの不審死が取り上げられた。暫くすると誰かが毒の餌を巻いているだとか憶測の噂話も教室では聞こえてきた。
原因は調査中だって言っていたけれど分かる訳がない。自分の行為が予期せぬ形にでも、話題になって少し浮かれていた。
裏世界の救世主みたいな、これは俺の力なんだって言いふらしたい衝動にかられた。別に自慢できることをしている訳ではないけれどそんな気分だった。
今週はずっと、新しいことを試そうと授業中に計画しては放課後に実践していた。
昨日までは一度に一羽だけ命令していたから同時に二羽できないか、例えば一羽では運べないようなサイズの物を二羽同時に命じて運んだり、日本国旗をなびかせながらカラスが飛んでいたらみんなの注目ももっと集まりそうだと思った。
元々人通りの少ない建設現場で今日も人目を気にしながら侵入した。
もうここに来るのも慣れた。階段を登るとあたり前のようにカラス達は向かいのマンションに止まっている。
俺の力に耐えられなくて数は減っているはずなのに毎日変わらず同じ数がどこからか飛んでくる。死体も翌日になると消えている。
両手で二羽のカラスに手を向けて目を瞑って簡単な指令を出し続けた。
「こっち来い」
目を開けると景色は何も変わらなかった。大きく息を吸って集中力を高めた。
「こっち来い。こっち来い。こっち来い」
いけそう。そう確信した瞬間に右ポケットが振動した。着信音が鳴った。集中していた気が切れるのが分かった。
目を開けるとカラスに向けていた力が、衝撃波みたいに向かい側のマンションに広がった。ほとんど透明だけど靄みたいなものが広がっていく。
すると同時に爆竹の大合唱みたいな音が広がった。
「やっべ」と思わず漏れて現実から逃げたくて目を瞑った。
一応手を向けて「元に戻れ」と念じてはみたけれど元には戻らなかった。全てが終わって静かになった。
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