星降る庭で、きみを見た

夜灯 狐火

文字の大きさ
13 / 109
第二章 火を見るよりあきらか

12 奇人変人アクタビ・ガラス

しおりを挟む

 発せられた光の眩しさに、レンは反射的にまぶたを閉じた。
 視界が白で塗り潰される。次の瞬間、まるで夢から醒めるように、ふっと現実の感覚が戻ってくる。

 そして、ゆっくりと目を開けたときには――そこはもう、埃っぽい歴史資料室ではなかった。

 見覚えのある空間。天井まで届く本棚に囲まれ、古めかしい魔導器具が静かに佇む。
 昨日、自分が目を覚ました場所。スメラギの研究室だった。

「は、はぁ!? イシミネ……!?」

 声を上げたのは、部屋の先客。書物を手にしていたカナメが、目を丸くしてこちらを見ている。

「ど、どうも……」

 レンは戸惑いながら手を上げて応じるが、その言葉は心許なく空気に溶けた。

「せ、先生! どういうことですか!? イシミネの件は、昨日で終わったって……!」

 動揺した声でカナメが詰め寄ると、スメラギは静かに片手を上げ、それを制した。
 目線は机の上の書類から一度も逸らさない。

「……イシミネ・レン」

 名を呼ぶ声は、静かだが揺るぎない。
 有無を言わせぬ口調で、淡々と告げる。

「本日付で、正式に退魔師候補生として手続きを進める。異論は認めない。質問は?」

 突き放すような物言い。説明も前置きも一切ない。
 レンは状況を飲み込めず、ぽかんと口を開いたまま立ち尽くしていた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!? そんな急に、どうして――」

「そうですよ、先生!」

 カナメも即座に声を上げる。
 混乱を隠せない表情で、レンの前に立ちふさがるようにして言った。

「魔導士志望ならまだしも、退魔師なんて……そんなの、訓練も覚悟も、全然違うんですから!」

 強い言葉だった。
 だがその裏には、仲間としての心配と、何よりレンの無防備さへの懸念が滲んでいる。

 スメラギは依然として黙していた。書類に視線を落としたまま、まるで全てを遮断するように。
 部屋の空気は張り詰め、冷たく、重たくなっていく。

 ――そのとき。

「……あーあ、言わんこっちゃない。重要な説明を端折るから、せっかくの若い芽がしおれてるじゃないか」

 間延びしたような、ぬるりとした声が割り込んできた。

 音もなく扉が開き、ひらひらとした布の揺れと共に、長身の人影が現れる。
 その姿は妙に印象的で――どこか現実味が薄い。

 淡い色味の研究者ローブ。
 乱雑に束ねられた色素の薄い髪は、草にまみれた絵筆のように風に靡き、眼鏡の奥の瞳は、まるで観察対象を測るように鋭い。
 ふわりと香るような“緑色の魔素”は、植物が芽吹く前の気配のようで、どこか不穏だった。

 口元には、飄々とした笑み。
 手にはガラス瓶と書類の束――まるでそれが、日常の何気ない道具であるかのように、無造作に持っていた。

 ――アクタビ・ガラスだった。

 その中性的な口調と風変わりな振る舞い、加えて研究狂としての悪名も相まって、彼女は“やたら変な魔法使い”という認識で学術機関内では通っている。

「……アクタビ先生」

 カナメが小さく唸るように言った。露骨に警戒した声音。

 だが、当のアクタビはそれすらも楽しげに受け流す。
 ひらひらと手を振って笑うと、いつもの調子で口を開いた。

「よう、スメラギの子猫ちゃん。今日も“英雄色”の魔素してるねぇ。いやぁ健気健気。アタシ、そういうの大好物だわ」

「……やめてください」

 カナメがぴしゃりと睨みつけると、アクタビは面白がるように舌を出した。
 まるで彼女の反応すら、研究材料の一部であるかのように。

 そして、スッと視線をレンに移す。
 ふむ、と短く唸ったあと、再び部屋の空気にゆるい波紋が広がる。

「で? この光る若葉ちゃんに、何の前置きもなく“退魔師候補生”だなんて言っちゃったわけ? スメラギは」

 それに対して、珍しく――本当に珍しく、スメラギは返答しなかった。
 言葉を探しているのか、それとも言えないのか。
 硬く結ばれた口元に、どこか微かな動揺が滲んでいた。

「先生、ちゃんと説明してください」

 再びカナメが声を上げた。
 今度は強い調子というより、まるで大人に懇願するような、必死の声。

「イシミネには……知る権利があります」

 その言葉に、沈黙を守っていたスメラギが僅かに目を伏せる。

 アクタビは静かに肩をすくめ、くすりと笑った。

「……まぁ、無理もないか。おまえはこういうとき、本当に不器用だもんな」

 そう言うと、机にガラス瓶を置き、振り返る。

「じゃあ、子猫ちゃん。事情はアタシが説明してやるよ。なるべく、分かりやす~くな」

 言葉の端に含まれた揶揄と親しみと、僅かな優しさ。
 それを感じ取ったのは、レンだけではなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。 両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。 故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!! 様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材! 僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX! ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。 うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか! 僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。 そうしてニ年後。 領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。 え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。 関係ここからやり直し?できる? Rには*ついてます。 後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。 ムーンライトにも同時投稿中

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ 平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、 どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。 数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。 きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、 生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。 「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」 それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎ 兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。 冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない! 仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。 宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。 一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──? 「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」 コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...