Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

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第一話:二年前

灰色の街

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 一体何日の間、こうしていたのだろう。
一週間は経っただろうか。いや、もっとだろう。私は未だにこの部屋から出ずにいる。
なんだか眠るのが上手くなったようで、一日のうち半分以上は睡眠をとることができるようになった。そして、その殆どで悪夢を見るようにもなった。

 悪夢は毎度同じだった。私の故郷が壊されたあの日を、そのまま繰り返すものだ。
私はそのたびに皆を救おうと足掻き、そして結局同じ結末を辿る。
たまに、それ以外の夢を見る。まだ私が小さかった頃の、父がまだ兵士ではなかった頃の記憶だ。父は朝方の太陽も登らないうちから弓と矢を持って森に入り、昼頃には私達の口に余る収獲を持って帰ってくる。それを村人たちに分けてあげて、村の皆でパーティーを開く。遊んで、飲んで、歌って。あれが本当に大好きだった。パーティーが佳境を迎えると、村の皆は父の事を英雄だ、狩りの天才だと持てはやす。その時の堂々とした父の横顔を、私は誇らしい気持ちを胸いっぱいに込めて見ていた・・・。

「お父さん・・・」
私は薄暗いベットで呟き、身を起こした。
自分の意思で動いたのは随分久しぶりな気がする。
窓から朝日なのか夕日なのかわからない、強烈な朱色の光が差し込んでいる。
「会いたい・・・」
私は呆然とした屍人のようにベットを這い出た。
ベッドの端に私の靴が整然と並べられていたけれど、それを履くのが面倒で、裸足のままひんやりとした床に降り立った。

 部屋を出て、小さな階段を降りると居間に続いている。
階段は踏むとギシギシと音が鳴るので、夜中にこっそり抜け出すのは不可能だった。

 私が階段を下ってくるのを台所にいたエミリー夫人が発見した。
最初は幽霊でも見るかのような驚いた表情で、そしてそれは徐々に感涙の涙に変わっていった。
夫人は私が自分の意思で部屋を出たことを・・・ただそれだけのことを、まるで学問で偉業でも成し遂げたかのように賞賛した。
さらに、私が外に行きたいのだと伝えると、今度は大慌てで居間の家具を全てどかし、大きな木桶を置いて、そこに囲炉裏いろりで温めたお湯を流し込んでお風呂にした。
私は服を半ば剥ぐようにして脱がされ、用意した風呂桶の中に入れられた。
もちろん、お湯は最初はぬるく、段々熱いお湯を追加していってちょうどいい温度にするものだけれど、私は一切お湯の温度に注文を付けなかったので、ぬるいままのお湯に浸かることになった。
夫人がせくせくと私の身体を洗う間、私はただ風呂桶の中で父の事を考えていた。
きっとまだ警備隊長をしている。でも、会えるだろうか。死んだと思い込んでいた娘が急に現れたら、父はどんな顔をするだろうか。

 そんな風に思考をグルグル回しているうちに、私はいつの間にやら清潔な余所行きの服を着せられ、出かける準備を整えられた。
私が一人で外の出ようとすると、夫人もついて行くと言って外にかけ出してきたけれど、私はそれを嫌がった。

「夜までに戻るから、一人にして」
私が真っ直ぐ夫人を見据えて言うと、しぶしぶ夫人は私を解放してくれた。


 久々の外の空気は、少し肌寒かった。
外が曇ってきたようで、街路も、道行く人も、みんな灰色をしていた。
私が目指しているのはアイゼン王府がおかれている「てつの城」だ。私はアイゼンに全く土地勘がなかったけれど「鉄の城」に行くのに迷うことはなかった。空を見上げて、そこに見える一番高い建物を目指せばいいだけなのだ。
帰り道については、全く考慮していない。父に会えたら、もう帰るつもりはない。父と暮らしたいから。
父は忙しいから、きっと私は寂しい思いをするだろうけれど、それでも肉親と一緒に居られるなら、それがいい。

「鉄の城」・・・。
そのふもとの城門に、大勢の人が集まっていた。三百人は下らないだろうか、ただならない雰囲気で城に向かい、何か叫んでいる。
人々と城門の間に少し高い木箱のようなものが置かれているらしく、そこに一人の男性が乗って、少し高い位置から群衆に呼びかけていた。

「これは神に与えられた使命だ!我々は領土がみすみす帝国の魔手に奪われるのを黙して見ていることはできない!」
どうやら彼はアジテーターのようだ。よく見れば、群衆は何か文字が書かれた看板を掲げている。文面は、大まかにこうだった。

マレスを奪還せよ! 帝国に死を! 我々は戦う!

マレスを・・・奪還せよ?
そして、帝国に死を?
まさか、マレスが帝国に奪われたっていうの?

私は動揺して、私の横を通ろうとしていた一人の老父を呼び止めてしまった。
「あのっ・・・」
老父は私に顔を向け「なんだね」と不機嫌そうに答えた。
私は久しぶりの他人との会話に必要以上に緊張し、爆発してしまいそうな心臓を押さえつけながら、なんとか言葉を繋いだ。

「あれって・・・何?」群衆を指さす。

老父は私の指先を追うまでもなく、鼻で笑った。
「お嬢ちゃん、ああいうのを見るのは初めてかね。いいか、おしえてやる。あいつらは愚か者って言うんだ」
老父は意地悪く笑ったが、その顔は私ではなく、群衆に向けられていた。

「どうして、愚か者なの・・・?」
私が聞くと、老父は少し視線を落とした。

「・・・半年前、マレスって村が襲われたんだ。住人は全員、惨い殺され方をした。そして、アイゼン軍はその犯行に及んだ集団を突き止めようとしたが、結局誰なのかわからなかった。そして同時に、なぜか帝国も犯人を捜し始めた。そして、何をとち狂ったのか知らないが、いつの間にやらマレスに軍隊を送り、「この土地を保護する」とかなんとか言って駐留し始めた。それにビビッて「あいつらを追い出せ」ってアイゼン王に言っているのが・・・あいつらさ」
老父は顎で群衆を指した。

私は眉をひそめた。
「どうしてそれが愚かなの?」
「そりゃあ、無駄な戦争をするのは愚かなことだろう。マレスなんて、もうただの焼け野原だ。そんな土地があったからなんだというんだ? それに、七国全部がまとまってようやく帝国と同等の戦力だっていうのに、肝心な王様方はみなさま揃って内輪の争いに御熱心で、協力するなんて毛先ほども考えちゃいない。そんな状態で戦争に入って、苦しむのは誰だ?戦争に駆り出される俺たちだろう。それがあいつらはわかっちゃいない。」

私との会話に飽きたのか、老父はやれやれとため息をついて歩いて行ってしまった。
私は老父の背中を見送ると、また城門前で騒がしくシュプレヒコールを上げる群衆に視線を向けた。
どうやら、私が眠っている半年間の間に随分情勢が変わったらしい。群衆についてどう思うのかは、自分でもよくわからなかった。

 城の正門は群衆のせいでとても入れる様子ではなかったので、私は大きく迂回して裏門に回った。
そちらはデモを起こしている人がおらず、二人の警備兵が退屈そうに世間話をしているだけだった。

「あの」
私が彼らの前に立って声をかけると、片方の兵士が大仰な態度で接してきた。
「娘よ。問題かね」
「警備隊長に会いたいんです。私、警備隊長の娘です」
私が要件を伝えると、二人の兵士は少し態度を軟化させた。
「警備隊長というと、数名が滞在しているが、どの警備隊長のことかな」
私は自分の手を胸で握り、懐かしい父の名前を答えた。
「アルフレッド・ブラーツィカです」

 二人の兵士が顔を見合わせた。
「アルフレッド・ブラーツィカ・・・」

兵士達の表情は、兜のせいでよく見えないけれど、なにか変な空気になっているのはわかった。
そのうち、片方の兵士が不思議そうな顔で言った。

「アルフレッド・ブラーツィカというと、少女連続殺人で死刑になった、あのアルフレッドかね」
「・・・は?」

私は息をするのを忘れたが、すぐに思い直して答えた。「い、いえ。そのアルフレッドではありません。警備隊長のアルフレッド・ブラーツィカです」

兵士達が高圧的な態度をとり始めた。
「ああ、だから、アイゼン王の軍下で「鉄の城」の警備隊長を務めていたが、マレスで嫁と娘を失ってから気がおかしくなって魔女と結託して少女を殺し始め、最後には斬首を架された、あのアルフレッド・ブラーツィカだろう?」

 私は言葉を失った。父が・・・連続殺人犯・・・?

「何かの間違いです・・・。 父がそんなことをするなんて、ありえない」

兵士達は私の事を訝しんでいる様子だった。
「本当にアルフレッドの娘なのか? 生きていたのか? 今までどこにいた?」
兵士の一人が私の方に一歩踏み出してきたので、私は気が動転し、その場から逃げ出した。
背中に何か言葉を投げかけられたようだったけれど、全て振り切った。ただ逃げた。あてもなく。


 気が付いた時、私は路地裏に倒れこんでいた。
夕方になっていたようで、路地の人通りはまばらだった。
私はどうにか現実逃避しようと街を歩き回った。でも、あまりのショックに完全に打ちのめされて、思考がまとまらなかった。

 父は最後の希望だった。
私に残された、最後の家族だっと思っていた。きっと会いに行けば、私を強く抱きしめてくれるのだと、そう思ったのに。

もはや涙も流れない。街の中をずっとグルグル歩き続けた。

 忙しそうな男にぶつかって、倒れた。男は私に罵倒を浴びせて、さっさとどこかへ行ってしまった。
私はもう、立ち上がる気にならなかった。上体をおこし、路地の片隅で膝を抱えて座り込んだ。
もう夜だった。辺りは真っ暗で、全く人気ひとけがない。でも、民家の明かりはついていた。どこかの家族の食事の香りと、団欒だんらんの声が聞こえてきた。すぐ近くにあるのに、ひどく遠いもののように思える。
 うつむく私の視界に、誰かの足元がうつりこんだ。顔を上げると、ゴールドンが肩で息をして私を見ていた。
彼は私を抱きしめた。
「ああ、よかった・・・」

ずっと私を探して走り回っていたのだろう。きつい汗の匂いが私を包んだ。

「もうどこにもいかないでおくれ・・・」
ゴールドンがしゃくりあげている。熱い液体が、私の服の襟を濡らした。私のものではない。
不思議な感覚だ。ゴールドンから、父と同じような匂いを感じた。性格も見た目も全く違うけれど、大人の男には必ず共通する匂いがあるようだ。
父とは似つかない、細い腕だったけれど、抱かれるとなんだか安心した。
 ゴールドンはしばらく私を抱いて泣いた後、私の手を引いてゆっくりと歩き出した。

「もう帰ろう、セリナ。家に帰ろう」
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