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第三章 夜帳のきざし
27 偽りの光、真なる光
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崩れかけた記録装置の奥――
その空間が、不気味な軋みとともにひときわ大きく歪んだ。
「来るぞッ……!」
スメラギの声が低く響いた瞬間、魔素が暴発する。
奔流は炎のような輝きを伴いながら、一気に広がった。
だが、それはただの熱ではない。
耳に届いたのは、焼けつくような魔素の悲鳴――
断末魔のようにひしゃげた〈記憶〉の残滓だった。
燃え上がるように姿を現したのは、カサリビの深炎《シンカ》――ヒカリオクリ。
仮面のような顔、尾を引く光の帯。
美しさと禍々しさが同居するその姿は、見る者の精神を試すかのように異質だった。
「……自然発生体じゃないな。魔素の構造が、整いすぎている」
スメラギが息を潜めるように告げると、レンとカナメは一瞬視線を交わした。
「整いすぎてるって、どういうこと……?」
「人為的に手が加えられているということだ。ここに残された記憶、魔素と融合し、“形”になった……負の媒介を宿した、暗き光だ」
その説明の刹那――
ヒカリオクリが、光線を放った。
空間が悲鳴を上げ、裂ける。
異界の口が穿たれるようなその一撃を、スメラギが即座に防ぐ。
「ッ……!」
掌を翳すと同時に、幾重にも重なる魔法障壁が三人の前に展開された。
灼熱の閃光を正面から受け止めると、空間全体が軋むように揺れた。
だが、たとえ防いでも、その余波だけで皮膚を焼かれるような痛みが襲う。
(あれを、完全に防ぐには……)
スメラギは脳内で、瞬時に複数の構築魔法を組み上げ、破棄し、また再構築する。
それでも、どれも“最適解”ではなかった。
ヒカリオクリ――その“本質”は、単なる破壊衝動ではない。
それは誰かの魂が変質したもの。
記憶が魔素となって形を成し、捩れた存在へと変わり果てたもの。
ただ斬るだけでは届かない。
ただ祓うだけでは、意味をなさない。
「……先生、攻撃が……!」
焦るカナメの声が、微かに震える。
彼女も術式を試みるが、そのすべてがヒカリオクリの“光”に吸い込まれ、霧散していく。
(打開策はある。“解放”による滅却。だが……)
スメラギの視線が、一瞬だけレンの背へと留まる。
(……ここでは、“それ”は許されない)
そう考えた時だった。
レンが、小さく、しかし確かに呟いた。
「……先生。あいつ、泣いてる」
「……なに?」
レンのその一言に、空間の温度が変わった気がした。
視線の先――
ヒカリオクリの尾を引く光が、かすかに揺れていた。
そこに滲んでいたのは、怒りや憎しみではなく……哀しみだった。
――たすけて
幻聴ではない。
スメラギの眉が、わずかに動く。
「……」
彼はほんの一拍、虚空を仰ぐように目を伏せた。
誰にも見せぬ表情で、ひとつ、息を整える。
「……必要なのは、“真なる光”での祓いだ」
それは誰かに説明するための言葉ではなかった。
彼自身の覚悟を確かめるように、静かに呟かれた独白。
“偽りの光”を、真の光で照らす。
赦しを与えることで、浄化を促す。
それが、彼らを昇華へと導く唯一の方法。
スメラギが掌を掲げる。
そこに浮かび上がったのは、金色に近い銀の魔法陣。
夜明け前、最も深い闇を貫く一閃のように。
その光は、どこか切なく、そして哀しかった。
「——汝、闇に在りて、光を識らず
我、暁を掲げ、汝を迎えん」
詠唱と同時に、空間を埋め尽くすほどの眩い光が放たれた。
銀光の魔素がスメラギを包む。
それはまるで、存在そのものを焼いていくような痛烈な輝き。
骨の髄から何かが削れていく、鋭い音が耳奥を貫いた。
だが、スメラギは顔色ひとつ変えない。
その瞳だけが、静かに、真っ直ぐにヒカリオクリを見据えていた。
無垢なる“ほんとう”の光が、異形の存在を包み込む。
仮面が割れ、光の尾が千切れ、
ヒカリオクリの輪郭が、そっと――崩れていった。
まるで、ようやく安らぎに至る者の最期の吐息のように。
——ありがとう——
レンには、確かにそう聞こえた気がした。
⸻
「先生……!」
カナメの声に、レンが現実に引き戻される。
そこには、片膝をついたスメラギの姿があった。
意識はある。
だが、肩はかすかに震え、色白の肌は血の気を失い、指先は凍えるように冷たかった。
「……問題ない。魔素のバランスが崩れただけだ。心配には及ばない」
その声は、どこまでも平坦だった。
あまりに整いすぎていて、どこか機械のようですらあった。
だが――レンには、わかっていた。
その言葉の中に、優しい嘘が含まれていることが。
彼の魔法が放った温度の奥に、確かな痛みがあったこと。
それでも誰かを守ろうとする意志が、確かに宿っていたことが。
(……先生)
言葉にはしなかった。
だがレンは、その背中を、まっすぐに見つめていた。
そして、社の奥に残された空間には――
再び、静寂が戻っていた。
だがその静けさは、単なる終わりではない。
そこには確かに、“新たな幕開け”の気配が漂っていた。
ここで彼らが触れたもの。見届けたもの。
それは物語の“始まり”を告げる、光の断章だった。
その空間が、不気味な軋みとともにひときわ大きく歪んだ。
「来るぞッ……!」
スメラギの声が低く響いた瞬間、魔素が暴発する。
奔流は炎のような輝きを伴いながら、一気に広がった。
だが、それはただの熱ではない。
耳に届いたのは、焼けつくような魔素の悲鳴――
断末魔のようにひしゃげた〈記憶〉の残滓だった。
燃え上がるように姿を現したのは、カサリビの深炎《シンカ》――ヒカリオクリ。
仮面のような顔、尾を引く光の帯。
美しさと禍々しさが同居するその姿は、見る者の精神を試すかのように異質だった。
「……自然発生体じゃないな。魔素の構造が、整いすぎている」
スメラギが息を潜めるように告げると、レンとカナメは一瞬視線を交わした。
「整いすぎてるって、どういうこと……?」
「人為的に手が加えられているということだ。ここに残された記憶、魔素と融合し、“形”になった……負の媒介を宿した、暗き光だ」
その説明の刹那――
ヒカリオクリが、光線を放った。
空間が悲鳴を上げ、裂ける。
異界の口が穿たれるようなその一撃を、スメラギが即座に防ぐ。
「ッ……!」
掌を翳すと同時に、幾重にも重なる魔法障壁が三人の前に展開された。
灼熱の閃光を正面から受け止めると、空間全体が軋むように揺れた。
だが、たとえ防いでも、その余波だけで皮膚を焼かれるような痛みが襲う。
(あれを、完全に防ぐには……)
スメラギは脳内で、瞬時に複数の構築魔法を組み上げ、破棄し、また再構築する。
それでも、どれも“最適解”ではなかった。
ヒカリオクリ――その“本質”は、単なる破壊衝動ではない。
それは誰かの魂が変質したもの。
記憶が魔素となって形を成し、捩れた存在へと変わり果てたもの。
ただ斬るだけでは届かない。
ただ祓うだけでは、意味をなさない。
「……先生、攻撃が……!」
焦るカナメの声が、微かに震える。
彼女も術式を試みるが、そのすべてがヒカリオクリの“光”に吸い込まれ、霧散していく。
(打開策はある。“解放”による滅却。だが……)
スメラギの視線が、一瞬だけレンの背へと留まる。
(……ここでは、“それ”は許されない)
そう考えた時だった。
レンが、小さく、しかし確かに呟いた。
「……先生。あいつ、泣いてる」
「……なに?」
レンのその一言に、空間の温度が変わった気がした。
視線の先――
ヒカリオクリの尾を引く光が、かすかに揺れていた。
そこに滲んでいたのは、怒りや憎しみではなく……哀しみだった。
――たすけて
幻聴ではない。
スメラギの眉が、わずかに動く。
「……」
彼はほんの一拍、虚空を仰ぐように目を伏せた。
誰にも見せぬ表情で、ひとつ、息を整える。
「……必要なのは、“真なる光”での祓いだ」
それは誰かに説明するための言葉ではなかった。
彼自身の覚悟を確かめるように、静かに呟かれた独白。
“偽りの光”を、真の光で照らす。
赦しを与えることで、浄化を促す。
それが、彼らを昇華へと導く唯一の方法。
スメラギが掌を掲げる。
そこに浮かび上がったのは、金色に近い銀の魔法陣。
夜明け前、最も深い闇を貫く一閃のように。
その光は、どこか切なく、そして哀しかった。
「——汝、闇に在りて、光を識らず
我、暁を掲げ、汝を迎えん」
詠唱と同時に、空間を埋め尽くすほどの眩い光が放たれた。
銀光の魔素がスメラギを包む。
それはまるで、存在そのものを焼いていくような痛烈な輝き。
骨の髄から何かが削れていく、鋭い音が耳奥を貫いた。
だが、スメラギは顔色ひとつ変えない。
その瞳だけが、静かに、真っ直ぐにヒカリオクリを見据えていた。
無垢なる“ほんとう”の光が、異形の存在を包み込む。
仮面が割れ、光の尾が千切れ、
ヒカリオクリの輪郭が、そっと――崩れていった。
まるで、ようやく安らぎに至る者の最期の吐息のように。
——ありがとう——
レンには、確かにそう聞こえた気がした。
⸻
「先生……!」
カナメの声に、レンが現実に引き戻される。
そこには、片膝をついたスメラギの姿があった。
意識はある。
だが、肩はかすかに震え、色白の肌は血の気を失い、指先は凍えるように冷たかった。
「……問題ない。魔素のバランスが崩れただけだ。心配には及ばない」
その声は、どこまでも平坦だった。
あまりに整いすぎていて、どこか機械のようですらあった。
だが――レンには、わかっていた。
その言葉の中に、優しい嘘が含まれていることが。
彼の魔法が放った温度の奥に、確かな痛みがあったこと。
それでも誰かを守ろうとする意志が、確かに宿っていたことが。
(……先生)
言葉にはしなかった。
だがレンは、その背中を、まっすぐに見つめていた。
そして、社の奥に残された空間には――
再び、静寂が戻っていた。
だがその静けさは、単なる終わりではない。
そこには確かに、“新たな幕開け”の気配が漂っていた。
ここで彼らが触れたもの。見届けたもの。
それは物語の“始まり”を告げる、光の断章だった。
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