Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

文字の大きさ
5 / 16
第一話:二年前

天使の目覚め

しおりを挟む
 次に目を覚ましたのは、その日の夜だった。
足に妙な重みを感じて視線を移すと、ルークが私の足元のベッドに腰かけ、夢と現実の間を往復していた。私が噛みついた場所に布が巻かれている。手当てしたのだろう。
彼を起こさないようにベッドを抜け出すつもりだったが、さすがに眠りが浅かったのか、すぐにルークは目を覚ましてしまった。

「ああ、立てるようになったんですね!」 彼はベッドの傍らに立つ私を見て目を輝かせた。
「その腕・・・」 私が彼の腕に巻かれた布を見ながら言うと、彼は困ったような笑顔を見せた。
「ああ、気にしないでください。怖がらせるようなことをした僕が悪いんです」 彼はそう言ってくれたが、もちろん噛みついた私が悪いに決まっていることはわかっていた。後ろめたさから目を合わせることができず、私は気まずい思いをした。
「今、お二人を呼んできます。ちょっと待っててください」 彼はそう言って部屋を出ていこうとしたが、扉の前で立ち止まり、振り返って「無理しないでくださいね」と付け加えた。それが意味するところを推し量れない程、私は愚かではない。仕方なく私はベッドに腰を下ろし、ここで大人しく待つことにした。
 
 しばらくして帰ってきたルークは、扉から半分だけ身体を見せ、こちらを手招きした。
「夕飯の時間だから、歩けるなら下りてきなさいって」

私はどうしていいかわからなかった。死んだはずの自分が生き返り、気が付いたら見知らぬ家にいて、その家族らが夕食をご馳走してくれるのだというとき、人はどうするべきなのだろう?
何もわからなかったが、結局ルークに支えられながら、私は彼らの食卓に肩を並べることになった。

 間もなくエミリー夫人がシチューが入った鍋を持ってきて、ゴールドン達と私の間に置いた。
ルークが私の皿に大きな肉がゴロゴロ入ったシチューが注ぐのを、私はただ見ていた。

「今日は豪華ですね!」
ルークが楽しそうに話すと、夫人が朗らかに笑った。
「ええ、さっき慌てて市場にお肉を買いに言ったの。明日はもっと豪華な食事にしましょう。新しい家族を迎え入れることができたお祝いに」
ゴールドンも微笑ましい表情で頷いた。「ああ、そうしよう」

 彼らがシチューに感謝の祈りを捧げる間も、私は何もしなかった。故郷で死んだ皆の顔を思い浮かべると、もう神に祈るつもりになど到底なれなかった。私の祈りは、すべて無視されたのだ。

「さあ、たべよう」
ゴールドンの一言で一斉に食事が開始されたが、私だけは時間が止まったように動かなかった。ただ、シチューを眺めていた。

 私の様子に気が付いたゴールドンが、木製のスプーンを置いて尋ねた。
「君の名前を教えてくれないか」

私は答えなかった。まだ彼らに心を開く気になれなかった。彼らが本心から私に親切を働いていることはなんとなくわかったけれど、ただ不可解だったし、私は人を信用できなくなってしまっていた。

 私が答えないので、仕方なくゴールドンは自ら話すことになった。
「眠っている君を見つけたのは私なんだ。教会で祈りを捧げている時、気が付いたら君がアストレウス様の像の足元で眠っていて、それはそれは驚いたよ。でも、一目見てわかった。"これは神様の贈り物だ!"とね」
ルークが補足する。
「ゴールドンさんとエミリーさんは、どうしても子を授かることができなくて、養子を探していたんです。そんな時にあなたを見つけたから、お二人は大喜びだったんですよ!」
それを聞いて、私は一つだけ疑問を解消することができた。ルークの容姿についてだ。ゴールドンは茶眼の白髪、エミリーも同様に茶眼に茶色交じりの白髪、それなのに、ルークだけが黒い瞳に黒い髪をしていることを、私は不思議に思っていた。彼が二人の実の息子でないなら、それは納得だ。
きっとこの夫婦は、このルークとかいう少年と同様に、私を養子に迎えるつもりなのだろう。

 三人は朗らかに私に話しかけ続けた。
私が返答するしないにお構いなく、君は奇麗だね、とても利口そうだね、とやたらと褒めちぎった。
突然エミリー夫人が私の手を取り、さすりながら言った。
「やっぱり、あなたは天使なんでしょう?」
唐突にそんなことを言われ、私はますますなんと答えていいかわからなくなってしまった。
「だって、こんなに綺麗なんですもの」エミリーはうっとりと私の顔を見つめた。
確かに、私の両親は顔立ちが端正だし、その娘である私も村で誰よりも美しいと言われたことはあるけれど、天使と並ぶほどだとは自負していない。

「違うわ。天使なんかじゃない」私は呟いた。「私はセリナ。セリナ・ブラーツィカ」

「まあ! セリナちゃんというの!」私が天使ではないと知っても尚、夫人は依然として嬉しそうだった。
「良い名前だ」ゴールドンも、うんうんと頷いた。
冷静だったのは、ルークだけだ。

「ちょっと待ってください。 苗字ファミリー・ネームを持っているということは、あなたには既に家族がいるんですか?」

当然じゃない、と、私は心の中で悪態をついた。

「ええ、マレスに・・・」
私がそう答えると、ゴールドン達は神妙な面持ちになった。

「マレスは・・・虐殺にあったと聞いているよ」ゴールドンは歯切れ悪くそう言った。

ああ、虐殺! その虐殺の中に、私はいたのだ!

「どうなったの? 誰か生き残れたの? 皆はどこに?」
私が急に饒舌になったことに、彼らは驚いていた。でも、少しの沈黙の後、ゴールドンは残念そうに首を横に振った。

「マレス村は・・・壊滅してしまったそうだよ」

私は・・・放心したまま椅子の上に崩れ落ちた。
「マレスが・・・なくなった・・・」
ああ・・・知っている。珍しいことではない。私は過去に何度か、不幸にも壊滅してしまった村の名前を聞いたことがある。野盗の襲撃とか、作物の不作とか、邪なる者の影響で村がなくなってしまうことは、何年かに一度ありうるのだ。ただ、まさか私の故郷が・・・
「誰も・・・生き残れなかったの? 一人も・・・?」私の声が震えているのに気が付くと、夫人は目頭に涙を湛えた。
ゴールドンも俯いて黙り込んでしまい、ただ何かを話そうとしていたのは、ルークだけだった。彼はまっすぐ私の目を見つめ、はっきりと言った。
「僕、明日街で聞き込みをしてみます。大丈夫ですよ、きっと誰か生き残ってます」

 彼はそう言ってくれたが、はっきり言って、何の慰めにもならなかった。
思えば、私自身がこの目で見たのだ。村人の全員が教会の中にすし詰めにされ、炎に焼かれて苦しみながら死ぬのを。
生き残れた者なんて、いないに決まっている。不可能なのだ。あの中で生き残るなんて。

 呆然としている私を見かね、ゴールドンが無理に明るい声で励ましてくれた。
「大丈夫、今日からここが君の家だ。さぁ、シチューをお忘れかね? 早く食べないと冷めてしまうよ」
その声を聞き、他の二人も食事を再開した。でも私はこれ以上、なにも耐えられなかった。

「いらない」そう言って席を立つ。「お世話になりました」
 私が玄関に向かって歩き始めると、ルークが慌てて私を引き留めた。私は無理に振り払おうとしたが、ルークの腕に巻かれた包帯が目に付くと、手荒な抵抗はできなくなってしまった。
他の二人も私に留まってほしいと真夜中まで懇願したので、私の気力は徐々に削がれていき、最後には元の部屋のベッドの上に戻されてしまった。

 改めて部屋に入ると、新しい木の香りがした。壁の一面だけ木材の種類が違うのを見るに、大きな部屋をわざわざ区切って一つの部屋にしたようだった。多分、私の為に。

「可愛そうに、きっとつらい思いをしたのでしょう。でももう大丈夫なのよ」
 夫人の優しい言葉が、あまりに心に沁みた。思わず泣き出しそうになったけれど、夫人が部屋を去るまでは我慢することにした。
室内が暗いので、夫人が燭台に新しい火を灯して持ってきてくれた。ベットに腰かけている私の、比較的近くに燭台を置こうとしていたので、私はそれを嫌がった。

火が、怖い。

火を近くに置いておくぐらいなら、夜は暗いままでいいと思えた。
夫人が「おやすみなさい」と伝えて部屋を出ていくと、私はすぐに燭台の火を吹き消し、まだ固いベッドに蹲った。

もう何も、考えたくなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

許すかどうかは、あなたたちが決めることじゃない。ましてや、わざとやったことをそう簡単に許すわけがないでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者を我がものにしようとした義妹と義母の策略によって、薬品で顔の半分が酷く爛れてしまったスクレピア。 それを知って見舞いに来るどころか、婚約を白紙にして義妹と婚約をかわした元婚約者と何もしてくれなかった父親、全員に復讐しようと心に誓う。 ※全3話。

処理中です...