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第一話:二年前
雪解け
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その日は、久しぶりに日の出と共に目が覚めた。
窓の外の街はまだ静まっているけれど、誰かが挨拶を交わす声がちらほらと聞こえてきた。
体を起こし、靴を履いて部屋を出る。
階段を降りるとルークとエミリーが朝食の準備をしていた。彼らは私の姿に気が付くと、おはようと声をかけてきた。これに対する返事によって、その日の私の機嫌を図ろうとしているのだ。無視なら今日一日は構わない、頷いたなら少しの会話ができる、小声でも挨拶を返したら、その日は絶好調。
さて、今日の私は──
「おはよう」私ははっきりと挨拶を返し、少し笑って見せた。
彼らはしばらく呆然と私を見つめた。まるで信じられない奇跡を目にしたかのようだった。そして次に、抱き合って泣きだした。
「見てくださいエミリーさん! 笑いましたよ!」
「ええ! こんなに綺麗な笑顔をしていたんだねぇ」
なんて親ばかだろう。ちょっと笑っただけじゃない。
私の笑顔は苦笑いに変わった。でも、全く悪い気はしなかった。長い時間がかかったけれど、彼らのこれまで私にしてくれたことを思えば、彼らを家族と呼んでもいいかもしれないと思えた。
私の「家出未遂事件」から何日か経って、私はようやく・・・全てに諦めがついたのか、それとも時間が私の傷を癒してくれたのか、ともかく、少しづつ彼らを受け入れることができるようになっていた。
「何の騒ぎだね。これは」
ゴールドンが目をこすりながら姿を現す。
「ああ、ゴールドン。おはよう」
私は彼にすすんで挨拶をした。彼は目を丸くし、そしてルークとエミリーと抱き合って泣いた。
朝食が済むと、私は昨日の事について考えながら一人食卓に残っていた。
その内ゴールドンがルークとどこかへ出かけようとしているので、私は何気なく「どこへ行くの?」と尋ねた。
「それはもちろん、仕事だよ」ゴールドンが笑って言う。
「仕事? なんの仕事をしているの?」
そう口にした時、私は自分がこの家族にお世話になっていながら、彼らについて何も知らないのだと知り、自分が愚かしく思えた。
「ささやかだが、古物商をしているのだよ」
ゴールドンが誇らしげに髭を撫でる。すぐにルークがいえいえ、と付け加えた。
「『ゴールドン古物館』はアイゼンで一番の価値ある骨董品を扱っているんです! ささやかだなんて謙遜ですよ」
「そう言ってくれるかい? ルーク、きっとお前は大成するよ。間違いない」
「へぇ、古物商・・・」
私は少し興味を惹かれた。芸術品とか、骨董品とか、そういうものに今まで全く縁がなかったから、どんなものなのか殆ど知らないのだ。それに、今までゴールドン家に向けてきた無関心の埋め合わせをしたいとも思った。私の新しい家族を、もっとよく知りたいと。
「ねえ、私もついて行っていい?」
私がそう言うと、二人は嬉しそうに顔を輝かせた。
「おお! そう言ってくれるかい。嬉しいねえ」
「是非セリナさんも来てください。僕、案内しますよ!」
私は難しいことを考えるのを止め、ただの少女になって外に躍り出た。
二人に連れられてアイゼンの大通りをしばらく歩く。
天気がいいからなのか、街は活気づいていて、商人や職工がやかましく商売をしていた。
客たちは彼らの店棚を見て回り、珍しいものを見つけては値切り、それが受け入れられないと悪態をついている。最初から買うつもりなどないのだろう。ただのひやかしだ。暇人ほどこういうことをやりたがるものだ。それも含めて、この街では活気と呼ぶのだから。
街のところどころには馬と剣が描かれた旗章がはためいていた。アイゼン王家を示す旗だ。
旗の近くには決まって衛兵が配備され、街の喧騒の中で盗みを働くコソ泥や、指名手配されている悪人を探して目を光らせていた。
「さあ、ここだ」
ゴールドンが街の一角で立ち止まった。見ると、二つの建物に挟まれるようにしている肩身の狭そうな一軒があった。『ゴールドン古物館』という木製の看板が傾いている。こういうのを"おもむき"というのだろうか。館と言うには少し小さいようだけれど。
ゴールドンがいくつもの鍵が付いたホルダーからジャラジャラと"館"の扉の鍵を探す間に、ルークが私に案内を始めた。
「外見はちょっと頼りないかもしれませんけれど、中はすごいんですよ! この古物館では、主に古代の学術書や歴史的価値が認められる骨董品を扱っています。武器や防具と言ったものは、オーナーの、つまりゴールドンさんの意向によって取り扱っていません」彼はそこで声を潜め、小声で囁いた。「実は以前はあったんですけど、アイゼン王が気に入ってしまって、全部買われてしまったんです。ここに武具を置かないのは、ささやかなゴールドンさんの反抗なんですよ」
「王様が来たことがあるの?」
私が驚いて聞くと、ルークは胸を張った。
「ええ! この館はアイゼン王の折り紙つきです!・・・と言いたいところなんですが、実はそう珍しいことでもないんです。アイゼン王は時々城下にフラっと現れて、いくつか買い物をしていくんですよ。大通りの店では、王が買い物をしたことがない場所の方が珍しいんです」
「そんなことをして大丈夫なの?」私の脳裏に、以前『鉄の城』の城門前にいた群衆の姿が蘇った。もちろん王は護衛をつけているのだろうけど、仮に私が暗殺者なら、そんな好機を逃しはしない。
しかし、ルークの言葉は意外だった。
「王はたった一人で、それも変装して現れるんです。いつ現れるのかもわからないので、安全の点では問題ないんだと思います。問題なのは、公務を怠けているかもしれないということですかね」
私はルークと笑った。心から笑ったのは、いつぶりだろう。
「おーい、ルーク。鍵が合わないぞ」
ゴールドンが頭を掻きながらルークを呼ぶ。
いつもの事なのか、ルークは呆れた表情でゴールドン氏の方へ駆け足した。
「だから! 銀色の三日月型ですよ! いつも言っているじゃないですか」
ルークが鍵を選ぶと、錠前はいとも簡単に開いた。
ゴールドンは私に恥ずかしいところを見せてしまったと思ったのか、頬を染めて照れくさそうにしている。なんだか、実の親子のように微笑ましい光景だった。
二人に続いて店内に足を踏み入れる。
そこは可愛いアンティークの小物が雑多に並べられていて、幻想的な別世界のようだった。
壁にかけられているのはたくさんの燭台とランタン、薄暗い店内を、彼らが醸す暖色の灯りと、少しばかり差し込む陽の光が照らしていた。
棚には数々の調度品が慎ましく並んでいる。繊細な装飾を施された可憐なカップのお嬢さんから、質素な小瓶のおじいさんまで、誰もが肩を寄せて内緒話をしているみたいだ。
たくさんのものがあるはずなのに、どれ一つとして同じものはない。
この空間に魅了され、思わずほっと息が漏れる。
「美しいでしょう? たくさんのものをずらりと並べて、しかし散らかっていると思わせない。絶妙な配置にいつも神経を尖らせているんです」
ルークが自慢げに鼻を鳴らす。
「ええ、まるで小人の隠れ家みたいね」
柄にもなくロマンチックな事を言ってしまう。
心が雰囲気に呑まれてしまったのだ。それほどまでに、この場所は美しかった。
「下はもっとすごいんですよ!」ルークが私の手を取って部屋の奥に導く。
「下? 地下があるの?」
「はい。貴重な売り物は全て地下にあります。上にある調度品は、あまり高価なものではありません」
ちょうどゴールドンが地下に続く扉の鍵を開けたらしく、扉を開いて私を一番に入れてくれた。
「わあ・・・」
思わず嘆息する。
そこは、美しい画廊のようだった。
上の雑多な空間とは違い、ここにある品物は整然と並べられている。
壁にかけられた絵画も、テーブルに置かれた美術品も、そのどれもが美しく、燦然と輝いて見えた。
「すごいわ! これ全てゴールドンのものなの?」
私は自分の後ろで微笑ましく立っているゴールドンに向き直った。
ゴールドンは首を横に振り、愛おしそうに芸術品たちを眺めた。
「彼らに所有者はいない。例え誰かに買われても、真の芸術品は自我を持ち続ける。彼らの魂を屈服させることは決して出来ないのだよ。私は彼らに、一時的に身を置く宿を提供しているに過ぎない」
彼が言っていることの全てを理解できたとは思えないけれど、なんだか少し、わかるような気がした。
気を取り直したのか、ゴールドンが両手をぱんと合わせた。
「さあ、開業だルーク」
「はい」威勢よくルークが階段を駆け上がっていく。
「なにか私も手伝えることがあるかしら?」
ゴールドンに尋ねると、彼はうーんと唸った。
「どれも繊細なものだから、すぐに任せることはできないな」
「それなら!」と、ルークが階段をすぐに駆け下りてきた。「一ついい案があるんです」
ルークの"いい案"は私にとって意味不明なものだった。
それは、大通り側から見える店内の窓辺に一つの椅子を置き、そこでただ私が本を読んでいるというものだった。
「ここで私が本を読んでいるだけで、お客さんが来るの?」
私が首を傾げて聞くと、ルークは店の外の窓側にまわって私を眺め、また戻ってきてこう言った。
「ええ、完璧です。誰もが足を止めますよ」
それは事実になった。
私がそこに座って本を読んでいると、大通りの人々の中から何人かが、ふと足を止めて私を見つめるのだ。
私は少し居心地が悪く感じ、店内で調度品の埃を一つ一つ丁寧に払っているルークに「ねえ」と話しかけた。
「どうしてみんな私を見るの? 女の子が字を読めるのは、そんなに珍しいこと?」
「それもあるかもしれませんね。でも、もっと単純な事です」
それは何? と聞きかけたとき、扉のベルが鳴り、一人の男性が入ってきたので、私は本に視線を戻した。
男性は若く、まだ髭が生えていなかった。彼は店内を適当に回り、小物を見る・・・ふりをしていた。実際には、なぜかチラチラと私を見ていたのだ。
しばらくすると、ゴールドンが彼の背後から近づき、不意に「お気に召す物がありますかな?」と声をかけた。男は少し慌てた様子で、すぐ正面にあった小さなカップを指さし「これはいくら?」と尋ねた。
「銀貨が五枚です」
「ああ、いいね。一つ買おう」
男はそわそわしながらゴールドンに銀貨を握らせ、ルークが布に包んだカップを持って帰っていった。
「ほら、うまくいったでしょう?」
ルークが自分の手柄だと言わんばかりの視線をゴールドンに向けた。ゴールドンは釈然としない様子だったけど、商品が売れたこと自体は評価しているようだ。
そして、これと同じようなことが一日に何度も繰り返され、一階の小物類は次々に売れていった。
昼頃になると、流石の私も、客がどうやら私に見惚れて店内に入ってきているらしいことはわかった。確かに何か手伝いたいとは言ったけれど、これは見世物にされているみたいであまり心地よいとは言えなかった。
ぱたん、と本を閉じる。三百ページ程度の短い小説だったので、もう読み終えてしまった。ルークを呼んで新しい本に変えてもらおうとしたけれど、タイミングが悪いことに、彼はエミリー夫人が焼いている昼のお菓子を貰うために一度家に帰っていたし、ゴールドンは女性客の相手をしているようなので、仕方なく、私は自分で本を探すことになった。
店の隅にある梯子が二階に向かって伸びている。一冊目はルークがこの梯子の上から適当に選んで持ってきていた。きっと他にも本があるのだろう。私は読み終えた本を先に上に投げ入れてから、埃っぽい梯子を上った。
窓の外の街はまだ静まっているけれど、誰かが挨拶を交わす声がちらほらと聞こえてきた。
体を起こし、靴を履いて部屋を出る。
階段を降りるとルークとエミリーが朝食の準備をしていた。彼らは私の姿に気が付くと、おはようと声をかけてきた。これに対する返事によって、その日の私の機嫌を図ろうとしているのだ。無視なら今日一日は構わない、頷いたなら少しの会話ができる、小声でも挨拶を返したら、その日は絶好調。
さて、今日の私は──
「おはよう」私ははっきりと挨拶を返し、少し笑って見せた。
彼らはしばらく呆然と私を見つめた。まるで信じられない奇跡を目にしたかのようだった。そして次に、抱き合って泣きだした。
「見てくださいエミリーさん! 笑いましたよ!」
「ええ! こんなに綺麗な笑顔をしていたんだねぇ」
なんて親ばかだろう。ちょっと笑っただけじゃない。
私の笑顔は苦笑いに変わった。でも、全く悪い気はしなかった。長い時間がかかったけれど、彼らのこれまで私にしてくれたことを思えば、彼らを家族と呼んでもいいかもしれないと思えた。
私の「家出未遂事件」から何日か経って、私はようやく・・・全てに諦めがついたのか、それとも時間が私の傷を癒してくれたのか、ともかく、少しづつ彼らを受け入れることができるようになっていた。
「何の騒ぎだね。これは」
ゴールドンが目をこすりながら姿を現す。
「ああ、ゴールドン。おはよう」
私は彼にすすんで挨拶をした。彼は目を丸くし、そしてルークとエミリーと抱き合って泣いた。
朝食が済むと、私は昨日の事について考えながら一人食卓に残っていた。
その内ゴールドンがルークとどこかへ出かけようとしているので、私は何気なく「どこへ行くの?」と尋ねた。
「それはもちろん、仕事だよ」ゴールドンが笑って言う。
「仕事? なんの仕事をしているの?」
そう口にした時、私は自分がこの家族にお世話になっていながら、彼らについて何も知らないのだと知り、自分が愚かしく思えた。
「ささやかだが、古物商をしているのだよ」
ゴールドンが誇らしげに髭を撫でる。すぐにルークがいえいえ、と付け加えた。
「『ゴールドン古物館』はアイゼンで一番の価値ある骨董品を扱っているんです! ささやかだなんて謙遜ですよ」
「そう言ってくれるかい? ルーク、きっとお前は大成するよ。間違いない」
「へぇ、古物商・・・」
私は少し興味を惹かれた。芸術品とか、骨董品とか、そういうものに今まで全く縁がなかったから、どんなものなのか殆ど知らないのだ。それに、今までゴールドン家に向けてきた無関心の埋め合わせをしたいとも思った。私の新しい家族を、もっとよく知りたいと。
「ねえ、私もついて行っていい?」
私がそう言うと、二人は嬉しそうに顔を輝かせた。
「おお! そう言ってくれるかい。嬉しいねえ」
「是非セリナさんも来てください。僕、案内しますよ!」
私は難しいことを考えるのを止め、ただの少女になって外に躍り出た。
二人に連れられてアイゼンの大通りをしばらく歩く。
天気がいいからなのか、街は活気づいていて、商人や職工がやかましく商売をしていた。
客たちは彼らの店棚を見て回り、珍しいものを見つけては値切り、それが受け入れられないと悪態をついている。最初から買うつもりなどないのだろう。ただのひやかしだ。暇人ほどこういうことをやりたがるものだ。それも含めて、この街では活気と呼ぶのだから。
街のところどころには馬と剣が描かれた旗章がはためいていた。アイゼン王家を示す旗だ。
旗の近くには決まって衛兵が配備され、街の喧騒の中で盗みを働くコソ泥や、指名手配されている悪人を探して目を光らせていた。
「さあ、ここだ」
ゴールドンが街の一角で立ち止まった。見ると、二つの建物に挟まれるようにしている肩身の狭そうな一軒があった。『ゴールドン古物館』という木製の看板が傾いている。こういうのを"おもむき"というのだろうか。館と言うには少し小さいようだけれど。
ゴールドンがいくつもの鍵が付いたホルダーからジャラジャラと"館"の扉の鍵を探す間に、ルークが私に案内を始めた。
「外見はちょっと頼りないかもしれませんけれど、中はすごいんですよ! この古物館では、主に古代の学術書や歴史的価値が認められる骨董品を扱っています。武器や防具と言ったものは、オーナーの、つまりゴールドンさんの意向によって取り扱っていません」彼はそこで声を潜め、小声で囁いた。「実は以前はあったんですけど、アイゼン王が気に入ってしまって、全部買われてしまったんです。ここに武具を置かないのは、ささやかなゴールドンさんの反抗なんですよ」
「王様が来たことがあるの?」
私が驚いて聞くと、ルークは胸を張った。
「ええ! この館はアイゼン王の折り紙つきです!・・・と言いたいところなんですが、実はそう珍しいことでもないんです。アイゼン王は時々城下にフラっと現れて、いくつか買い物をしていくんですよ。大通りの店では、王が買い物をしたことがない場所の方が珍しいんです」
「そんなことをして大丈夫なの?」私の脳裏に、以前『鉄の城』の城門前にいた群衆の姿が蘇った。もちろん王は護衛をつけているのだろうけど、仮に私が暗殺者なら、そんな好機を逃しはしない。
しかし、ルークの言葉は意外だった。
「王はたった一人で、それも変装して現れるんです。いつ現れるのかもわからないので、安全の点では問題ないんだと思います。問題なのは、公務を怠けているかもしれないということですかね」
私はルークと笑った。心から笑ったのは、いつぶりだろう。
「おーい、ルーク。鍵が合わないぞ」
ゴールドンが頭を掻きながらルークを呼ぶ。
いつもの事なのか、ルークは呆れた表情でゴールドン氏の方へ駆け足した。
「だから! 銀色の三日月型ですよ! いつも言っているじゃないですか」
ルークが鍵を選ぶと、錠前はいとも簡単に開いた。
ゴールドンは私に恥ずかしいところを見せてしまったと思ったのか、頬を染めて照れくさそうにしている。なんだか、実の親子のように微笑ましい光景だった。
二人に続いて店内に足を踏み入れる。
そこは可愛いアンティークの小物が雑多に並べられていて、幻想的な別世界のようだった。
壁にかけられているのはたくさんの燭台とランタン、薄暗い店内を、彼らが醸す暖色の灯りと、少しばかり差し込む陽の光が照らしていた。
棚には数々の調度品が慎ましく並んでいる。繊細な装飾を施された可憐なカップのお嬢さんから、質素な小瓶のおじいさんまで、誰もが肩を寄せて内緒話をしているみたいだ。
たくさんのものがあるはずなのに、どれ一つとして同じものはない。
この空間に魅了され、思わずほっと息が漏れる。
「美しいでしょう? たくさんのものをずらりと並べて、しかし散らかっていると思わせない。絶妙な配置にいつも神経を尖らせているんです」
ルークが自慢げに鼻を鳴らす。
「ええ、まるで小人の隠れ家みたいね」
柄にもなくロマンチックな事を言ってしまう。
心が雰囲気に呑まれてしまったのだ。それほどまでに、この場所は美しかった。
「下はもっとすごいんですよ!」ルークが私の手を取って部屋の奥に導く。
「下? 地下があるの?」
「はい。貴重な売り物は全て地下にあります。上にある調度品は、あまり高価なものではありません」
ちょうどゴールドンが地下に続く扉の鍵を開けたらしく、扉を開いて私を一番に入れてくれた。
「わあ・・・」
思わず嘆息する。
そこは、美しい画廊のようだった。
上の雑多な空間とは違い、ここにある品物は整然と並べられている。
壁にかけられた絵画も、テーブルに置かれた美術品も、そのどれもが美しく、燦然と輝いて見えた。
「すごいわ! これ全てゴールドンのものなの?」
私は自分の後ろで微笑ましく立っているゴールドンに向き直った。
ゴールドンは首を横に振り、愛おしそうに芸術品たちを眺めた。
「彼らに所有者はいない。例え誰かに買われても、真の芸術品は自我を持ち続ける。彼らの魂を屈服させることは決して出来ないのだよ。私は彼らに、一時的に身を置く宿を提供しているに過ぎない」
彼が言っていることの全てを理解できたとは思えないけれど、なんだか少し、わかるような気がした。
気を取り直したのか、ゴールドンが両手をぱんと合わせた。
「さあ、開業だルーク」
「はい」威勢よくルークが階段を駆け上がっていく。
「なにか私も手伝えることがあるかしら?」
ゴールドンに尋ねると、彼はうーんと唸った。
「どれも繊細なものだから、すぐに任せることはできないな」
「それなら!」と、ルークが階段をすぐに駆け下りてきた。「一ついい案があるんです」
ルークの"いい案"は私にとって意味不明なものだった。
それは、大通り側から見える店内の窓辺に一つの椅子を置き、そこでただ私が本を読んでいるというものだった。
「ここで私が本を読んでいるだけで、お客さんが来るの?」
私が首を傾げて聞くと、ルークは店の外の窓側にまわって私を眺め、また戻ってきてこう言った。
「ええ、完璧です。誰もが足を止めますよ」
それは事実になった。
私がそこに座って本を読んでいると、大通りの人々の中から何人かが、ふと足を止めて私を見つめるのだ。
私は少し居心地が悪く感じ、店内で調度品の埃を一つ一つ丁寧に払っているルークに「ねえ」と話しかけた。
「どうしてみんな私を見るの? 女の子が字を読めるのは、そんなに珍しいこと?」
「それもあるかもしれませんね。でも、もっと単純な事です」
それは何? と聞きかけたとき、扉のベルが鳴り、一人の男性が入ってきたので、私は本に視線を戻した。
男性は若く、まだ髭が生えていなかった。彼は店内を適当に回り、小物を見る・・・ふりをしていた。実際には、なぜかチラチラと私を見ていたのだ。
しばらくすると、ゴールドンが彼の背後から近づき、不意に「お気に召す物がありますかな?」と声をかけた。男は少し慌てた様子で、すぐ正面にあった小さなカップを指さし「これはいくら?」と尋ねた。
「銀貨が五枚です」
「ああ、いいね。一つ買おう」
男はそわそわしながらゴールドンに銀貨を握らせ、ルークが布に包んだカップを持って帰っていった。
「ほら、うまくいったでしょう?」
ルークが自分の手柄だと言わんばかりの視線をゴールドンに向けた。ゴールドンは釈然としない様子だったけど、商品が売れたこと自体は評価しているようだ。
そして、これと同じようなことが一日に何度も繰り返され、一階の小物類は次々に売れていった。
昼頃になると、流石の私も、客がどうやら私に見惚れて店内に入ってきているらしいことはわかった。確かに何か手伝いたいとは言ったけれど、これは見世物にされているみたいであまり心地よいとは言えなかった。
ぱたん、と本を閉じる。三百ページ程度の短い小説だったので、もう読み終えてしまった。ルークを呼んで新しい本に変えてもらおうとしたけれど、タイミングが悪いことに、彼はエミリー夫人が焼いている昼のお菓子を貰うために一度家に帰っていたし、ゴールドンは女性客の相手をしているようなので、仕方なく、私は自分で本を探すことになった。
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