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誰よりも朝一番に来て、誰よりも劣をとる男
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「レイツェル、明日までに其の資料の要約をお願いね」
広い窓を背に教授が手渡す用紙を受け取り、簡単に目を通す。
うん、これなら大丈夫。1時間くらいで全て仕上げることができそう。
「はい先生。この6部ですね。では、私は次の人類学研究室に行ってきます。」
「大変だね。複数の研究室の助手を掛け持ちするというのも。第七王都の薬草学研究室は今年も予算が削られたのかい?」
「ええ。近年の魔法回復技術は指数関数の如く伸びておりますし、何より効率がいい。我々の研究室が役割を終えるのもそう遠くはないでしょう。ですが、私は悲観していません。我々は魔法回復学とは別の方法で、病気や怪我を直し人々を癒す力を追い求めていたまでの事。その目的が達成したとなれば、こんなに嬉しいことはありませんよ。」
私はこれ以上、表情を悟られないよう先生にお礼を伝え足早に部屋を出ると、ゆっくりと次の研究室へ足の方向を向けた。
魔法回復。読んで字のごとく、魔法を使って人を回復させたり、病気を治したり、何なら身体能力を強化することもできる魔法。
薬草学のように、物理的に原材料を用意する事もなければ、その時の収穫量に左右されることもない。
ただ、それを使えるほどの魔力と術式さえ学べばいいだけのこと。
人によっては、完治する時間も一瞬だ。
私のように魔力がなくても、魔法が使える者を呼べばいいだけで、むしろそちらの方が手軽だろう。
以前、回復系の魔法は、簡単な傷や麻痺を治すだけで、それほどの力はなかった。
近年になってそれが顕著になったのは「稀代の発明家で天才」と称されるザッハーク公爵家令嬢レティシアさまの活躍によるところが大きい。
一生懸命、研究に研究を重ね努力して研鑽を積んできた先生の背中。
その先生が目指していた目標をいとも簡単に言霊と祈りで。魔法による呪文で。
喜ぶことなんだ。そうだ、それなのに。
決して悔しくなんか、悔しくなんか、ないはずなのに・・
涙が止まらないのはなぜだろう。
私は先生のようにはなれない。
ふと窓の下をのぞくと、王城の階段広場で武人たちが剣を交えている。
人目のつくところで訓練の練習。兵の少し上くらいか、よほど下層の騎士だろう。
「おお!レイツェルくん、来たか。」
「お待たせしました、ゼルシウス教授。」
ふと顔を上げると、学者にしては、かなりの長身であることで有名なゼルシウス教授が、窓を覗き込み、先ほどの彼らを見下ろしている。
一緒に視線を下ろすと、光に当たると青みがかかる暗色の髪に紫の瞳を持った少年が目に留まった。
歩く姿がとても美しく優雅で、そこはかとなくオーラを放っている。
そしてかなりの美形だ。集団の中で人目を惹くほどに目立っており、物語の中に入り込んだかのような、まるで絵を見ているようだった。
「あの人物気になるかね?」
「はい。見たところ身のこなしから高貴な方に見受けられますが、左遷でもされたのでしょうか?」
「さあ、それは分からん。だが彼は誰よりも朝一番に鍛錬を初めて、誰よりも劣をとる男だよ」
「へえ、さすが・・」
はて?聞き間違いではなかろうか。
それを察した教授がもう一度繰り返す。
「誰よりも劣をとる男だ」
「・・・」
あれだけかっこいいのに、なんということだろう・・
「それは、、結果論、一番弱いのでは?」
「まあそうも言えるな。しかし、騎士団に所属する人間の素質というのは何も強さだけではない。あれを見てみなさい」
よく見ると、彼は手で空中に羽ペンを走らせ何かを書いている。
そこにもう一人武人が近づき、彼のメモを覗き込んだ。そして、顎に手を当て何度かうなずいた後、彼のメモに指をさし、お互いに議論し始めている。
「彼は日々鍛錬で学んだことを記録にとっている。周りと自分をよく観察し、気づいたことを書き止め、実際に訓練に活かしている。」
「なるほど。真面目ですね。そんなことをする兵士や騎士なんて初めて見ました。」
「ははは。まあ、魔力が強いほど感覚派の者がほとんどだろうな。魔法とは『イメージ』と『感じること』が重要なのは最もで大切なことだ。しかし、見たところ彼はそこまでその能力に長けていないのだろう。だから、別の方法で少しでも補おうとしている。」
「そして、体力も戦力も最下位の彼があれだけ努力していることに、周りの連中が影響され、騎士団全体の士気が上がっているんだ。これは騎士団の機能を担っていると言えないだろうか。」
再び彼らを見下ろす。休憩時間に入ったのだろう。
誰かが冗談を言ったのか木陰の下で笑いあっている。
彼は弱いのに何故そこまで頑晴れるのだろう。
騎士とは王家最高騎士団「BLACK」に所属しているような、一人あたりの戦力の高い人物が最たるものだという気持ちはあるけれど、私は少し視野が狭かったかもしれない。
「ところで、これは君が毎日取り組んでいる薬学の実験と少し似ているとは思わないか。」
今日の助手の仕事もひと段落し、残りの仕事を片付けようと、私は第七王都図書館に足を踏み入れた。
ここの蔵書は素晴らしく、各国の良書が揃っている。
アンティーク調なテーブルと座り心地の良い椅子は心を落ち着かせてくれる。私のお気に入りの場所だ。
入館してから、数分、読みたい本を山ほど見つけてしまい、両手に抱える心地は夢のようだった。
「つい取りすぎてしまったかな。早速、近くのテーブルに__って、、え?」
視界の隅にどこかで見覚えのある顔が通り過ぎた。
誰だろう?知り合いにいただろうか..
しばらく考えあぐねていると、今日の午前中の出来事を思い出した。
「ああーー!誰よりも朝早く来て誰よりも劣をとる人だーーー!」
振り返り、彼の座っている場所に視線を向けると、紫色の瞳が手元にある本に向けられている。
テーブルの積み重なっている本の上に置いてあるのは、、
えっと?、、
見覚えのあるアウトライン。
これって、この間私が発表した論文!?!?
どうして・・・
?
途端、抱えていた10冊ほどの本が足に直撃した。
広い窓を背に教授が手渡す用紙を受け取り、簡単に目を通す。
うん、これなら大丈夫。1時間くらいで全て仕上げることができそう。
「はい先生。この6部ですね。では、私は次の人類学研究室に行ってきます。」
「大変だね。複数の研究室の助手を掛け持ちするというのも。第七王都の薬草学研究室は今年も予算が削られたのかい?」
「ええ。近年の魔法回復技術は指数関数の如く伸びておりますし、何より効率がいい。我々の研究室が役割を終えるのもそう遠くはないでしょう。ですが、私は悲観していません。我々は魔法回復学とは別の方法で、病気や怪我を直し人々を癒す力を追い求めていたまでの事。その目的が達成したとなれば、こんなに嬉しいことはありませんよ。」
私はこれ以上、表情を悟られないよう先生にお礼を伝え足早に部屋を出ると、ゆっくりと次の研究室へ足の方向を向けた。
魔法回復。読んで字のごとく、魔法を使って人を回復させたり、病気を治したり、何なら身体能力を強化することもできる魔法。
薬草学のように、物理的に原材料を用意する事もなければ、その時の収穫量に左右されることもない。
ただ、それを使えるほどの魔力と術式さえ学べばいいだけのこと。
人によっては、完治する時間も一瞬だ。
私のように魔力がなくても、魔法が使える者を呼べばいいだけで、むしろそちらの方が手軽だろう。
以前、回復系の魔法は、簡単な傷や麻痺を治すだけで、それほどの力はなかった。
近年になってそれが顕著になったのは「稀代の発明家で天才」と称されるザッハーク公爵家令嬢レティシアさまの活躍によるところが大きい。
一生懸命、研究に研究を重ね努力して研鑽を積んできた先生の背中。
その先生が目指していた目標をいとも簡単に言霊と祈りで。魔法による呪文で。
喜ぶことなんだ。そうだ、それなのに。
決して悔しくなんか、悔しくなんか、ないはずなのに・・
涙が止まらないのはなぜだろう。
私は先生のようにはなれない。
ふと窓の下をのぞくと、王城の階段広場で武人たちが剣を交えている。
人目のつくところで訓練の練習。兵の少し上くらいか、よほど下層の騎士だろう。
「おお!レイツェルくん、来たか。」
「お待たせしました、ゼルシウス教授。」
ふと顔を上げると、学者にしては、かなりの長身であることで有名なゼルシウス教授が、窓を覗き込み、先ほどの彼らを見下ろしている。
一緒に視線を下ろすと、光に当たると青みがかかる暗色の髪に紫の瞳を持った少年が目に留まった。
歩く姿がとても美しく優雅で、そこはかとなくオーラを放っている。
そしてかなりの美形だ。集団の中で人目を惹くほどに目立っており、物語の中に入り込んだかのような、まるで絵を見ているようだった。
「あの人物気になるかね?」
「はい。見たところ身のこなしから高貴な方に見受けられますが、左遷でもされたのでしょうか?」
「さあ、それは分からん。だが彼は誰よりも朝一番に鍛錬を初めて、誰よりも劣をとる男だよ」
「へえ、さすが・・」
はて?聞き間違いではなかろうか。
それを察した教授がもう一度繰り返す。
「誰よりも劣をとる男だ」
「・・・」
あれだけかっこいいのに、なんということだろう・・
「それは、、結果論、一番弱いのでは?」
「まあそうも言えるな。しかし、騎士団に所属する人間の素質というのは何も強さだけではない。あれを見てみなさい」
よく見ると、彼は手で空中に羽ペンを走らせ何かを書いている。
そこにもう一人武人が近づき、彼のメモを覗き込んだ。そして、顎に手を当て何度かうなずいた後、彼のメモに指をさし、お互いに議論し始めている。
「彼は日々鍛錬で学んだことを記録にとっている。周りと自分をよく観察し、気づいたことを書き止め、実際に訓練に活かしている。」
「なるほど。真面目ですね。そんなことをする兵士や騎士なんて初めて見ました。」
「ははは。まあ、魔力が強いほど感覚派の者がほとんどだろうな。魔法とは『イメージ』と『感じること』が重要なのは最もで大切なことだ。しかし、見たところ彼はそこまでその能力に長けていないのだろう。だから、別の方法で少しでも補おうとしている。」
「そして、体力も戦力も最下位の彼があれだけ努力していることに、周りの連中が影響され、騎士団全体の士気が上がっているんだ。これは騎士団の機能を担っていると言えないだろうか。」
再び彼らを見下ろす。休憩時間に入ったのだろう。
誰かが冗談を言ったのか木陰の下で笑いあっている。
彼は弱いのに何故そこまで頑晴れるのだろう。
騎士とは王家最高騎士団「BLACK」に所属しているような、一人あたりの戦力の高い人物が最たるものだという気持ちはあるけれど、私は少し視野が狭かったかもしれない。
「ところで、これは君が毎日取り組んでいる薬学の実験と少し似ているとは思わないか。」
今日の助手の仕事もひと段落し、残りの仕事を片付けようと、私は第七王都図書館に足を踏み入れた。
ここの蔵書は素晴らしく、各国の良書が揃っている。
アンティーク調なテーブルと座り心地の良い椅子は心を落ち着かせてくれる。私のお気に入りの場所だ。
入館してから、数分、読みたい本を山ほど見つけてしまい、両手に抱える心地は夢のようだった。
「つい取りすぎてしまったかな。早速、近くのテーブルに__って、、え?」
視界の隅にどこかで見覚えのある顔が通り過ぎた。
誰だろう?知り合いにいただろうか..
しばらく考えあぐねていると、今日の午前中の出来事を思い出した。
「ああーー!誰よりも朝早く来て誰よりも劣をとる人だーーー!」
振り返り、彼の座っている場所に視線を向けると、紫色の瞳が手元にある本に向けられている。
テーブルの積み重なっている本の上に置いてあるのは、、
えっと?、、
見覚えのあるアウトライン。
これって、この間私が発表した論文!?!?
どうして・・・
?
途端、抱えていた10冊ほどの本が足に直撃した。
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