5 / 26
5話・ドッキリ戦記
しおりを挟む目覚まし時計がなったから百合子は起きた。時計を見ると八時半を指している。時間を確かめるためにテレビをつけようとするが付かない。久美のいたずらだろうと百合子は思った。こんな時になんと間の悪いことだろうか。授業が始まるのは八時二十分から。百合子は慌てて準備をする。出かける直前、携帯が鳴った。きっと学校からだ。恐る恐る電話に出た。
「財布忘れてるよ。あと、時計見てみ」
それは携聞こえた声ではなく部屋から聞こえる声だった。携帯の時間を確認すると七時だった。百合子は何が起きたのか理解できずにいる。
「私が家の全ての時計の時間をずらしたのだよ」
百合子はやっと理解できた。
「やめてよ、焦ったじゃん」
「ははっ、ごめんね」
笑いながら謝る。百合子も遅刻ではないことが嬉しくて笑顔だった。
授業中、百合子は久美に仕返しをしようと考えていた。しかし全く思いつかない。なので、佐奈たちに聞いてみることにした。
昼休みに三人が来た。
「今日、久美にいたずらされたんだよ。だから、仕返しをしようと思うんだけど何がいいかな」
話し合いの結果、ガムのおもちゃを使うことになった。学校の帰りにおもちゃ屋へ立ち寄った。
ついに家に着いた。百合子の家は防犯のために玄関のドアに鍵穴がふたつある。その両方を開けないと開かないようになっている。百合子が鍵を開けると、ドアが開かなかった。もう一度試すが開かない。家を出る時、片方の鍵しか閉めていなかったのだと思った。上が開いていて下が閉まっているのなら両方とも鍵を回すと上が閉まって下が開いていてドアは開かない。百合子は片方だけの鍵をまわした。これなら、両方とも閉まるか、両方とも開くかのどちらかになる。ドアノブをまわして引くが開かなかった、つまり両方とも閉まっているということだ。両方の鍵穴をまわしたが開かなかった。
「久美、いたづらはやめて」
久美の笑いが玄関の向こうから漏れて聞こえる。その事から久美のいたずらであることは想像に難くない。久美と百合子の鍵を開け閉めする戦いが始まった。五分ぐらいでやっと玄関を開ける事が出来た。
「勝った。私の勝ち。大人の力を嘗めるな」
調子に乗った百合子が玄関を開けると途中で止まった。玄関には鍵穴以外にもう一つの防犯道具がある。その名はチェーンだ。
「すいません。開けてください」
ドアを閉めてから、チェーンを外す音がした。百合子は玄関のドアノブをまわした。開かなかった。鍵をかけられたらしい。
やっと中に入れてもらいガムを取り出した、さっきまでのことの仕返しの気持ちも含めている。
「ガム食べる」
「いや、私ガム食べれないし」
失敗した。
次の日、百合子は自室にこもって作業していた、久美に対する復讐心を煮えたぎらせながら。これはもう戦争である。いたずら戦争だ。
「久美、ちょっと来て」
久美が部屋から出るとすぐに水鉄砲を向けた。久美は当たらない事が分かっているので全く動じない。威嚇射撃として近くに置いておいた紙コップを狙って打つ。普通の水鉄砲ではありえない勢いで吹っ飛んでいった。その紙コップに結び付けられていた糸がちぎれドミノ方式で百合子の頭の上にあった水の入っている水風船が破裂した。百合子は久美をビショビショにするつもりが、百合子がビショビショになってしまった。しかもその水は洗剤が混じっていてヌルヌルする。今日も失敗した。
百合子はどうしてあんな大掛かりな仕掛けを気づかれずに出来るのかを疑問に思った。果たして百合子がポンコツなのか、久美のいたずらのセンスが抜群なのか。それを確かめるために隠しカメラを設置した。
休み時間に百合子はパソコンで家の様子を見る。
「せんせー、何見てんですか」
佐奈が割り込んできた。
「家に防犯対策で監視カメラをつけたんだよ」
「急にどうしたの、空き巣にでも入られた?」
「そんなのよりたち悪いこと。久美のいたずらを事前に知りたくてね」
そう言いながら再びカメラに目を移すと久美はどこにも映っていなかった。
「あれ、どこかに行ってるのかな」
「幽霊だから・・・映らないんじゃ・・・ないですか」
「あー確かに」
佐奈と百合子はそのことに気づかなかった。
「総額三万円が無駄になってしまった」
百合子が落ち込んでいると夜美が続けて言う。
「空き巣対策・・なりますよ・・・たぶん」
励ましている。何とか元気を取り戻した。三万も取り戻すことができればいいのだが。百合子はそこはもう諦めるしかなかった。そうしなければ元気など取り戻せない。
「せんせーこれ見て」
佐奈が何かを見つけた。
「これ久美ちゃんが何かしてるんじゃない」
布がゆらゆら浮いている。布は画鋲をつかんで風船の近くに針をむき出しにして張り付けた。その近くで風船が糸でつるされている。糸は壁へ向かっていた。
「たぶん仕掛けがあるんだろうけど糸が何処につながってるのか分からないね」
夜美が何かに気づいた。
「玄関・・・ドアノブにも糸・・ある」
確かに糸がある。しかし、それも壁に向かっていて壁の色に糸の色が溶け込んでしまい、何処につがっているのかは分からなかった。
「ここにもあるよ」
「ホントだ」
たくさんの糸が見つかった。すべての糸が壁に向かっていて壁の色と溶け合ってどこにつながっているのか分からなかった。画面を見ていると布が玄関のドアノブに覆いかぶさりドアノブを回した。すると風船が天井に引っ張られ画鋲にあたる。風船が割れる。何が起きたのか分からないが上にあったいろいろな仕掛けが作動した。それらの仕掛けは玄関に向かって総攻撃を仕掛けていた。
「こんな事するつもりなんだ」
「何やるか分かったから大丈夫だよ」
「ひとつ・・・使ってない糸があった。たぶん外。それ・・本命だと・・思う」
夜美以外は気づかなかった。久美はカメラに気付いているらしく大量のダミーを用意しているようだ。危うく久美のいたずらに引っかかるところだった。
「ありがとね、夜美ちゃん達がいなかったら、いたずらに引っかかるところだったよ」
学校も終わり帰宅する。そして、ついに玄関の前に来た。目の前には玄関がある。久美への挑戦の玄関だ。ドアノブを回す前にあたりを見渡す。夜美の言った通り外に本命と思われる水鉄砲があった。百合子は夜美に感謝しながら水鉄砲を取り外そうとしたその瞬間、ドアノブが回る音がした。久美が自ら仕掛けを作動させたらしい。急いで水鉄砲の銃口から逃げる。いくつものダミーが玄関にあたる音がする。数秒後、水鉄砲から勢いよく水が発射される。強烈に塩素くさい水だった。不運にもその近くを歩いてしまった蟻たちは全滅してしまった。こんなのをまともに喰らったら、肌が荒れるどころの話ではない。
玄関が開いた。久美がニヤニヤ笑いながら百合子を見ている。
「初めて私のいたずらを攻略したね」
「まぁ、私なら余裕だね。なぜなら私には協力者がいるから」
「そんなところだろうと思ったよ。まぁ、水鉄砲は自分で見つけたから良しとしよう」
そう言いながら久美は紐を引いた。百合子はすぐに久美に向かって駆け抜けた。仕掛けはすべてかすりもせず空振りに終わった。久美より後ろに仕掛けは無いという予想が当た。これは百合子が一人で考えたものだ。
「やっぱり、もう一つ仕掛けがあると思ったよ」
久美は自信のある一手を避けられてしまい、あっけにとられていた。百合子は久美の顔に向けて水鉄砲を撃った。
「ヒャアッ」
実際、水に触ることはないから驚く必要はないのだが、思わず声を上げてしまった。
「ハハッ、びっくりしたでしょ。『ヒャアッ』だって」
勝利に酔いしれている最中、上からたらいが降ってきた。それは見事命中し、鈍い音を立てる。一瞬気を失ったせいで膝をついてしまった。久美が触れる事が出来る布を撃った。中は泥水で布は黒ずんでしまった。その後、ただのケンカが始まった。二人とも疲れて座り込んだ。家の中は水や小道具で散らかっている。
「片付け手伝ってね」
「うん」
片付けが終わり、夕食を食べ始めた。片付けをしている時から今まで沈黙が続いている。
「久美が触れる布、汚しちゃったけど大丈夫?」
百合子が沈黙を破った。久美の直接触れるものを汚してしまい、反省しているようだ。
「洗濯してもらえればね」
「洗濯していいの。何かおまじないみたいのが落ちちゃったりしない?」
「あれはただのシルクだから」
「そうなんだ」
また沈黙が始まった。
「あの、提案があるんだけど」
次に沈黙を破ったのは久美だった。
「何?」
「いたずらはなるべくしないようにしよう」
「なるべくじゃないでしょ」
「もうしないようにしよう」
「うん、そうしましょう」
これで、第一次いたずら戦争は終わりをむかえた。第二次いたずら戦争が起こらない事を祈りながら夕飯を再び食べだした。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる