Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

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第一話:二年前

食事

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 小鳥のさえずりが気になり、目を開ける。
外を見ると、明朝特有の青白い光が窓から差し込んでいた。

 ・・・私は、眠っていたのだろうか。よくわからない。
ただ目を瞑って、何も考えないようにしていたけれど、眠っていたという自覚はない。
 体を起こして、窓の外の景色を見る。外は路地なので、景色といっても、ただ目の前に向かいの家の石壁が広がっているというだけのものだった。まるで、私自身の行く末を暗示しているような気がして、少し傷ついた。

 しばらくボーっとしていると、突然扉がノックされた。
私は心に冷たい感触が広がるのを感じて、その場で固まっていた。
「入っていいですか?」
扉の外からルークの声が聞こえてきた。
私が無言のままなので、ルークは勝手に「入りますよ」と言って部屋に入ってきた。

「なんだ、やっぱりいるんじゃないですか」
ルークは私と目が合うと、少し微笑んだ。「夜のうちにいなくなっていたらどうしようって、心配してました」

(ああ・・・その手があったか・・・)
私は自分の発想力の乏しさに、また傷つくことになった。
そうか、夜のうちにこんなところ、出ていってしまえばよかったんだ。そして・・・

そして、どこへ行く?

目の前が真っ暗になるのがわかった。このベットの上意外に、自分には行ける場所がない。もう、ここで芋虫みたいに寝転がって生きていく以外に、ない。

 私が自虐して無意味に傷ついていると、ふと、ルークが不思議そうな顔をした。
「あれ、その本はなんですか?」
彼の視線の先を追う。

 そこには一冊の本があった。
"文字の読み書き"
そう題されたこの本は、一目見ただけでゴールドンとエミリーが私を励ますためにプレゼントしてくれたものだとわかった。でも、全く嬉しくなかったし、むしろ腹立たしかった。彼らは私が女の子だというだけで、字が読めないと思っているのだ。そうでなければ"文字の読み書き"についての本などプレゼントしないだろう。

「文字が読めるんですか?」
ルークが驚きと羨望を交えた目で私を見たので、私は本を軽くめくっていくつかの文章を黙読した後、にべもなく「ええ」と答えた。
彼は私の傷心を鑑みてくれたのか、それ以上何も聞くことなく、用件だけを伝えた。
「もう朝食ができるから、下に降りてらっしゃいって、エミリーさんが」

私は答えた。
「いらない」
ぶっきらぼうにベットに寝て、目を瞑る。もう何も話すことなどないと、態度で示す。
ルークが今どんな  表情かおをしているのか知らないが、何を言われても、もう答えないつもりだ。

その内、ルークが無言のまま部屋を出ていく音がした。

 目を瞑って寝るそぶりをしてみたものの、正直まったく眠くない。
その内、窓の外が騒がしくなっていき、人々が活動を始めたのだとわかった。
 家族があって、仕事があって、日常がある。そして、それを当然だと思う。そんな人々の活気に満ちた声が、私の心を少しづつ蝕んでいった。
苦しい。どうしても家族の顔を思い浮かべてしまう。村の皆や、優しい親戚の顔を。

「会いたい・・・」
私の心からのつぶやきは、外の喧騒に溶けて消えた。

 突然部屋の扉が開かれたので、私は薄目を空けて室内の様子を見た。
ルークが二つの皿を持って私にニコニコ笑いかけている。
「一緒に食べましょう」
ベットの上に朝食が置かれた。
豆煮と、芋と、パン。普通の朝食だ。

「朝食を食べられるなんて贅沢なことなんですから、この機を逃してはダメです」
ルークが馴れ馴れしく私の腕を引っ張って、無理やり上体を起こさせた。
私は抵抗する気も起きず、されるがまま朝食を前にした。

 ルークは勝手に食事に祈りを捧げ始めた。私がそれをしていないのに気がつくと、彼は少しムッとした表情になった。
「ダメです。ちゃんと祈りを捧げてください。神様が与えてくださった大切な食べ物なんですから」
彼は私の手をとって組ませると、自分も手を組みなおして祈りを再開した。

「大いなるアストレウス。貴方の恵みに感謝します。身体の糧が心の糧となり、新たなる我が血肉が使命を果たすでしょう。今日、食べ物にこと欠く同胞にも必要な助けを与えてください・・・」

彼が祈る間、私は形だけ組まされた手を脱力したまま膝の上に置いていた。もちろん、祈ったりなどしない。
「食べましょう」
ルークが笑顔で宣言し、スプーンを持って豆煮を食べ始めた。私は組まれたままの自分の手を、見つめ続けた。
私がまったく食事を摂らないのを見ると、ルークは私の手元に置かれたスプーンで豆煮を掬い、私の口にグイグイ押し付けた。
「食べてください。何にも食べないでいると、よくない事ばかり考えてしまいます」

私はうんざりして、彼が押し付けているスプーンを手に取り、自分で口に運んだ。
ルークは満足そうにうなずき、食事を再開した。
私は豆煮と芋とパンをそれぞれ二口ずつ口に運び、残りを全部ルークに返した。

「もういらない」
私がまた寝転がっても、もうルークは無理やり食事させようとはしなかった。


 朝食を終えたルークが部屋から出ていく。
その後、悪夢のように長い間。私はただベッドに寝転がり、ずっと眠り続けようと努力し続けた。
外が黄昏色になると、またルークが来て、今夜はご馳走なんだから絶対食べてくださいと言って私を引っ張った。
あまりにしつこいので、私は渋々部屋から出て、ゴールドン家の食卓に肩を並べ、てきとうに食事をすることにした。

ターキー、牛肉、異国風の山菜スープ、パン。
全部を三口ずつ、ゆっくりと口へ運ぶ。殆ど味を感じなかった。

ゴールドンが白髪交じりの鼻髭をスープにつけながら言った。
「セリナ、君は何も心配しなくていい。今はちゃんと食べて、ゆっくり休みなさい」
「・・・・・・」
「私達は君の家族だ。何か困った事があればちゃんと言うんだよ?欲しいものはないかい?」

欲しいもの。もちろんあるに決まっている。でも、もう手に入らない。絶対に。

「 孤児みなしごを家族に迎え入れると、アイゼン王府から奨励金が出るんだ。もちろん、君の為に使うよ。だから遠慮なく───」

「孤児・・・」
私は呟いて、ゴールドンと目を合わせた。彼はその時ようやく自分の失言に気が付いたらしく、苦しい表情で言い訳をした。
「あ、いや、君の事をそう思っているわけじゃないんだ。ただ、名目上そういうことにしておいた方が・・・」

私はわざと音を大きく立てて席を立った。食卓の空気が凍りつき、同時に私は自由を行使する機会を得た。
「もういらない」
私はさっさと部屋に戻った。


 それ以来、私は食卓に肩を並べなくてもよいという権利を得ることができた。
食事はルークが部屋に運んできて、部屋で食べることになった。相変わらず彼は私と一緒に食事をしたがり、私が食事をしないと無理やり食べさせようとしていた。
 食事以外の時間は、ずっと寝ていた。
たまに、故郷の夢を見ることができた。その時間が、本当に幸せだった・・・。

そして目が覚め、もう全て失ったのだと思い出す度、枕を抱いて泣いた。

夜になると、夫人が静かに扉を開けて私の様子を確認しに来た。
私がどこかへ逃げ出したり、自殺してしまったりしないか心配なのだろう。実際のところ、私は常にそのどちらのチャンスも うかがっているのだけれど。
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